35.宿屋メルキュール
ハマルの家からの帰り道、マルセルに首都シャルタルにおける貨幣価値を教えてもらった。一か月宿屋を借りると大体金貨2枚くらいで、マルセルが当初想定していた通りの金額感にプラス銀貨50枚が加算された形になったということだ。金貨1枚は銀貨100枚、銀貨1枚は銅貨100枚と同じ価値らしい。なお銅貨1枚で買えるものは殆どなく、パン一つが銅貨10枚くらいで購入できるという。
遥はマルセルに訊く。
「中級ポーションの値段は?」
「品質にもよるが相場は1本銀貨10枚だ」
「万薬草の花1つ金貨2枚と銀貨50枚だからポーション25本分か。1つの花から何本作れるんだろう」
「それは知らん。ハマルは教えてくれないが、以前から材料費は売値の4割以内にしたいと常々言ってる」
「なんで4割?」
「シャルタル王国で商売する場合、売値の3割は税金と納めなければならないのがルールだ」
私は驚いて口を挟んでしまった。
「利益ではなく売値の3割?つまり中級ポーションを1本売ったら銀貨3枚は税金になるということ?」
マルセルは頷いた。
「そうだ。その時点で手元に残るのは売値の7割程度だ。しかし、ハマルのように自分の店を持たずに代理で販売してくれる店に委託する場合、その店に手数料が取られる。それが売上の1割くらいだ。この時点で手元に残るのは売上の6割。つまり、その中から自分の利益と材料費を捻出する必要がある」
私は頭の中で計算してみた。一つの花に金貨2枚と銀貨50枚を出した。それ以外に薬品とか光熱費とか手間賃とか色々かかったとして材料費は全部で金貨4枚分と想定。それが売上の4割とした場合、売値は金貨10枚分くらいだろう。銀貨で言うと1000枚分。ポーション1本が銀貨10枚ということだから、
「花一つで中級ポーション100本くらいできるのかな」
と口にした。
遥が「100本?」と反応した。
「あの設備からすると花の他にも材料費や光熱費のようなものがきっとあるでしょう。だから全部合わせて金貨4枚分くらいの経費が掛かるとしたら、売上は金貨10枚分。つまり中級ポーション100本分。だからハマルさんの報酬としては花1つあたり金貨2枚分」
「私たちより少なくなる感じ?」
「一人あたりはそうだけど、今回4人分だから合計金貨8枚分の収入になるんじゃない?」
それに大きく頷いたのはマルセルだった。
「あの人『私は宮廷使いだから薬に関しては薄利でやってる』とか言ってたけど、結構な収入だよなあ」
そんな雑談をしている間に南側エリアに入った。大通りから外れた小道に入っていく。
マルセルが案内してくれたのは宿屋だった。
「ここがメルキュール。大通りに面してる宿屋の半値くらいで泊まれる」
私は不安がよぎり「安全?」とマルセルに確認する。
「大通りでもここでも安全性はさほど変わらないし、部屋の質で言えば、こちらの方が良い」
「半値なのに?」
「大通りは利用者が多いが、こちらは少ないので、家具が劣化してないんだ」
「なるほど」
マルセルは宿屋の扉を開けた。
「いらっしゃ~い」
という、やる気なさげなおじさんの声がした。
「お~、マルセルじゃないか~、久しぶり~」
「おひさっす」
「ウィザード・ロランスに追い出されて冒険者に戻ったのか~?」
なんだかもう合言葉のようである。
マルセルも既に面倒くさそうになっている。そして口調がこれまでになく砕けている。
「ちげーよ。彼女たちはウィザード・ロランスのお客人で、俺は任務で彼女たちの護衛をしているだけだ。4部屋くらい空いてるだろ?」
おじさんは私たちを見た。
「うちでいいのか~?」
おじさんの問いに若干の不安がよぎって、マルセルに確認したくなった。
「大丈夫なんだよね?」
「首都シャルタルで宿泊するなら、俺はここを薦める」
おじさんは私の不安を気に留めることもなく話を進める。
「何階にする~?」
マルセルは真剣な顔で私と遥を見てきた。
「トイレ共用でも大丈夫か?」
「え、誰と?」
「他の宿泊者と」
遥は私よりも早く答えた。
「それは嫌」
マルセルは遥の答えを聞いて、すぐにおじさんに言った。
「この二人は2階で」
おじさんは「あいよ~」とフロントのような場所に入っていった。
マルセルは今度はヤニックに訊いた。
「お前は共用で平気だろ?」
ヤニックは「問題ない」と頷いた。
ヤニックの答えを聞いて、マルセルはフロントのような場所にいるおじさんに伝える。
「後の2人は3階で」
先ほどと同じ返事が来るのかなと思いきや、
「あ~、3階は埋まってるね~」
マルセルは変な声で「え”?」という声を出した。
「埋まってんの?」
マルセルの問いに対して、おじさんは「残念だったな~」と答えた。
「いつも3階に泊まってたの?」
私が聞くとマルセルは小刻みに首を縦に振った。
「4階以上は仕事帰りに昇るにはしんどい。ギリが4階」
私は「なるほど」と納得した。
「4階も1部屋しか空いてないよ~」
マルセルは更に変な声で「え”?」という声を出した。
「みんな2階に泊まれば~?」
おじさんは鍵を4つ持ってきた。
マルセルは鍵を渡そうとするオジサンに手のひらを向けて制する。
「念のために確認する。この宿屋は2階から5階に部屋があって、2階は部屋にトイレが付いてて1泊銀貨10枚、3階は同じフロアに共用トイレがあって1泊銀貨7枚、4階は3階の共用トイレを利用する形で1泊銀貨6枚、5階は一番安くて1泊銀貨5枚なんだが、階段が別で外にある専用の階段しか使えず、トイレはこの1階まで降りてくる形になる」
おじさんはマルセルの話をフォローするように説明を追加した。
「でもね5階は日当たりだけはいいよ~」
それに対して反応したのは遥だった。
「私は2階一択で。夏ちゃんと同じ部屋でいいんだけど、それで安くならない? 一人一部屋なの?」
「ベッドは一部屋に一つしかないよ~」
「そっか。だとしても2階一択で」
おじさんは「あいよ~」と遥に鍵を渡した。
「私も2階で」
と手を出したら、おじさんは「あいよ~」と鍵を渡してきた。
ヤニックは少し悩んでいる。そしてマルセルに訊く。
「宿代は節約した方がいいんですか?」
「寝るだけのためなら節約するに越したことはない」
「マルセルさんは4階なんですよね?すると僕は2階か5階ということですよね?」
マルセルは髪の毛をくしゃくしゃとかいて、
「全員2階にするか。明日のアルノルドに誘われた仕事が成功すれば余裕だ」
おじさんはマルセルとヤニックに「あいよ~」と鍵を渡した。




