06 対決! 超常ニンジャ軍団 前編
「ふっ……、ふっ……!」
流れる汗と熱を帯びた吐息。
カリーテはクラドの用意したトレーニングウェアを着込み鍛錬に勤しんでいた。
魔族といえども筋トレは欠かせないのである。
「ふう……、こんなものかしら」
「お疲れ様です、お嬢様」
「それにしてもこの道具の数々、用意がいいですわね」
「10年も惰眠を貪っていらしたブランクはそうそう解消できませんので、お嬢様の血達磨流魔闘術が錆び付かないためにも必要かと」
「錆びていませんわよ! ……くっ、なんだかいいように扱われているようで屈辱ですわ」
文句を言いつつトレーニングを終えるカリーテ。その悪態は尽きる事がない。
「まったく、自分で着替えないといけないなんて面倒ですわ。侍女のひとりもいないなんて……、早く勇者をブチのめしてお母様が魔王に復帰しない事にはやってられませんわ」
「私めがおりますよ。これでもお嬢様がおむつをしていた頃からお世話をしておりますので、何なりとお申し付けください」
「デリカシー! こっ恥ずかしい事言うんじゃねーですわ。それに、あなたに着替えさせてもらったら日が暮れてしまいますわ。自分で着替えた方が早いのよ!」
「それは申し訳ございません」
文句を言いながら着替えようとするカリーテであったが、突如強烈な光が部屋全体を包み込み目がくらんだ。
「なっ、なんですの⁉」
「はーい、調子はいかがですかー?」
光が収まるとそこにはアーシタラーが立っていた。
どうやら今の光はアーシタラーがワープしてきた事による現象のようだ。
「あなたね……、神族だからっていちいち光らなくてもよろしくてよ!」
「あらあら、それはすいませんでした。それよりカリーテ様、おスシの修行はいかがでしたかー?」
「何が修行よ、どえらい目に遭いましたの!」
「それは残念、スシ職人になるのも悪くないと思うんですけどねー。デプスマルガ様も今やスーシネーター様として新しい生活を送られています、新たな世界ではその方が賢い選択ですよー?」
「ムリヤリじゃありませんの、あんなの新生活と言えるのかしら。いいからもっとマシな案件を持って来なさい!」
「それでは、今回はニンジャなんていかがでしょう」
「ニンジャ~?」
怪訝な表情をするカリーテに、アーシタラーが何かのパンフレットを手渡した。
***
ここはとある大型ショッピングモール。
本日、カリーテはアーシタラーの導きによりこの場所を訪れていた。
「クラド、パンフレットに書いてある時間はいつですの?」
「美術展の時間でございますね。開始の予定時間はすでに過ぎておりますが、警備の都合などにより変更があったようでございます」
アーシタラーに渡されたパンフレットの内容、それはこのモールで行われる美術展のものであった。
「しかし本当でしょうか、ニンジャが美術展に出品される宝石を狙っているというのは」
「さあね。中には身に着けた力をそういう方面に発揮したいのもいるのではなくて?」
今回のカリーテの目的はそのニンジャだ。
アーシタラーによると、「元々は『シノビレッジ』って養成機関のエージェントなんですけど、異世界転移で超人的な能力を身に着けたニンジャがいるのですー」との事だった。
「わたくしとしては来てもらわないと困るのよ。フフ、どんな能力を持っているのか楽しみですわね」
「ところでお嬢様、今日はいつものドレスではないのですね」
クラドの指摘通り、今日のカリーテは若者らしいカジュアルな服装をしていた。
「場所に合うような服はどうかってアーシタラーが勧めてきたんですわ」
「まさかお嬢様がそのような短いズボンなどを着用されるとは」
「動きやすくはあるのだけれど……おかしいかしら?」
「いえ、とんでもございません。よくお似合いですよ。むしろ他に服を知らないのかと心配していたくらいです」
「褒める時は余計な一文を入れるんじゃねーですの!」
「これは失礼。さてお嬢様、美術展まではまだ時間がございますがいかがいたしましょう」
「そうね、せっかくだしアホ人間の施設を見て回りますわ。どうせつまらないでしょうけど」
そうは言いつつも実は興味津々のカリーテであった。
以前、街に出た時はあまりの変化に面食らったものの、事情を知ってからは心の準備も余裕もできている。異世界の人間がどのようなものを好むのか調査し、そこから勇者を打倒するヒントを得ようというのだ。
「それにしても派手なところですわね」
「かなり大きな商業施設ですから、様々な店舗の他にも目的の美術展のような催し物などもあるようです」
その催し物があるためなのか、モール内には多くの人が訪れている。
こうして見るとこちらの世界の人間なのか異世界からやってきた人間なのか区別がつかない。
「どっちの世界も人間は大差ないんですのね」
その時、ふとカリーテはどこからか視線を感じた。
(……?)
