10 決戦! 世界平和に背を向けて
今や馴染み深いカリーテハウス。
その奇抜な造形の家屋の前で、神と悪魔が睨み合っていた。
「アーシタラー、ここに来ていると思いましたわ」
腕を組み、ふんぞり返りながらカリーテが言った。
実はここではじめてカリーテハウスが自分の顔っぽい造形な事に気付き動揺しているのだが、決戦を前に必死で顔に出さないようにしている。
対するアーシタラーはいつも通りの張り付いた営業スマイルだ。
「もう必要ないと思って取り壊しに来たんですけど、あらあらどういう事でしょうね。何をやったか知りませんが、せっかくのより良い幸せな生活を蹴っちゃったんですかー?」
「ふん、何が幸せですの。思い出すだけでも寒気がする……、わたくしにあんなクソ恥ずかしい思いをさせておいて、タダで帰れると思ってますの?」
ふと、アーシタラーが首をかしげた。
「あれあれ? あの執事さんがお父様の事を話したんじゃないんですかー?」
「もちろん、聞きましたわよ」
「そうでしたかー。あなたのお父様はとてもお強い方でしたけど、私の提案する世界がどうにもお気に召さなかったようでして。仕方がないので周りの方々に協力していただきご退場願った次第ですよ」
「なにが協力ですの、どうせわたくしのように頭をいじったのでしょう」
「どう取るかはご自由に。それにしても、カリーテ様はお母様に瓜二つですのに、中身はお父様そっくりですねー。……救いようのない愚かさなんか特に」
アーシタラーに後光が差し、その周囲に宙に浮かぶ光の腕が何本も現れた。
「魔王と勇者にすら勝てないのに、神である私に勝てると思っているんですかねー?」
言うが早いか、光の腕の一本が凄まじい速度でカリーテへと撃ち出された。
「愚かなのはそっちですわよ」
しかしカリーテは無傷だ。光の腕を難なく受け止め弾き飛ばした。
その体には溢れんばかりに力が漲り、緑と紫の入り混じったオーラが全身を覆っている。
「何の策もなしに挑むと思いまして? あなたが紹介してくれた異世界超人たち、お望み通りバッチリ利用させてもらいましたわ!」
「あらあら。あの人たちに会わせたのは新しい生き方を見つけてもらうためだったんですけどねー」
「わたくし、舐めた相手には容赦しません事よ。相手の策を利用して相手をブチのめす、そのためなら何だってしてやりますわ!」
何だってやるというカリーテの言葉に偽りは無かった。
事実、カリーテは今までに出会った異世界超人たちの所を回って事情を話し、時には土下座までしてその力を借り受けてきたのだ。
「プライドだって使いようですわ。おかげで、相手の同意があればムリヤリ借りるよりもパワーアップするという事がわかりましたの。この完璧な力に感激しながらくたばりやがるといいですわ!」
今度はカリーテがアーシタラーへと飛び掛かった。
「悪魔宇宙大じゅあ拳・乱れ打ち!」
本当は悪魔宇宙大蛇拳と言うはずだったが、長かったので少し噛んだ。
それでも繰り出される技は本物だ。強大な宇宙パワーを纏い、カリーテの拳は無数の大蛇となってアーシタラーを襲う。
「あらあらー、本当にパワーアップなさったんですねー」
アーシタラーもまた無数の腕でカリーテの拳を相殺していく。
「ふんっ!」
カリーテの拳のうち一本が地中を伝い背後からアーシタラーを襲った。
「おやおやー?」
「やっぱりニンジャどもの技は便利ですわね」
物質透過の能力で地中を伝った遠当て。その一撃は残念ながら直撃とはいかなかったがアーシタラーの頬をかすめ、神にも攻撃が入るという事実を確認するには十分だった。
さすがに借りられなかった能力もあるが、カリーテは様々な技を駆使し確実にアーシタラーを捉えていく。
「オーッホッホ! 泣いて謝るなら許してあげてもよくってよ?」
「いえいえー。私はもっと多くの人々を救済しないといけませんので、こんな所で遊んでいるヒマはないんですよー」
光の腕が数本束になり、巨大な拳となってカリーテを押し潰そうとする。
「甘い!」
カリーテはキック一発でこれを弾き返した。
戦況は優勢、しかしカリーテは内心焦りが募っていた。
パワーアップしているとはいえ所詮は借りもの、ましてや同時にたくさんの能力を抱えているためその負荷は大きい。特に宇宙パワーは身体能力を爆上げしてくれる代わりに、常に頭の中に訳の分からない情報が流れ込んでくるのだ。
「雄大な弟さんは鯖の昇り棒を淘汰し損ねたようだけど、君は木目を強調できるはずだ!」
今もこんな感じで不気味な宇宙飛行士が応援? してくれている。
(無視無視無視無視……)
まるで敵が二人いるような気分だが、こちらは無視してさえいれば問題はない。
