04 対決! 究極スシ職人 前編
その日、カリーテはとある荒れ果てた山道を歩いていた。
理由はもちろん次なる異世界超人に出会うためだ。
アーシタラーは「宇宙の神秘に触れて正義の心が目覚めちゃったりしましたー?」などと言っていたがそんなわけはない。
宇宙魔法少女を自称するてらしの協力を一応取り付けた形になったので、次こそはちゃんと利用できる何かを得るつもりでいる。有用であればどんな手段を使ってでも、だ。
だというのに次の目標をクラドに任せたらこの有様である。
おまけに険しい山道だというのにカリーテは普段と同じドレス姿。当然ながら歩きにくいのでイライラが募っていた。
そんなカリーテに後ろから涼しい顔で随行するクラドが話しかけた。
「お嬢様、どうやらこの辺りには資料にあったスシ職人がいるようです」
次なる目標の異世界超人はスシ職人だった。
「なんでスシ職人がこんな山の中にいるのよ! 歩きにくいったらありませんわ!」
「ところでお嬢様、スシはご存知ですか? スシというのは――」
「言わなくていいですわ、知ってるから」
「おや、スシをお召し上がりになった事がありましたか」
「ないけど……知識として知っていますのよ。この間、宇宙パワーとかいうわけのわからないものを流し込まれてから無駄に知識が増えてしまいましたの」
「それは僥倖でしたね」
「頭だけ妙に冴えてるのに要らない知識がほとんどで気持ち悪りーですの」
クラドには言わなかったが、宇宙パワーの弊害はそれだけではなかった。
実は稀に変なモノが見えるのだが、実在するかどうかわからないのでスルーしているのだ。
「やあ、こんにちわ。今日もいい天気だね。宇宙はいつだって晴れだと思うかい? 実はそうじゃないんだよね。宇宙にもいろいろな――」
今もこうして道の脇に立っている不気味な宇宙飛行士が話しかけてくるが、クラドが気にしていないという事は実在していないのだろう。
幻覚はこの宇宙飛行士だけなので分かりやすくはあった。しかし気持ち悪い事には変わりないので、カリーテは早く宇宙パワーが抜けてくれないかなと切に願い、またイライラを募らせていた。
「だいたい、スシ職人がどうわたくしの役に立つっていいますの?」
「そうですね、それは本人に聞いてみてはいかがでしょう」
クラドがスッと前方を指した。
その方向に目をやると、岩の上で座禅を組んでいる男の姿が確認できた。この男が今回の異世界超人なのだろうか。
「ちょっと、そこのあなた!」
カリーテが話しかけると男はゆっくりと立ち上がり振り返った。
「……なんだ、ワシに何用だ」
その姿にカリーテは思わず息をのむ。
確かにスシ職人らしく和帽子と調理衣を身に着けている。しかしその顔面は道化師のように白くド派手なメイクが施されているし、何より歴戦の格闘家を思わせる屈強な巨体はそこにあるだけで凄まじい圧を放っていた。
「た、確かに役に立つかもしれませんわね」
「お嬢様、声が上ずっておりますよ」
「うるさい。……そこのあなた、あなたが伝説のスシ職人で間違いないわね?」
改めてスシ職人に話しかけるカリーテ。
そんなカリーテに向かいスシ職人は腕を組み頷いた。
「いかにも。ワシの名はスシマスター、究極のスシを追い求める者だ!」
「わたくしはカリーテ=パクリウスですわ。さっそくだけど、あなたの実力とやらを見せて欲しいですわね」
「ほう、ワシを試すか。よかろう」
するとスシマスターは大剣と見紛うほどの巨大な包丁を取り出した。
「キエエーッ!」
奇声を上げ、カリーテが身じろぐほどの風を巻き起こしながら何かを刻んでいく。そのまま握りのフェーズに移行し、あっという間にカリーテの前に一貫のスシが姿を現した。
「さあ食ってみろ」
「そういう事じゃないのだけれど……。まあお腹も空いていたし、いただきますわ」
とりあえずカリーテは謎のスシを口へと放り込んだ。
「あら……美味しいじゃない。口に入れた途端にシャリがパラリと解けるし、ネタも適度に歯ごたえがあって味わい深いわ。このネタは何なのかしら?」
「それはその辺にあった廃タイヤだ」
「ブヘッ⁉」
想像もしていなかった答えにスシを噴き出したカリーテ。咳き込みながらも怒りの形相でスシマスターを睨みつける。
「なな、なんちゅうもん食わせるんですの⁉」
しかしスシマスターは堂々とした態度を崩さない。
「何を言うか、ちゃんと美味かっただろう」
「味の問題じゃねーですわ! せめて食品にしろですの!」
「ワシは究極のスシを追い求める者と言っただろう。そのために厳しい修行を重ね、ありとあらゆるものをスシネタにできるようになったのだ!」
「……うわ、こいつもイカれてましたわ」
宇宙パワーに続き狂気のスシ職人と、異世界の超人というよりは変人たちにカリーテはちょっと嫌気がさしてきた。
「はあ……。スシなんて握りたくないし、役に立ちそうなものといえばあの大包丁くらいですわね」
それだけ頂いて帰ろうと、カリーテはスシマスターに向け手を伸ばす。
カリーテの「借りる」能力によって大包丁はスシマスターの手を離れ、一瞬にしてカリーテの手の中に納まった。
しかし――
「ふんぎゃ!」
大包丁の重量はカリーテの想定をはるかに超えており、支えきれなくなったカリーテは押し潰されてしまった。
