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39.時計

 私が階段を降りてきたのに気づいて、おじさんがフロントから出てきた。


「どうされました~?」


 私はおじさんの胸ポケットにあるものが気になっていた。


「その胸ポケットに入っているものって、懐中時計だったりしますか?」


 そう問うと、おじさんは得意げに笑った。


「目ざといですね~」


「今の時間を教えてほしいんです」


 おじさんは得意げに胸ポケットから懐中時計を取り出した。


「自慢の一品なんですよ~。昔冒険者をしていた時に大金得た時に自分へのご褒美で買ったんですよ~」


「昔冒険者やられてたんですか?」


「ここらで商売やってる奴らは冒険者あがりが多いですよ~」


「服屋とか食堂も?」


 おじさんはうんうんと頷いて、


「西側の冒険者向けの店は、特に裏通りの店は冒険者あがりが多いよ~」


 だからマルセルと顔見知りが多かったんだろうか?


「魔法の杖屋さんも?」


 おじさんは首を横に振った。


「あれは根っからの杖屋だよ~」


 おじさんが「はい」と懐中時計を見せてくれた。いかにもアンティーク風な懐中時計だ。いや、この世界では最先端のものなのだろう。

 時計の針は10時40分を指していた。

 私は自分の腕時計を見る。私の針は2時40分を指している。予想は当たった。やはり8時間の時差があったようだ。


「その時計…」


「これですか?これは私の国のもので腕時計と言って」


 その私の言葉を遮って、おじさんが訊ねてきた。


「あなた方は異世界人?」


 おじさんの言葉に驚いて「え?」と変な声を出してしまった。


「なんで分かったんですか」


「以前見たことあるんだよ~、そんな風に腕に巻く時計。異世界人がね、付けていたらしいんだよ~」


 想像もしていなかったところから情報に出会った。


「らしい?異世界人に会ったわけではないんですか?」


 私が身を乗り出すように問うと、おじさんは一歩下がって首を横に振った。


「実際に異世界人と会ったわけではないよ~。そんな時計を異世界人から買ったって人に前に自慢されたことがあったんだよ~」


「異世界人から買った?」


「そうそう~。異世界人から金貨30枚で買ったって自慢されたんだよ~」


「金貨30枚…」


 金貨2枚で宿屋に1か月近く泊まれる世界で金貨30枚。すごい金額で買ったんだな。


「あの、つかぬことをお伺いします。その懐中時計はおいくらで?」


「これは金貨5枚だ」


 おじさんの懐中時計は想像以上に高額な品だった。しかし、それの6倍の値が付いている。


「その異世界人から時計を買った人は、お知り合いですか?」


「知り合いといえば知り合いかな~」


 おじさんの反応が芳しくない。


「この首都シャルタルの人ですか?」


「いいや、ベンチャ王国の首都ベンチャで宿屋とか飯屋とかやってる男だ」


 東のベンチャ王国。私たちの第一の目的地だ。


「その人も冒険者?」


 おじさんは首を横に振った。


「いいや、あいつは根っからの商売人だ~。貴族崩れというのかな~」


「宿屋の名前は?」


「宿屋ノボリング」


「前にって仰ってましたが、自慢されたのは何年くらい前ですか?」


「う~ん、何年前かな~。あいつがこっちに来た時だから、5年くらい前かな~」


「その腕時計を譲った異世界人がどういう人だったか聞いていたりしますか?」


「サンバチスト様が召喚したとか言ってたかな」


 おじさんは私の時計を指して、


「あなたの時計も水の中で使えるの?」


 その質問に胸が高鳴った。


「いいえ、私のものは防水機能はありません。その宿屋ノボリングの主人は防水の時計を持っていたのですか?」


「そうだよ~。『これを付けたまま海にも入れる』とか言っていたよ~」


 春子は元水泳選手だったこともあって、昔から防水機能のついた時計を愛用していた。その腕時計を金貨30枚で譲った異世界人は春子である可能性が高まった。

 私は思わず懐中時計を見せてくれているおじさんの手を強く握った。


「有力な情報ありがとうございます!」

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