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09 あなたもアーシタラー?

 ここはとある国のとある街。

 今日も誰もが忙しく日々の暮らしを営んでいました。


「いらっしゃいませ~!」


 街の料理屋に明るく元気な声が響きます。

 彼女の名はカリーテ、このお店の看板娘です。


 その特徴は何と言っても青い肌に立派な角。

 見た目が表す通り、カリーテは魔族でした。

 しかしそれを気にする者など誰もいません。


 確かに、この世界は長きにわたり人間と魔族が絶えず争ってきた歴史がありました。

 しかし、人々はその歴史を乗り越える事ができたのです。勇者と魔王は手を携え、種族の壁を超えた婚姻へと至りました。この歴史的な事件は勇魔婚と呼ばれ、世界に平和をもたらしたのでした。


「カリーテちゃん、今日もかわいいね」

「うふふ、ありがとう! ちょっとだけオマケしちゃおうかな」


 いつも元気なカリーテはみんなの人気者、中には彼女目当てに料理屋へ通い詰める者もいるほどです。

 実はカリーテは件の魔王の娘。でもそれを感じさせない親しみやすさもまた魅力です。


「カリーテ、悪いけど買い出しに行ってきておくれ」

「はい店長。それじゃあ行ってきますね!」


 カリーテはとても働き者です。掃除に洗濯などの家事全般から、買い出しや配膳などの様々な仕事も嫌な顔一つせずこなしています。

 それもこれも、全ては誰かの幸せな顔を見るのが大好きだったから。

 今は勇者と結婚し魔王の座を退いた母親のために、お金を貯めて何か驚くようなプレゼントをしようと画策しているところなのでした。


 ***


 ただ、最近カリーテには気になる事があった。


 ある日の事、カリーテがいつものように買い物をしていると、奇妙な人物が話しかけてきたのである。


「お嬢様、こちらにいらしたのですか」


 燃えるように赤い髪をしたこの青年は何者なのだろうか。

 人間に近い姿をしているが魔族である事はわかる。カリーテの事をお嬢様と呼ぶ事から旧魔王軍の関係者なのかもしれない。


「えっと、どなただったかしら?」

「……私をお忘れですか? クラドめにございます」

「クラド……?」


 どうした事か、その名前に聞き覚えがあるような気がする。しかしどうしても思い出す事ができず、考えると頭が痛くなった。


「あの、人違いではないでしょうか」

「いいえ、人違いなどではございません」

「……」


 クラドと名乗る青年のあまりに真剣な眼差しに、カリーテは少し恐怖を覚えた。


「わ、私ちょっと急いでいますから、これで失礼しますね」


 そう言って逃げるようにその場を立ち去った。

 青年は黙って立ちすくんだまま追って来る事は無かった。


 それからというもの、カリーテはその青年の事が気にかかるようになっていた。


「カリーテちゃん! お茶こぼれてるよ!」

「わわっ⁉ ごめんなさい!」


 時々ぼんやりしては仕事を失敗する事もあった。

 でも、どれだけ考えてもクラドという名前は思い出せないでいる。


(難しい事は考えなくてもいいんですよー)


 心のどこかで誰かの声がした。

 その声で少し気持ちが楽になったカリーテは、また仕事に精を出すのであった。


 またしばらくの時が経ち、カリーテにとある知らせが届いた。

 母である元魔王と義父にあたる勇者が、遅ればせながら盛大な結婚式をやるという。その催しに娘であるカリーテも参加してほしいとお招きがあったのだ。


「まあ、なんて素敵なの!」


 もちろんカリーテは二つ返事で了承、心を躍らせながら出席の準備に取り掛かる。

 だが、そんな時にまたあの青年が訪ねてきた。


「お嬢様」

「あなたは……クラドさん?」

「はい、覚えていてくれましたか。ずいぶんと幸せそうなご様子ですね」

「ふふ、そうですね。あなたも知っているかもしれないけど、お母様と義理のお父様が結婚式をなさるの。私も娘として出席するのよ。これって素晴らしい事だと思わない?」

「……ええ、それは素晴らしい事です」


 不思議な事に、青年は笑顔を見せながらもどこか悲しげだった。

 そのままカリーテに背を向け歩くが、一歩進んだところで青年の足が止まった。


「お嬢様、少しだけ聞いて欲しい事がございます」

「え? ええ、かまいませんよ」

「有難うございます。……これはかつて存在した『堕滅』の名を持つ無法者の魔族の話です」


 青年は背を向けたまま話を続けた。

 堕滅と呼ばれたその男は自分を誰よりも強いと信じ、人間や魔族の区別なく立ちはだかる者を全て滅ぼした凶悪な存在であったという。


「しかし、そんな堕滅にも終わりの時が訪れました。上には上がいるもので、とある魔族に全く歯が立たず敗北を喫してしまったのです。堕滅は死を覚悟しましたが、その男は意外な提案をしてきました」


