05 対決! 究極スシ職人 後編
闇夜に駆ける追手。カリーテのやや前方にその姿があった。
月明かりに照らされ、木の上からスーシィが見下ろしている。
「……やっぱり、バレてましたわね」
「はい、お師匠様が逃げるかもしれないからって言うので見張ってました! さあ、一緒に戻りましょう?」
「悪いけど、わたくしは戻る気はなくて……よっ!」
カリーテはスーシィの立つ大木に掌底を叩き込んだ。
「うわぁ⁉」
大木に激しい振動が伝わり、上にいたスーシィが振り落とされそうになる。
だが、スーシィは鉄棒のようにくるりと枝を軸に回転し、そのままカリーテの背後へと華麗な着地を決めた。
「あら、なかなかやりますのね」
「はい! わたし、なかなかやるんです!」
言うが早いか、カリーテはスーシィの返事を待たずして悪魔毒蛇拳を叩き込んだ。
――しかし。
「……あら」
ほぼ不意打ちだったにも関わらず、カリーテの拳は盾のようなトレイに阻まれスーシィには届いていない。
「ほら、わたしはなかなかやるんですよ」
「チッ……、そのようですわね」
そこからは拳のラッシュだった。
カリーテの拳は何十匹もの毒蛇に姿を変え四方八方からスーシィに襲い掛かる。
スーシィもまた素早い動きでトレイを振り回し攻撃をいなす。
闇夜の森で一瞬にして無数の攻防が繰り広げられた。
(こいつ……、小娘に見えて相当な手練れですわね)
カリーテに少しの焦りが出た。その隙をスーシィは見逃さない。
「そこだ!」
スーシィは防御に使っていたトレイをカリーテ目掛けぶん投げた。
「うわっと⁉」
間一髪、カリーテは体をかがめトレイを回避。
すると外れたトレイは数本の大木をなぎ倒し、速度を落とすことなくブーメランのようにスーシィの手元へと戻った。
倒された木の切り口は荒いが見事に一刀両断されている。もし回避できていなければカリーテがこうなっていた事だろう。
(……マジですの⁉ 異世界人はバケモノしかいねーんですのぉ⁉)
表面上は平静を装っているが内心はこんな感じである。
一方、スーシィとしてもわりとムチャだったようだ。
「うわっとと……きゃあっ⁉」
相当な重量があったのだろう、戻ってきたトレイをキャッチした衝撃でバランスを崩し派手に転んでしまった。
カリーテもまた隙を見逃さずスーシィに攻撃……ではなく、いったん距離を取って森に身を隠す事にした。
(ムカつきますけど、負けはしなくとも正面からなんて戦ってられませんわ。ここは態勢を整えますの)
だが次の瞬間、背中にヌルリとした感覚があった。
「ん? これは……のひゃあっ⁉」
かと思うと一瞬にして触手に絡め取られてしまった。
このヌルヌル、そして生臭さ。間違いなく一番弟子のスーシネーターだ。
(しまった! もう一人いるのを失念していましたわ!)
