100.ウィザード・クレマンス
宿屋ノボリングの部屋を無事確保した後、私たちはノボリングの腕時計に触れずに一度宿を出た。
「いいのか?話を聞かなくて」
私も遥もノボリングに会うまでは聞く気満々だったけれど、実物のノボリングに会ったら、話を聞く気が無くなってしまった。宿屋メルキュールの主人の反応も、マルセルの反応も正しかったのだ。
「いい、時計の実物を目することはできたし。あの時計は確実に日本のもの。つまり春子の物である可能性は高いということは確認できた。後で気が向いたら『素敵な時計ですね』とか言ってみる」
マルセルは「そっか」と言い、それ以上問わなかった。
「で、だ。クレマンス様に本当に会いに行くのか?」
私と遥は同時に頷いた。
「今日、いるかどうか分からないぞ」
「いなかったら諦めるよ」
遥が答えた。
マルセルは気乗りしない感じだけれど、私たちは強引に押し切ってクレマンスが最も居る可能性が高いとされるベンチャ王国の魔法学校に向かうことになった。
魔法学校は首都ベンチャの王宮の麓のあった。街の中心に大きな建物があるとは思っていたけれど、高さがあるのではなく小高い丘の上に王宮が建っているだけのようだ。その丘の下に魔法学校はあった。
魔法学校の門に受付があり、私たちはクレマンスに会いたいがアポはとっていないこと、マルセルはウィザード・ロランスの従者であること、私と遥とヤニックはウィザード・ロランスの紹介状を持っていることを伝えた。
門の受付係の一人が、私たちの情報を持って学校に向かった。
しばらく待っていると、学校に向かった受付係が執事風の男性を連れて戻ってきた。受付係はそのまま受付に戻り、執事風の男性が私たちに話しかけてきた。
「大変お待たせいたしました。当校で事務局長を務めておりますダヴィッドと申します。クレマンス様がお会いになるということですので、ご一緒にお越しください」
ダヴィッドはベンチャ訛りのない、シャルタル王国で聞いたいたような発音で話しかけてきた。
私たちはダヴィッドに連れられて、学校の中に入っていく。校内の雰囲気はオシャレなミッション系の大学といった感じだった。
「こちらです」
ダヴィッドは扉をトントンと叩いてから、「お連れしました」と扉を開けた。
部屋の両脇にびっしりと本が並び、手前には応接セット、窓際に堆く積み上げられた書類に埋もれた机があり、その奥からひょっこり老婆が顔を出した。
「おやおや、とうとう来ましたね」
その見た目は見覚えがあるような姿だった。
「ロランスに似てない?」
遥が小声で言ってきた。
そこに被せるようにマルセルが「いとこ関係なんだ」と小声で言った。
この女性がクレマンスだ。なるほど、どおりで何となく似ている気がした。違う点と言えば、ロランスよりも少しほっそりしているというくらいだろうか。
「それでは失礼いたします」
ダヴィッドが私たちを部屋に残して、扉の外に出て行った。
クレマンスは私たちに近づいてきながらマルセルに話しかけた。
「おやおや、マルセル、お久しぶりね」
「お久しぶりです」
「おやおや、元気そうで何よりだわ。ロランスからいじめられてないかしら」
「親切にしていただいています」
ロランスは「あらあら」が口癖だったけれど、クレマンスは「おやおや」が口癖のようだ。
私は思わずクレマンスの靴を確認した。オズと同じであれば東の魔女は銀の靴を履いている。しかし、クレマンスの靴は赤かった。
クレマンスは次に私たちに話しかけてきた。
「おやおや、あなた方がハルコのご家族ね。ロランスから聞いているわ」
私たちは一斉に声が出た。
「ロランス様から?!」
その反応にクレマンスは少し驚いたように眉毛を上げてた。
「おやおや、そんなに驚かないで。あなた達が私を訪ねてくるかもしれないから、対応するように頼まれたのよ」
マルセルは「いつですか?」とクレマンスに訊く。
「おやおや、10日くらい前かしら」
というと、私たちがアドリア村に出た時くらいだ。移動魔法なのか、他の何かしらの方法なのか分からないけれど、ロランスは私たちが発った後にクレマンスに私たちの話を伝えてくれていたようだった。とても親切な偉大な魔法使いだ。
「ただ、せっかく来てくれたところ申し訳ないけれど、今のハルコに関する情報はほとんど持っていないのよ」
「連絡を取り合っているわけではないのですか?」
「エンガ王国に移ってからはファビアンがサンバチスト様とのつなぎ役に代わったのよ。ファビアンはまめではないから、彼らの情報を逐一共有してくれるなんてことはないの」
五大魔法使い同士の横の繋がりはあまり強くないのかもしれない。
それであれば、当時の話を聞きたい。
「実は、鍛冶屋シプリアンのジネットさんにタイムリーパーの話を聞きまして」
「おやおや、ジネットさんにもう会ってるの?よく辿り着いたわね」
「冒険者ギルドで教えていただきました」
「おやおや、そういうルートで辿り着けるものなのね」
「はい。そのタイムリーパーが今回の人生では早くサンバチスト様に辿り着いたせいで、本当は勇者だけを召喚する予定が、人魚まで同時に召喚してしまったという話を聞きまして」
「おやおや、そんな話まで聞いたのね」
「はい。これは本当の話なのですか?」
クレマンスは頷いた。
「そうね、本当ね」