 男がした意外な提案、それはなんと子守であった。


「男は堕滅に対し、生まれたばかりの娘の子守を申し付けたのです。信じ難い事ですよね。今の今まで命のやり取りをしていた相手に、あろう事か自分の娘の世話をさせようというのですから」


 だが、敗者である堕滅に選択権は無い。

 嫌々ながらも城に召し抱えられ、世話係として働く事になった。


「もちろん堕滅に子守などやる気はありません。そればかりか隙を見て娘を人質に取り、男へ復讐しようと企んでいたのです。しかし流石はあの怪物の娘、赤子ながらに凄まじい力を持ち、堕滅をいいように振り回していました」


 そんな日々が続くうち、空しくなった堕滅は徐々に考えを変えていった。いつしか世話係としての働きぶりも板につき、娘との関係も良好になっていったという。


「ある時、堕滅は男になぜ世話係に命じたのか尋ねた事があります。その答えが「そうした方が色々と面白そうだった」ですよ、イカれてますよね」


 青年は少しだけ笑った後、カリーテに向かって振り返った。

 その表情にはどこか決意のような強い意志を感じる。


「……どうか、これを」


 そう言うと小さな箱を差し出した。


「これは?」

「……私には決して譲れぬ二つの誓いがあります。一つは旦那様の仇を討つ事、そしてもう一つはお嬢様をお守りする事。私にはお嬢様にとって何が真に幸せと言えるのかは分かりかねます。一時はこのままでも良いかもしれないとも考えました。ですが、やはりこれはまやかしに過ぎません」