「こ、これはどうかしら? 悪魔宇宙ビーム!」
カリーテの独特な構えから緑の光線が放たれた。
あまりに宇宙パワーが気持ち悪かったのでついイメージ的に放出した技だったが、実用性は十分にありそうだ。
「仕方がないですねー。では本気で行きましょうか」
その時、アーシタラーの雰囲気が変わった。
「拒絶の手」
アーシタラーの前に光り輝く一対の掌が現れ、カリーテのビームを優しく包むように受け止めた。
「お返ししまーす」
そしてボールでも投げ返すようにカリーテに向け放り投げた。
もちろん威力はそのままだ。
「……!」
カリーテは投げ返されたビームを回避。逸れたビームが起こした爆風に少し体勢を崩したが、その表情にはどこか確信のようなものが浮かんでいた。
「何かと思えば、跳ね返すだけ? 神族といえども能がありませんわね」
「安い挑発ですねー。でもお客様のリクエストにはなるべくお応えする主義なので、お望みとあればやっちゃいますかー」
フワリと宙に浮いたアーシタラーの背後に無数の腕が集結する。
その指先の一本一本が光り輝き、アーシタラーの前へと光の線を集中させていく。
「慈悲の手」
掌印を組んだアーシタラーの手から眩いばかりの一筋の光が放たれる。
全てを無に帰すための神の慈悲たる光弾が。
「待ってましたわ!」
待ってましたと言わんばかりに、いや本当にそう言いながらカリーテは迎え撃った。
「見るがいい、これぞ血達磨流魔闘術奥義! 悪魔天地返し!」
悪魔天地返し。それは血達磨流魔闘術の使い手の中でもごく一部しか使えない奥義。
相手の攻撃を受け止めつつ、自らの魔力と混ぜ合わせる事でその威力を何倍にも高めて相手に跳ね返す必殺の技である。
「能が無いとはこういう意味ですわ! わたくしの方がより高度でしてよ!」
今回は更に宇宙パワーも加えてとんでもない威力になっている。直撃すれば勝ちは確実であった。
「あらー、そうですか。ではこうしましょう。拒絶の手」
されどアーシタラーも負けてはいない。拒絶の手により跳ね返ってきた光弾を更にカリーテに向け跳ね返す。
「まだまだ! 悪魔天地返し!」
カリーテもまた跳ね返された光弾を跳ね返し返す。それをまたアーシタラーが跳ね返し、カリーテもまたまた跳ね返す。
地獄のラリーはいつまでも続くように思われたが、その実カリーテには限界が近付いていた。
涼しい顔のままのアーシタラーに対し、カリーテは脂汗を流し息が切れ始めている。脳内を巡る宇宙パワーのノイズも精神を焼き切りそうになるほど強くなっていた。
だが、カリーテにはまだ切り札が残されている。
何回目かのラリー、その光弾がアーシタラーに向かったその時であった。
「クラド!」
合図と同時に光弾が突如消滅した。
「⁉」
次の瞬間、アーシタラーの背後から光弾が現れその身を貫かんとする。
カリーテはこの展開になる事を見越していた。よって相手が油断した瞬間を狙い、隠れていたクラドに魔法門を展開させ光弾を相手の背後へと飛ばしたのだ。
――だが。
「甘いですねー」
光弾はアーシタラーの背後に現れた光の掌によって受け止められ弾き飛ばされてしまった。
必殺の策が敗れ、もはやカリーテに戦う体力は残されていない。
=====
「甘いですねー」
光弾はアーシタラーの背後に現れた光の掌によって受け止められ……ていない。
「あら?」
その一瞬の後、アーシタラーの真上から出現した光弾が、天罰の雷の如くその身を貫く。
「!!!!!」
強烈な光を放つ爆発が収まり、アーシタラーの体が地面へと落ちた。
膝で立つような形となったその身体はあちこちがひび割れ、今にも崩れそうになっている。
「これ……は……、してやられ……ましたねー」
「ふふん、驚いたかしら? この技は『逆刻』、結果をやり直すチート技ですのよ」
驚いたかと言いつつ、カリーテが一番驚いていた。
相手から貸してくれた場合は実力差に関係なく借りる事ができたのもそうだが、それでも負担が大きいため使用できるのは一回限りだった。
(ふうう……、あっぶな! 上手くいってよかったですわ……)
要するに計算通りという顔をしているが、本当は足がガクガクになるほど緊張していたのであった。
決着はついた。
カリーテは崩れ行くアーシタラーに近付きその姿を見下ろす。
「そんなに……お父様の仇を……取りたかったですかー?」
「ふん、そんなのどうでもいいですわ。あなたがわたくしを舐めた、舐められた以上は全力でぶっ潰す、それだけですわ」
「私が……消えると、世界に……どんな影響が出るか……わかりませんよー?」
