37.食堂
杖も無事購入し、私たちはマルセルおすすめの食堂に向かった。昼食を抜いているので、時折グーグーとお腹が鳴る。
遥は買ったばかりの杖を嬉しそうに眺めている。
「魔法の杖だよ。本物だよ」
実は私も同じことをしたいのだが、歳のせいか羞恥心の方が勝ってしまい我慢している。
「ここだ」
がやがやとした店の前に到着した。店の前に酔っ払った冒険者っぽい人たちがたむろっている。
「ここ?飲み屋?遥は未成年だから飲み屋は避けたいんだけど」
私が言うと、マルセルはがやがやとした店のを一瞥した。
「そっちじゃない、上」
とマルセルはがやがやとした店の2階を指した。そして、がやがやした店の横にある階段を昇っていく。私たちもマルセルの後に続いた。
店の扉を開けて入る。
「いらっしゃいませ」
男性給仕がやってくる。そしてマルセルを見るなり驚いた表情をした。
「マルセルじゃないか、久しぶり。ウィザード・ロランスに追い出されたか?」
一日に何度も同じ言葉を聞きすぎてマルセルが不憫になってくる。たぶん、マルセルは同じ言葉を返すのだろうと思っていたら、案の定同じ言葉を返した。
「こちらはウィザード・ロランスのお客人で、俺はウィザード・ロランスからの任務で彼女たちの護衛をしているだけだ」
そしてマルセルは店内を見渡し、窓際の席を指して、
「そこ、空いてるだろ?」
「ああ、どうぞ」
男性給仕はマルセルに続いて席に向かう私たち一人一人に「いらっしゃいませ」と笑顔で挨拶をする。
一階の飲み屋は夜の大人向けの店といった感じだったのに対して、こちらの店は昼でもやっていそうな普通の食堂といった感じだった。一見、日本でも見かけたような店内で妙に落ち着く。
席に着くとマルセルは言った。
「ここは下の店と同じ店主が経営しててメニューは同じなんだ。違いは酒が出るか出ないか。ここの料理は好きだけど冒険者で溢れたがやがやした空間が苦手な人向けに出来たんだ」
「なんでこっちの落ち着いた店の方が二階なの?」
「酒飲んだ奴は階段から転げ落ちる危険性がある」
マルセルの答えが理に適い過ぎて「なるほど」としか言えなかった。
「何食べる?」
と、マルセルは店に張り出されているメニューを指した。
メニューは不思議な力のおかげで読めるけれど、料理の内容がいまいち分からない。
遥がマルセルに言う。
「何がおすすめ?マルセルのおすすめでいいよ」
それを受けて、マルセルは私とヤニックに訊いてくる。
「二人もそれでいい?」
店に貼られたメニューを眺めていたヤニックは答える。
「僕もマルセルさんのおすすめでいいです。正直料理がどんなものか想像できなくて」
意外だった。この世界のメジャーな食べ物なのかと思っていたら、ヤニックも知らない料理だったのか。
「ヤニックでも分からない料理なの?この世界の料理ではないの?」
「出てきたら食べたことある味なのかもしれないですけど料理名だけでは判断つかないです」
「そうなんだ。私もマルセルのおすすめでいい」
マルセルは小さく頷いた。
「料理名、確かに独特だよな。でも、うまいぞ。俺のおすすめは」
そう言って、マルセルは男性給仕を呼んで、いくつか料理を頼んだ。
「チェスパルティ、カソルカッス、マハリン、ピュレジャルモンを4人前で。あと、パンと水」
何が出てくるか楽しみだ。
「お腹空いた。お昼抜きだからめっちゃ腹減った。気持ち悪くなるレベル」
遥がお腹を押さえる。
「お昼?昼も食べるのか?」
私と遥は「え?!」と驚いた顔でマルセルを見る。
逆にマルセルとヤニックが「え?」と驚いた顔をする。
「この世界、お昼に食べないの?」
私は思わず聞いた。
「食べないだろう。朝と夜、基本はそれだけだ。昼間に市場で果物とかパンとか買って小腹を埋めることはあるけど」
「え、うちらの世界では朝、昼、晩で3回が普通だよ」
遥が言う。私も頷く。
「変わってんだなー」
マルセルの反応からすると、今後も一日2食が基本になりそうだから慣れていかなければならなそうだ。
遥は店内の様子を見てながら呟いた。
「本当に給仕は男性しかいないんだね」
確かにロランスがそんなことを言っていた。朝は女性、夜は男性が給仕する。そして、その話を思い出すと同時に、もう一つのキーワードも思い出した。
「そういえばロランス様が言ってたね。朝は女性、夜は男性が給仕するって。昼のことは話してなかったから、やっぱり昼食の概念はないんだ」
しばらくして料理が運ばれてくる。
チェスパルティはグラタンっぽい見た目をしている。
カソルカッスは茶色いスープのようなものに豆や野菜や肉が入った煮込み料理っぽい。
マハリンはおろらくジャガイモを千切りにして焼いたものにソースがかかっている。
ピュレジャルモンは緑色のスープ。
そしてパンと水。
マルセルとヤニックから食事前のあの言葉を教えてもらい、右手を胸に当てて目を閉じ、全員で口にした。
『サンバチスト様、この食事に祝福を、そして命に感謝を込めて』