触手は思いのほか力強く簡単には振りほどけそうにない。
悪魔令嬢に迫る絶体絶命のピンチ。しかし、ここでカリーテは意外な言葉を耳にする。
「まあ落ち着きなよお嬢さん。スシマスターをブッ飛ばしたいんだろ? オレが協力してやってもいいぜ」
「……あなた、スーシネーター? さっきと口調が違いますのね」
「お行儀よくしてないとどやされるんでね。その様子じゃ覚えてないんだろうが、オレは元魔王軍だ。お仲間だよお姫様」
「えー……」
「なんで不満そうなんだよ」
もしかしてと思っていた事が本当だった。
だからといって気持ち悪さは変わらないのだが。
「今はスーシネーターなんてふざけた名を名乗らされているが、本来は深海将軍デプスマルガという立派な名前もあるんだよ」
「……ああ、思い出しましたわ。そんなのもいましたわね」
「オレもあの野郎にブチのめされて弟子にされたクチなのさ。こんな事してる間に魔王軍は解散しちまうし、仕返ししなきゃ気が収まらないぜ」
「……なるほど、理屈と動機はわかりましたわ。それで、具体的にはどうしますの?」
「オレだけじゃ決定打が足りねえんだ。スーシィは怪力だが良い子すぎて乗ってこない、だがあんたならあの野郎にトドメを刺せそうだからな」
「わたくしにトドメの一撃を頼みたいと?」
「そうだ。オレがヤツの動きを止める、その間に頼むぜ」
それはそうと、元魔王軍だというのに姫君であるカリーテに対する口の利き方はどうだ。
そういえば海洋方面軍の将は外部顧問で忠誠心に薄いと聞いた事がある。話した感じもあまり信用できるようには思えない。
しかしながら他に良い案も浮かばないし、何より触手に絡め取られているので不本意ながら迂闊な事は言えない。ここは話に乗ってみる事にした。
「フフ、なかなかに卑劣ですわね。気に入りましたわ」
「それじゃ、このまま捕まっててくれ。オレの手柄にした方があの野郎も油断するだろうからな」
「生臭くて気持ち悪いのはなんとかしてほしいのですけど……、仕方ありませんわね」
というわけでカリーテは触手に巻かれたまま山寺へと逆戻り。その間に大まかな作戦なんかも話し合い、スシマスター撃滅作戦は着々と進んでいた。
途中でスーシィとも合流し、待ち構えるスシマスターの前に三人が帰還する。
――いざ、決戦の時だ。
「師匠、新入りを連れ戻して参りました」
「うむ」
スーシネーターが頭を下げ、触手からカリーテを解放する。
その瞬間、カリーテは大きくジャンプ! 一緒に戻ってきたスーシィの後ろに回り羽交い絞めにした。そして。
「それ、お貸しなさい!」
その状態でスシマスターの森羅万象包丁を呼び寄せた。
それと同時、即座に包丁を放棄して離脱。森羅万象包丁をスーシィにパスした形だ。
「ふわっ⁉ な、なにをするんですか⁉」
目論見通り、包丁を渡されたスーシィは押し潰され身動きが取れないでいる。
それを合図にスーシネーターも動いた。
「必殺! 特濃醤油ビーム!」
魚の口から真っ黒い液体が高圧洗浄機のように放たれ、スシマスターの顔面を直撃した。
「ぬっ⁉ これは……!」
名前の通りその液体からは醤油の匂いがする。ただし、特濃のためかタール状に強い粘りを持ち、スシマスターの視界を奪うと同時に動きを鈍くしていた。
目つぶしと動きの制限は成った、不安要素のスーシィも封じた、今こそ千載一遇の好機!
「これでもお喰らいなさい! 悪魔火竜砲!」
カリーテの魔力が右手に集中。膨大な魔力は燃え盛る業火へと変わり、大砲の如く撃ち出された火球がスシマスターを襲う。
形なき炎では箸で返す事はできないだろう。一度技を返されたカリーテは確実な勝利のために遠距離技を選んだのだ。
だが、カリーテが技を放とうとしたのとほぼ同時、他にも動く者があった。
「お師匠様ぁー!」
なんとスーシィが森羅万象包丁を持ち上げ、スシマスターに向かい放り投げたのだ。
「ウソでしょ⁉」
森羅万象包丁は高度なスシの技術がなければ扱えないという事だったのに、スーシィにその技量があったのだろうか。それともただとんでもない馬鹿力で持ち上げただけなのか。
どちらにせよスシマスターに包丁が渡ってしまった事には変わりなかった。
「よかろう、見せてやる。……奥義、スシスラッシュ!」
包丁を受け取ったスシマスターの目が怪しく輝く。
そして奥義の名の下に包丁を一閃、その一撃はカリーテの炎を容易く切り裂いた。