「それこそ願ったりですわね。本来の目的に立ち返れて感謝ですわ」
アーシタラーは崩れかけの体でククッと笑った。
「まあ、私は……救いの手の一本に過ぎないん……ですけどねー。また、どこかで……お会いする事もあるかも……しれませんよー? はい、あなたも――」
「うるさい」
カリーテのトドメの一撃により、アーシタラーの体は完全に崩れ去った。
***
ここは魔王城。
カリーテは玉座の間目指して廊下をひた走っている真っ最中。
「お母様ー!」
「お、お嬢様。何をそんなに急いでいるのです?」
「これが急がずにいられますか! アーシタラーの影響が無くなった今、お母様と勇者が再び戦っているかもしれませんのよ! 急いで加勢しなければ!」
「しかし、借りていた能力は返してしまいましたよ。勝算はおありですか?」
「わたくしは神すら倒したのよ、何の問題もありませんわ!」
それは能力を借りていたからでは。と言いたそうなクラドであったが、戦いになれば魔王ブンドリナ及びクラドが共闘する事になる。まあ大丈夫だろうという事でスルーした。
そしてついに玉座の間へ到達。「どうして魔王城はこうもクソ広いんですの!」などと自宅に対し文句を言いながら部屋へと踏み込んだ。
そこには睨み合う母魔王と勇者の姿。
二人は踏み込んできたカリーテに気付きこちらを向いた。
「カリーテ、いいところに来てくれましたね」
「お母様!」
ついに勇者をブッ倒せる。カリーテは心を躍らせブンドリナの側へと駆け寄った。
「カリーテも言ってやってちょうだい。ダリルったら、トタラは魔法より剣の方が向いているって言うのよ!」
「……あ?」
「そうじゃない! 魔法を学ぶ前に剣を学べば体も鍛えられるって言ったんだ!」
「……ああ?」
言い争う二人だが、カリーテには何の話だかさっぱりわからない。
「ちょ、ちょっと待った! 何を言い争っているんですの⁉」
カリーテが間に入ると、二人の態度が急にやわらいだ。
「……そうね、こんな事で言い争っても仕方がないわ」
「そうだな、俺も悪かった。なに、二人でやっていけば何も心配はいらないさ」
「あら、三人で、でしょ?」
「おっと、そうだったな! カリーテも入れると四人だ、はっはっは!」
争っているのかと思いきやまたしてもイチャイチャし始めた。
「なにかしらこの茶番は」
「……どうやら、お二人の恋愛にはアーシタラーはそれほど関係していなかったようですね」
「んなっ⁉ くう……っ、これで簡単に勇魔婚が解消できると思いましたのに、上手くいきませんわね!」
地団太を踏むカリーテ。
それはそれとして、ひとつ気になる事があった。
「ところで、さっき言っていたトタラって誰ですの?」
するとブンドリナとダリルは顔を見合わせ、そして幸せそうに笑い合った。
「もう、この子ったら。10年もお昼寝しているからそんな事になるんですよ」
「ほうら、カリーテお姉ちゃんだぞ。はじめましての挨拶だ」
カリーテはものすごく嫌な予感がした。
戦いにばかり気を取られ気付かなかったが、二人の間、奥の方に赤ん坊がいる。
「ま、まさか……」
「ええ、私とダリルの子。あなたの弟のトタラですよ」
「ぎょええええ⁉」
最悪の状況だ。
アーシタラーを倒したのに勇魔婚が解消されていないばかりか、二人の間にはすでに子供まで出来ていたのだ。
「おやおや。半分とはいえ血の繋がった弟君、これでは血族となった勇者殿にも迂闊に手が出せなくなりましたね」
「う、うるせーですの! というかクラド! あなた知ってましたわね⁉」
「聞かれませんでしたから。元魔王様の仰る通り、10年も寝くたばっているからでございますよ」
「てんめぇー!」
クラドの胸倉を掴みながらもショックで足元がおぼつかない。
そんな時だというのに更なる来訪者があった。
「カリーテ! 大変なのだ、また新しい悪い奴が現れたのだ!」
「おう、カリーテ! いい知らせだ、良いスシネタになりそうなものが見つかったぞ!」
「カリーテさん、実はシノビレッジで大変な事が……!」
てらしちゃん、スシマスター、スーシィ、その他異世界超人たちが押し掛ける。
「お嬢様、これは……。勇魔婚は解消できませんでしたが、神を倒した影響は確実に出ているようでございますね。どういたしますか? 力を借りた手前、こちらからも力を貸すのが筋と思われますが」
「こ、こ、こんな……」
カリーテは思わず走り出した。
「どひーっ! もう異世界超人はこりごりですわ~!」
今回のお嬢様の冒険はこれで完結となります。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