周囲を見ても特におかしなところは無い。
ただし、その身には確実におかしなところが現れていた。
「……⁉」
「お嬢様、どうかされましたか?」
「な……無い!」
カリーテが覚えた決定的な違和感。
あるはずのものが確実に無かった。今日も着替えた際、服の下に確実に身に着けたはずのものが。
「ぎゃああ! スースーしますの! ズボンスタイルだというのにどうして⁉」
「お嬢様、落ち着いてください」
「ハッ、そういえば……!」
先程感じた奇妙な視線。思い出してみると、その直後にすれ違った者が一人いた。
緑髪で黒いマスクをした小柄な少女だったと記憶している。
「まさかあの小娘が異世界超人で、わたくしの下着を掠め取っていったなんて事は……」
「ああ、そういう事でしたか。どうりでよく似た下着をポケットに入れている者がいるわけですね。凄い偶然だなと思っていましたよ」
「そんな偶然あるわけねーですの! 気付いてたのなら言いなさい! さっさと追いかけますわよ!」
どうやったのかはわからないが、確かに盗まれてしまった下着を取り返すためカリーテは走る。
「まさかこのわたくしが盗まれるなんて。あの小娘……、魔王の娘たるわたくしの下着を盗むとは万死に値しますわ」
「このような事態は前代未聞でございますね。王室史に記載いたしましょうか」
「バカな事言ってないであなたも探しなさい!」
モール内を走り回り緑髪の少女を探すカリーテ。
そんなカリーテに声をかける者があった。
「そこ行く魔族のお姉さん、ちょっと試していかれませんか? ……フヒッ」
声をかけたのは紫色の長い髪をした長身の女だった。白い帽子に白い服、いわゆるナース服というものを身に着けている。
ショッピングモールにナースというその取り合わせだけでもかなり奇妙なのに、女は湿度の高そうな卑屈な笑顔でカリーテを見つめている。ちょっと怖い。
「……悪いけど、急いでおりますの。そうだ、あなたこの辺りで緑色の髪をした黒マスクの小娘を見ておりません?」
「緑髪に黒マスク……? さて、どうでしたか。……フヒッ」
そう言いながらも怪しいナースはカリーテの腕を掴み、どこからか注射器を取り出した。
「はい、チクっとしますよ~」
「ひょわっ⁉ じょ、冗談じゃありませんわ!」
針が突き刺さる直前、カリーテは大慌てで腕を振りほどき難を逃れた。
おかげで怪しいナースはとても残念そうだ。
「……ちょっと、なんで避けるんですか!」
「そりゃ避けますわよ! 何考えてるんですの!」
「これは医療行為なんですよ。問題はありませんって」
「行う必要がないってのが大問題ですわ!」
「そんなに顔色が悪いのに~?」
「生まれつきですの!」
話せば話すほど怪しさが増していく謎のナース。
よく見ると彼女の傍らにある医療用ワゴンに看板らしきものがかかっていた。
「……インジーの無料注射サービスぅ?」
「そうです! ワタシ、インジーの特製秘薬を無料で提供しているんですよ。だからホラ、観念して腕を出して……ウヒヒヒヒ」
インジーが再び注射器を構えた。どういうわけだか息が荒く、その表情は恍惚としている。
「ああ~! もう限界! いいから注射を打たせろぉ!」
「なんなんですの~⁉」
狂気に満ちた目で飛び掛かるインジー。その両手には何本もの注射器が滴る薬液と共に針を光らせている。
針による突き攻撃は痛みこそあれど威力は低い。しかし問題は薬液だ。インジーの言う特性の秘薬、かすりでもすれば何が起こるかわからない厄介さがあった。決して攻撃を受けるわけにはいかない。
「悪魔毒蛇拳!」
「はひっ⁉」
咄嗟に繰り出したカリーテの一撃はインジーの攻撃をかいくぐり胴体に命中。