「ウソでしょおお⁉」
あまりの事にカリーテは絶叫。共同作戦は失敗に終わった。
その瞬間、カリーテの足を見慣れた触手が絡め取り地面に引き倒した。
「あっ、コラ! 何しますの⁉」
「へっへっへ、観念しな! 師匠すいません、こいつに騙されてやったんです!」
「こ、このクソ魚~!」
突然の裏切り。これではもはや逃げる事も叶わなかった。
しかし、次に訪れたのは攻撃の手ではなかった。
炎を切り裂いたスシマスターは更に素早い動きで調理を始め、あっという間に驚くカリーテの目の前に一貫のスシが差し出された。
「はいよ! 炙り醤油の火炎ズシ、一丁上がりだ!」
「もうわけがわかりませんわ⁉」
「ガッハッハ! ワシにかかれば食材はもちろん、形なきものや概念すらスシネタにする事ができるのだ!」
「……」
カリーテにはもはや言葉も無かった。
もはや何も考えられず、勧められるままに火炎ズシを口に運んだ。
「……⁉ う、うまっ……ウマー⁉」
何という事だろう。
カリーテは打ち震えた。魔王の娘として長い年月を生きてきたが、これほど美味いものがあっただろうか。食感、味、そして体に漲る力。その全てがカリーテの心を震わせ、気が付けば一筋の涙が頬を伝っていた。
「こ、これがスシ……ですの」
「どうだ、スシの素晴らしさに気が付いたか?」
「そうですわね。……わたくしの完敗ですわ」
「ウム、合格だ」
「へ?」
スシマスターから告げられた突然の合格宣言。
その言葉にカリーテは呆気にとられ顔を上げた。
「スシの素晴らしさに気付く事、それこそがスシ職人の第一歩だ。お前はその悟りを得た、まずは第一段階合格だ」
「師匠……!」
と、ここでカリーテは正気に返った。
「いや、ついほだされそうになりましたけど、わたくしはスシ職人にはなりませんわよ」
「……んん? なんだそうなのか、勘違いしておったわ」
今まで強引に稽古をつけていたスシマスターだが、今回は妙に素直に受け入れてくれている。
ともかくスシ職人志望でない事が伝わり、カリーテはホッと胸をなでおろした。
「お嬢様、修行はいかがでしたか?」
すると、安心するカリーテのもとへクラドがやってきた。
「あっ、クラド! あなた今までどこに……!」
「ちょっと調べものをしておりました。ですが途中からはちゃんと見ておりましたよ」
「見ていたですって⁉ どういうつもりですの!」
「もちろんお嬢様のためです。なにせ10年も惰眠を貪っておられましたからね、魔闘術も本調子ではないようでしたし」
「うっ……。それはまあ、そうですけど」
「お嬢様の事は亡き旦那様からしっかりと申し付けられておりますゆえ。というわけで、こちらのスシマスター様に鍛え直していただくよう私から依頼しておいたのです」
「はあ⁉」
二人のやりとりを見ていたスシマスターが腕を組みながら笑った。
「ガッハッハ! ワシはてっきりスシ職人になりたいのかと思っておったぞ!」
「それは説明不足でした、申し訳ありません」
頭を下げるクラド。
一方のカリーテはまだ納得していない表情だ。
「なんで修行するにしてもスシ職人なんですの?」
「昔から厳しい修行といえば寺かスシ職人と言いますので」
「どこの常識ですのそれ」
「ですがお嬢様、調子が戻られたのではないですか?」
「……まあ、確かにね」
言われて気付いた自身の体。激しい攻防のせいかスシのせいか、寝起きのモヤモヤが晴れたような気分だった。
「悔しいけれど、得るものはありましたわ」
「それは何よりです、お嬢様自身が強くなる事も大切でございますから。では帰還するといたしましょう」
クラドが魔法門を開き、これにて修行はお開きとなる。
「おスシ、美味でしたわ」
「おう、またいつでも来い!」
「カリーテさん、また一緒に修行しましょうね!」
「嫌なこったですわ」
スシマスターとスーシィに別れを告げるカリーテ。
「あ、そうだ。クラド、ちょっとお待ちなさい」
ここで何かを思い出し、ツカツカと寺の方へ歩いていく。
そして――
「悪魔毒蛇拳!」
「ぎょへー⁉」
隠れていたスーシネーターの脇腹に拳がめり込み、その勢いで弾き出されたスーシネーターは天井へと突き刺さった。
修行とスシの効果はバッチリなようだ。
「魔族として悪辣なのは許すけど、裏切りは許しませんわ。そこで頭を冷やしなさい」
こうして、今度こそカリーテのスシ修行はお開きとなった。




