41.仕事前の準備
朝食を食べ終えたタイミングで、マルセルに訊いた。
「首都ベンチャにある宿屋ノボリングって知ってる?」
マルセルはあからさまに嫌な顔をした。
「知ってるんだ」
「あそこはオーナーが嫌な奴で好んで近づく冒険者はいない。なんでその名前を?」
「そこのオーナーが5年くらい前に異世界人から買ったらしいって、宿屋の主人に聞いて」
「腕時計?」
私はマルセルに腕時計を見せた。
「その腕時計は防水機能が付いているものと聞いて、その異世界人は人魚の可能性が高いと感じて」
遥がそれに驚いた。
マルセルは小さく頷いた。
「分かった。首都ベンチャに入ったら、宿屋ノボリングに行こう。で、まずは今日の水だ」
マルセルはマジックバッグからガラスの水筒を取り出した。
「今?」
「水に関してはここで頼むんだ。だから朝食はみんなここでとってる。隣に井戸があって、その水を店主が浄化魔法で飲み水に変えてくれてる。朝食をとれば持ち帰りの水がサービスになる」
なるほど、だからこれだけの冒険者が朝からここで食べているのかと納得した。
会計の際、私たちはおばちゃんに水筒を渡した。マルセルはガラスの水筒、ヤニックは木製の水筒、私と遥もヤニックと同じ木製の水筒だ。アドリア村を出る時にヤニックの母・アナイスにもらったものだ。
「おや、アドリア村の出身かい?」
おばちゃんが水筒を手にして言った。
ヤニックが「はい、そうです」と答える。
「なんで分かったんですか?」
私が問うと、おばちゃんは言った。
「ここらで木製の水筒使ってるのはアドリア村くらいだからね。一般的にはガラスだよ」
おばちゃんは水筒を持って奥に入っていった。
私はマルセルに「そうなの?」と訊く。
「そうだ。木製の水筒は珍しい。普通は水が浸み込んで痛む。しかし、アドリア村の奥にある森で取れる木は珍しい木で水を弾くんだ。だから船とかによく使われるため、一般的にはその木を使った食器等は滅多に出回らない高級品とされている」
アドリア村出発間際にヤニックの母アナイスからペットボトルを渡すかのように「はい」と水筒を渡してもらったけど、高級品だったのか。もっとちゃんとお礼をすればよかった。
マルセルは話を続けた。
「あの村の人たちは感覚が麻痺していて、その切株を加工して普段使いする生活をしてきている。そんな人たちは特殊だから、出身地がすぐに分かる」
「なるほど」
水を入れてもらって店を出るとマルセルが今日の待ち合わせ場所に向かおうとしたので、遥がそれを止めるように訊いた。
「ねえねえ、本当に朝と夜しかご飯食べないの?私耐えられそうに無いんだけど」
それに対してマルセルが困った顔で返す。
「そんなに昼に飯食いたいの?」
「そういう体になってるんだもん」
「うーん、干し肉でいいか?」
「干し肉って?」
「イノシシ肉を干したものだ」
私の頭にアドリア村での夕食が浮かんだ。おそらく遥も同じだったのだろう。
「アドリア村で食べたやつ?」
「そうだ。あれは干し肉ではなく丸焼きにしたものだが」
「味もあんな感じ?ワイルドな味?」
「あれよりしょっぱいかな。保存食だからな」
遥はあからさまに乗り気ではない顔をした。
「それが嫌なら、今から買いに行ける選択肢は果物くらいだぞ」
遥はあからさまに嬉しそうな顔をした。
「果物でいい!」
マルセルは呆れたような顔で「じゃあ、こっちだ」と歩き出した。私たちは後をついていく。
ほどなく果物屋に到着した。店というよりも露店という感じで、道に置いたテーブルの上に果物が並んでいる。桃っぽいものが多い。平たい桃っぽいもの、ソルダムっぽいもの、杏っぽいもの、ラズベリー、ブラックベリーっぽいもの。
「あ~ん、どれも美味しそう!」
目の前に並べられた果物を見て遥はテンション上がっている。平たい桃を指して、
「これ、いくらですか?」
「一つ銅貨40枚」
遥はポケットの中の銅貨を確認している。昨日の夕食と今日の朝食で銀貨が崩れていて、手元には銅貨30枚くらいはある。
「銅貨30枚だと何が買えますか?」
遥が問うと店主は、
「ミュルボ3つか、クエム3つかな」
店主が指したのはソルダムっぽいミュルボと、杏っぽいクエムだった。
「あとはマラボアとノルボアが銅貨30枚分という感じになるかな」
どうやらラズベリーがマラボア、ブラックベリーがノルボアらしい。
「じゃあ、銅貨30枚分で組み合わせてもらえませんか?」
遥が言うと、店主は「いいよ」と答えた。
私は慌てて「私も同じで!」と店主に告げた。マルセルとヤニックも同様にリクエストした。
店主がまとめてくれたのはミュルボとクエムが一つずつと、片手の手のひらに乗る量くらいのマラボアとノルボアだった。個人的には結構入れてくれたなと思える量だった。
劣化を防ぐために私と遥は空間収納に、マルセルも自分のマジックバッグに、困ってそうなヤニックの分は私の空間収納にしまった。
「あと、昨日買い忘れていたものがある」
マルセルが言いだして、別の露店に向かった。そこは簡易武具の店だった。短刀やベルト、膝や肘のサポーター、小さなバッグ等を売っている。
マルセルは「これ」と商品を手に取って店主に銅貨を渡していた。
「手袋?」
私が訊ねると、
「今日は必要になるからな」
「私たちも買った方がいいの?」
「これは遥が使う分だ。たぶんな」
突然巻き込まれた遥は「私?!」と驚きつつ、マルセルから手袋を受け取っていた。