その衝撃でひっくり返ったインジーの腕に、これまた衝撃で跳ね飛ばされた注射器のひとつが突き刺さった。
「ぴぎゃーっ!」
何とも言えない悲鳴を上げるインジー。
これで決着かと思われたが、インジーはゆらりと立ち上がる。
「よくも……よくもワタシに注射を打ったな!」
その目は紫色に怪しく輝き、溢れんばかりの怒りの形相を見せていた。
「知るか! そんなに注射が好きなら自分に打ってろですの! 悪魔毒蛇拳!」
向かってくるインジーに再び拳を叩き込む。が、効果が薄い。
インジーの言う秘薬は本物らしく、強化されたインジーの肉体はまるで弾力のある岩を殴っているようだった。
「マジでなんなんですのコイツは~!」
さすがに気味が悪くなったカリーテはいったん逃げる事にした。
幸いここはショッピングモール、構造が複雑で人も多いため逃げる方法には事欠かない。人に紛れ物に紛れ、上に下にととにかく距離を取った。
「ここまで来ればしばらくは大丈夫ですわ。……はあ、ズボンでよかった。あのポンコツコンサルタントがこんな形で役に立つとは思いませんでしたわ」
少しだけアーシタラーを見直したカリーテ。
しかし、逃げている間にクラドとはぐれてしまった事に気が付いた。
「あら? クラド、どこにいるの。返事をしなさい!」
「……うるせえな、静かにしてくれ」
クラドを呼ぶ声に反応する者があった。もちろんそれはクラドではない。
人の入らない半ば資材置き場のようになっている通路、その物陰から何者かが這い出してきた。
ここで眠っていたのだろうか。斜めカット前髪のメッシュ入りピンク髪ボブカット、パンキッシュな格好をした目つきの悪い少女が気怠そうにあくびをしている。
「また変なのが出てきましたわね」
「あん? 失礼なヤツだな、オマエだって大概だろ」
「あら失礼。つい今しがたおかしな注射魔ナースに追われて気が立っておりましたの」
「注射魔ナースだあ?」
パンキッシュ少女が怪訝な表情をしている。カリーテもおかしな事を口走っている自覚はあったので当然だろう。
「インジーか、しょうがねえヤツだな」
「知ってますの⁉」
かと思えばパンキッシュ少女はインジーの事を知っていたらしい。
「……まあな。アイツは注射マニアですぐ人に打ちたがるんだが、自分が打たれるのは死ぬほど嫌いなんだ。おおかた転んで自分に刺さってブチ切れたんだろ」
「見てましたの?」
「やっぱりか。仕方ねえな……止めてやるよ」
どういう風の吹き回しだろうか。
初対面にも関わらずこのパンキッシュ少女がインジーを止めてくれるという。
「まあ、親切なお方ですのね。申し遅れました、わたくしはカリーテという者ですわ」
「ん、ああ。オレは……パンクバードだ。別に親切でやるワケじゃねえ。あんなんでも一応仲間なんでな、身内の恥を晒したくねえだけだ」
どういう理由だろうと助かった事には変わりない。この幸運を逃すまいと、ギターケースを担いで歩き出したパンクバードの後をカリーテは付いて行く。
――チャリン。
すると、ギターケースから何かが落ちた。
「あら、何かしら」
カリーテがそれを拾い上げた。名前のようなものが刻まれた小さな金属板、いわゆるドッグタグというものだ。
「名札みたいなものね。……ラプリン?」
そこにはラプリンという文字が刻まれていた。
カリーテがポツリとその言葉を口にした途端、前を歩くパンクバードの足が止まる。
「……おい」
「これ、あなたのでしょう? ああ、本名はラプリンなのね。可愛らしい名前ですの」
「……!!!!!」
その瞬間、パンクバードことラプリンがケースからギターを取り出した。




