14.給仕
トントントン。
ノック音に気づいて目を開くと、窓の外からロランスがこちらを見ていた。
私はおそらく絵にかいたような「ギョッとした顔」をしていただろうと思う。
「あらあら、ようやく起きたわね。朝食の時間よ」
私は完全に眠気が覚めたと同時に、昨日の出来事は夢ではなかったと理解した。
隣ではまだ遥が足を大の字に開いて爆睡している。遥が中学校に上がると同時に自室を与えたので、並んで寝るのは久しぶりだったので忘れていたけど、そういえば寝相がとてつもなく悪かった。それは3~4年経っても変わっていなかった。おかげで夜中に何度か目が覚めた(すぐに寝たけれど)。修学旅行の時に同室の子に嫌われたりしなかっただろうか?と心配になった。
そして、遥は朝に弱い。
「遥、朝だよ」
揺すって起こしたところで全く起きない。
ふと付けたままにしていた腕時計を見る。時計は1時を指していた。私たちが竜巻に巻き込まれたのは7時過ぎだったはずだ。でも、この世界に着いたのはおそらく午後。1~2時間魔法レッスンをした後、夕食の支度が始まって、暗くなったころにキャンプファイヤーだった。この世界の日没が何時か分からないけれど、17~18時と想定して、逆算するとこの世界に来たのは15時くらいだったんだろうか。起きていた時間が短かった割にすんなり眠れたな。
そんなことを考えながら遥を揺すり続ける。
「起きな~。朝ごはんだってよ~」
「もうちょっと寝かせて~」
「無理。早く起きな~」
再びトントントンと窓が叩かれる。
そこに立っていたのはマルセルだった。私はドアを開けた。
「ごめんなさい、すぐ行きます」
私が答えると、マルセルは不思議そうな顔をした。
「顔が違う?」
顔が違う?
少し考えたが、気づいた。眉毛が無い。アイラインも描いてないから目が一回り小さい!!
私は慌てて手で顔を隠した。
「すぐ行きます」
そう言って、ドアを慌てて閉めた。
マルセルは首を傾げてから、去っていった。
幸い、カバンの中には化粧直し用の一式が入っている。とりあえず遥は放置。私はシートバックテーブルをセットして手鏡を立てかけた。ファンデーションは落とすのが大変だから省略してもいいだろう。アイブロウパウダーで眉毛を描いて、アイライナーで目を一回り大きくし、ビューラーでまつげを根本から上げた。
「よし」
とりあえずはこれで良いだろう。
そして遥の体を強引に起こした。
★
夕食と同じ席に座った。隣の遥はウトウトしながら大きなあくびをしている。
反対の席にはロランスが座っている。
気になることがあったのでロランスに聞いてみた。
「私たち、本当に手伝わなくても良いのでしょうか?」
「あらあら、気にすることは無いわ。外の人に手伝わせるのは無礼になるのよ」
だとしたら、もっと気になることがある。食事の用意をしている獣人族の中に彼がいる。
「マルセルさんは何故手伝っているのですか?」
「あらあら、それはね、あれはもう外の人ではないからよ」
そこに突然遥が入ってきた。
「ここの誰かと結婚してるんですか?」
ロランスは遥の勢いに押される形で少し仰け反った。
「あらあら、そうではないの。一緒に魔法レッスンを受けた仲間というイメージかしら。マルセルは、すぐに離脱したけれど」
なるほど合点がいった。だからマルセルは食事の用意を手伝っているし、魔法のレッスンの時には私たちの横で一緒に見学していたのか。
…ん? 新たな疑問が生じてしまった。
「魔法のレッスンを見学しているならば、今マルセルさんは何の修行をしているのですか?」
「あらあら、それは私も知りたいところなのよ」
遠くから「ロランス様!」と声が聞こえた。
こちらに向かって手招きをしている獣人族の女性がいる。耳の形状から猫っぽい。
「あらあら、用意が出来たらしいわ。行きましょう」
「彼女は?すごく仕切ってる感じですけど」
「あの子はアナイス。ドヴィックのパートナーよ」
アナイスは体つきがちょっとばかりふくよかで、肝っ玉母ちゃんという風貌をしている。
私たちは昨日と同じような野菜が乗った木製の皿を手に取り、列に並んだ。その先では平べったいパンのようなものを配っている。昨日の夜の給仕は男性が多かった気がするけれど、今朝は女性が多い気がする。昨日肉を切り分けていたマルセルも、ソースをかけていたドヴィックの息子も皿を持って列に並んでいる。
そのことをロランスに訊ねると、
「あらあら、あなたたちの世界では違うのかしら?夜は男が給仕、朝は女が給仕って」
「そういうルールがあるんですか?」
「それが当たり前だと思っていたわ。一説には太陽は男性の象徴だから、その下で食べる時は女性が給仕する。月は女性の象徴だから、その下で食べる時は男性が給仕する」
「料理を作ったり用意をしたりするのは男でも女でも良いのですか?給仕だけ?」
「あらあら、いろいろ疑問があるのね。そうよ。料理を作るのも手伝うのもどちらでも構わない。但し、食事を渡す行為は朝は女、夜は男と決まっているの。これから街へ行ったら嫌でも目にするわ。食堂に入ってごらんなさい。朝食の時は給仕係は女性しかいないし、夕食の時は給仕係は男性しかいない」
「へえ」
私たちはパンのようなものを受け取って、席に戻った。




