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38.部屋のトイレ

 食堂での夕飯のあと、私たちは宿屋メルキュールに戻った。

 マルセルとヤニックはそれぞれの部屋に入り、私は遥と一緒に遥の部屋に入った。寝るまで一緒にいようという遥の希望があったからだ。

 部屋の中は想像していたより綺麗で、リゾートホテルには劣るけれど、ビジネスホテルより広く、少し頑張ったペンションの一室という印象だった。ベッドも硬そうではあるもの木製の枠組みにマットレスが置かれた普通のもの。心配だったトイレは、


「え、ちゃんとトイレだ」


 遥が言う。

 私たちはアドリア村の浴槽の上に板をかけたようなトイレを想像していた。というのも、冒険者ギルドで借りたトイレがアドリア村よりは少し近代的ではあるものの、いわゆる和式ボットン便所的なトイレだったからだ。それが、ちゃんと洋式トイレの体をなしている。いわゆる日本の洋式トイレとは違うけれど、木製の真ん中に穴があいたスツールといった感じだ。


「でも、水洗ではないね」


 穴の中を覗く限りボットン方式であることは間違いなさそうだ。それでも洋式スタイルであること、トイレットペーパーのようなものや手洗い桶が備え付けてあるので十分満足できるものだった。

 私たちはトイレを出てから、浄化魔法で全身を綺麗にして、購入した部屋着に着替えた。


「この世界でもギリギリやっていけそうだ、私」


 遥がホッとしたように言った。


「トイレもちゃんとしてるし、部屋も綺麗めだし、それに食堂の料理がまともだった」


 これには私も大きく頷いた。


「この世界の食べ物は獣臭くて味付けが薄いとばかり思ってたよ。ちゃんと塩味やチーズが存在した。パンも硬かったけどパサパサではなかった。ジャガイモ多めだったのが気になったけど」


 チェスパルティはグラタンっぽい見た目をしていたけれど、グラタンではなくマッシュポテトの上に溶けたチーズが乗っているものだった。

 カソルカッスは牛肉とトマト、キャベツ、玉ねぎ、豆、ジャガイモを煮込んだ料理でだった。

 マハリンはジャガイモを千切りにして塩をまぶして焼いたものにニンニクとチーズを混ぜたソースがかかっていたものだった。

 ピュレジャルモンはグリンピースとジャガイモをすり潰して作ったポタージュだった。

 つまり、どの料理にもジャガイモが入っていた。マルセルに訊くと、この辺りではジャガイモとチーズが名産らしく料理の8割近くはジャガイモとチーズが絡んでいるということだった。

 ヤニックも初めて食べる料理ばかりだったようで、とても感動していた。


「なんかさあ、思ったのと違ったね」


「何が?」


「どんどん進んでさ、あっという間にママが見つかる、みたいなの想像したけど、時間掛かりそう」


「そうね。でも、いるって分かってるんだらから、マルセルの言う通り情報集めて徐々に近づいていけばいいよ」


「そうなの」


 遥の反応がいまいち分からなかった。なぜか嬉しそうな笑顔だった。


「私、この世界をめいっぱい楽しもうと思って。こんな経験できるなんて想像してなかったもん」


「嬉しそうじゃん」


「魔法が使えるんだよ、冒険者やれるんだよ」


「冒険者は危険かもしれないよ」


「そうだけど頼れそうなマルセルいるし、壁のバリア作ってくれるヤニックもいる。夏ちゃんもかなりチート能力持ってそうだし、やれそうな気がする。いっぱいいっぱいこの世界の経験をして、で、最後ママに会って、一緒に日本に戻る。それが理想。そのためにはお金稼がなきゃね。最低でもこのレベルの宿屋に泊まりたい」


 遥のテンションの上がり方に少し押されたけれど、その通りだ。


「うん、まずは明日の初仕事がんばろう」


 遥が眠くなったというので、私は自分の部屋に移動した。造りは遥の部屋とほぼ同じだ。左右対称なくらいである。おそらくトイレの浄化槽の位置の関係だろう。

 私はそのままベッドに座り、空間収納から今日買った杖を出して手に持った。

 魔法の杖。

 子供の頃から夢見ていた魔法使いになった。

 変身はできないし、悪と戦うわけでもないけど、魔法は使える。右手で杖を持ってくるくるっと回し、左手に持ち替えてくるくるっと回した。ふと左手の腕時計が目に入った。


「そうだ」


 私は慌てて冒険者服に着替え、1階のフロントに向かった。

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