「あの、何を言っているのかわからないんですけど」

「もはや、これしか方法はないのです」


 青年が箱を開くと、中に入っていたのは……スシだった。


「さあ、お召し上がりください」

「え、ちょ、ちょっと待って……!」


 異様な状況だった。

 突然現れた謎の男がいきなりスシを差し出し食べろと言う。おまけにそのスシは緑色にうっすらと光り、とても食べ物とは思えない様相を呈している。

 はっきり言ってカリーテには恐怖でしかなかった。

 真剣そうな青年には悪いと思いつつも、とてもそんな奇妙なものを食べる気にはなれない。助けを求めるような気持ちでつい後ずさった。


「そんな事しちゃダメじゃないですかー」


 どこからか誰かの声が聞こえた。しかし姿はない。

 なのに青年の表情に焦りが浮かんだ。


「嗅ぎ付けて来たか……。お嬢様、失礼!」


 青年の手が光ったかと思うと、口の中に何かの感触が現れた。

 酸味を感じるコメの味、これはスシだ。青年はスシをワープさせ、カリーテの口の中にムリヤリ押し込んだのだ。

 更にはカリーテの口を手で押さえ飲み込ませようとしている。


 あまりの恐怖にカリーテが抵抗しようとした、その瞬間。


「ぐっ⁉」


 背後から光る腕のようなものが青年の胴体を貫き、青年は小さくうめき声を上げた。


「……⁉」


 口を塞がれ声の出せないカリーテは、その光景を目の当たりにした驚きでスシを飲み込んでしまった。

 そんなカリーテの前に、どこからか女が姿を現した。

 スーツを身に纏い腕が四本ある女が。


「ダメですよ、カリーテ様は新しい生き方を見つけたんですから」


 女は崩れ落ちた青年を見下ろし、張り付いたような笑顔でそう言った。


「あなたも過去に囚われず、新しい生き方を見つけていれば幸せになれたのに。より良い世界、より良い生き方、なのにあなたのように拒絶する方がいるのはなぜでしょうねー」


 いつの間にか女の姿は消えていた。

 後に残されたのは虚空を見つめ立ち尽くすカリーテと、倒れたまま身動きの取れない青年。特に青年の傷は深く、誰の目にも致命的だと分かるほどだ。


 そんな時。


「……き」


 カリーテに動きがあった。


「きょぽぴえー!!!!」


 奇声を上げたかと思いきや、思いきり飛び上がり頭から落下。かと思えば立ち上がり、近くの建物に何度も頭を打ち付けている。


「お、お嬢様……」


 青年が声をかけると、カリーテはピタリと動きを止め振り向いた。


「……あらクラド、久しぶりですわね。その体たらくは何かしら、わたくしの侍従としての心構えが足りないのではなくて?」

「お嬢様……!」


 クラドは喜びに震えた。しかし、もはやその身を動かす事すらままならない。


「やれやれ、世話が焼けるわね。それ、借りてあげますわ」


 カリーテが指を鳴らすと、クラドの傷がみるみるうちに塞がっていく。

 それと同時、カリーテの角の片方がバキンと砕け散った。借り受けたダメージはそれだけに留まらず、カリーテの頬を一筋の血が伝う。


 性格的に使われる事は無いと思われていた「借りる」能力の使い方のひとつ。

 他者のダメージを「借りる」事で肩代わりし、並みの方法では破壊不可能と言われる角を犠牲にする事で帳消しにする秘技。

 初めて使ったのでちょっと傷を負ったがおおむね成功したようだ。


「お嬢様⁉ な、何という事を……。その角はパクリウス家の誇り、それを私などのために……!」

「黙りなさい。わたくしはあなたの主人なのよ? 侍従のあなたが根性を見せているのに、わたくしがこの程度の事をできなくてどうするの」

「……! はっ、失礼を致しました」


 クラドが身を起こしカリーテの前に跪いた。


「で、クラド。何があったのか説明なさい」

「仰せのままに。ところで、お嬢様は見るに堪えないほど気持ち悪かった時の事を覚えていらっしゃいますか?」

「どさくさに紛れてムチャクチャな事言ってませんこと? ……覚えて……ますわよ! あああ、もう思い出させるんじゃねーですの!」


 カリーテは再び壁に頭を打ち付けた。やはり本人にとっても気持ちの悪い記憶なのだ。


「すでにお察しだとは思いますが、犯人はあのアーシタラーです。私がニンジャに追われお嬢様を一人にしてしまった隙を狙われました。申し訳ありません」

「でしょうね、それも覚えていますわ。でも、そもそもあの女はあなたが雇ったのではなくて?」


 カリーテがそう言うと、クラドは一瞬顔を背けるような素振りを見せた。


「……私は、ずっと旦那様を暗殺した犯人を捜しておりました」

「暗殺ですって? お父様は病で亡くなられたと……」

「ごく一部の者だけが知る事でございます。私は長い時をかけ、最も疑わしき存在を探し当てました。それがあのアーシタラーだったのです。もちろん、奴が直接手を下したわけではありませんが……」


 クラドの話を聞き、カリーテは少し考える素振りを見せる。


「読めてきたわね。あなた、このわたくしも利用したのでしょう?」

「返す言葉もございません。相手は異世界召喚が行われるはるか前より世界の改変を目論む神族、近付くにはこの方法しか無かったのです。処罰は如何様にも」

「いいですわよ、そんなの些末な事ですわ。それより、そんな奴の術をよく破れましたわね。わたくしに食べさせたアレは何ですの?」

「スシでございます」

「それはわかってますの」

「正確には、スシマスター様に依頼し、てらし様の宇宙パワーをネタに、インジー様の秘薬をシャリに用いた特製宇宙ニンジャスシですね」

「うっ……、ちょっと吐き気が」


 どうりで記憶が戻る際にとんでもない刺激が脳内を駆け巡ったわけだと理解した。


「うう……。宇宙パワーは二度とゴメンだと思っていましたのに……」


 ちょっとフラフラしながら、カリーテはクラドに背を向け歩き出した。


「お嬢様、どちらに?」

「ちょっと筋だけ通してきますわ。あと着替えもね」


 そう言うとカリーテは働いていた料理屋に入っていった。


「やあカリーテちゃん。お水もらえるかな」

「やかましい! 水ぐらい自分で入れろってんですの!」


 店内に怒号と悲鳴が響く。

 構わずカリーテは厨房まで強い足取りで進む。


「か、カリーテ? いったいどうしたんだい?」

「店長、今までお世話になりましたわ。今日で辞めます」


 それはどうして、と聞きたそうな店長だったが、今にも爆発しそうなのを堪えているカリーテの表情を見て何も言えなくなった。

 カリーテが去った後の店内はまるで嵐の後のようだった。


「お嬢様、完全復活でございますね」

「何をニヤニヤしてるんですの、さっさと行きますわよ! 行き先はわかっているでしょうね?」

「はい、もちろんでございます」


 クラドが魔法門を開き、二人の姿はその中へと消えていった。

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