「そ、そんなバカな……。わたくしが持ち上げられないなんて……」
「力自慢のお嬢様にしては珍しいですね。刃が下向きだったら真っ二つでございました」
「このバカクラド! 怖い事言ってないで早く助けなさい!」
「それは失礼。……おや、これは無理っぽいですよ」
「はあ⁉」
どうやらクラドが手伝っても大包丁は全く動かないようだ。
そんな二人を見てスシマスターが笑う。
「ガッハッハ! その森羅万象包丁は高度なスシの技術が無ければ使いこなせんわい!」
「伝説の武器っぽいのに変な条件ですわね」
スシマスターは森羅万象包丁をひょいと持ち上げた。
これでようやく解放されたと思ったその矢先、スシマスターは何を思ったかカリーテ自身をもひょいと担ぎ上げてしまった。
「ちょ、何しますの⁉」
「ワシの包丁を狙うとは良い根性だ。そんなにスシの技術を身に着けたいのであればワシが修行をつけてやろう」
「はあ⁉ わたくしはそんな事は――」
「ちょうどこの先の山寺で稽古をつけていたところだ、遠慮するな。ガッハッハ!」
「は、放しなさい! ちょっと、クラド!」
助けを求めクラドに視線を送るが、クラドはすでに諦めていた様子。
「お嬢様、お帰りをお待ちしております。立派なスシ職人になられてください」
「覚えてらっしゃい~!」
カリーテの悲鳴は山々の間を空しく響くのみであった。
***
そして連れて来られた山奥の古寺。ここもまた山道に負けず劣らず荒れ果てている。
こんな所でスシの修行などできるのだろうか。カリーテがそう思っていると何者かに声をかけられた。
「初めまして!」
話しかけてきたのは笑顔が眩しい金髪碧眼の少女だった。
「あなたが新しい弟子?」
「いや、弟子になった覚えはねーんですけど……」
「わたしはスーシィ、お師匠様の二番弟子だよ。あなたの姉弟子って事になるね!」
「話聞いてますの?」
どうやらこの娘も普通ではなさそうだ。そもそもあのスシマスターの弟子なのだ、まともであろうはずがない。スシ職人の弟子なのにメイド服を着ているのも奇妙だった。
「これからよろしく! わからない事があったら聞いてね!」
「とりあえずわたくしがここにいる意味を聞きたいですわ」
「それから、あっちにいる人が一番弟子だよ!」
カリーテの質問はスルーされ、かわりに一番弟子を紹介された。
見れば部屋の隅に何かがいた。人ではない何かが。
それは一見すると人間大の魚のようだった。しかしスーツを着ており手足がある。手足と言っても上着の袖からはカニのハサミが出ているし、ズボンの裾からはタコの触手のようなものがウネウネと蠢いていた。
どう見ても魚介の化物にしか見えない。もしかしたら魔王軍にあんなのがいたかもしれないとも思ったが、一緒にされると嫌なので考えるのをやめた。
「なんですのあれは……。スーツの下がどうなっているか想像もしたくないですわね」
「あの人はスーシネーターさんだよ。わたしたちの兄弟子なんだから失礼の無いようにね!」
「失礼もなにも言葉が通じるんですの?」
怪訝な視線に気付いたのか、スーシネーターがウネウネと動き出しカリーテへと近付く。
「こんにちはお嬢さん、私はスーシネーターと申します」
「わりと普通に通じましたわね」
意外に紳士だったスーシネーター。でも気持ち悪い事には変わりないので距離は取った。
兄弟子たちに挨拶が終わったところでいよいよ修業が始まる。
「スシ職人にとって何より大事なのは清潔さ! よってこの寺をピカピカにするのだ!」
今日の修行は掃除。スシマスターの号令と共に一斉に掃除が始まる。
「んなムチャな……」
当然、カリーテにそんな事が上手くできるわけがない。
ただでさえ普段から身の回りの事は全て使用人にやらせてきたのだ、普通の掃除はもちろん荒れ果てた山寺の掃除など手に余るにも程があった。
それでもしばらくは床を磨いていたカリーテであったが、その時はすぐに訪れた。
「……限界ですわ」
カリーテはスッと立ち上がりスシマスターへと詰め寄る。
辛抱の無いカリーテの我慢の限界が早々に訪れた瞬間だった。
「わたくしは帰らせてもらいますわ」
「……修行を投げ出すというのか?」
「ええそうよ。ついでに、ムカついたのであなたをブッ飛ばしてからにいたしましょう。最初からこうすれば良かったですわ」
「辛抱の無い奴だな、最短記録だぞ。そんな事で立派なスシ職人になれると思っているのか」
「そもそもそれが間違っていますのよ!」
もちろんカリーテにスシ職人になるつもりなど毛頭ない。そしてそれを説明する気ももはや消え失せている。
カリーテの全身から凄まじい魔力が溢れ出し、渦を巻いて右手へと集中した。
「くらえ! 悪魔鉄指槍!」
魔力を纏い鋼鉄の槍と化したカリーテの突きがスシマスターを襲う。
――しかし。
「甘いわ!」
突き出したカリーテの指先は、スシマスターの持つ箸につままれ止められてしまった。
更には止められただけでなく、たかが箸でつままれているだけなのにそれ以上押し込む事ができないでいる。
「んなっ⁉」
「修行が足りん!」
衝撃的な現実に驚く間もなく、カリーテはそのまま箸で放り投げられ天井へと突き刺さった。
「ふんぎゃ⁉」
「しばらくそのまま頭を冷やしておれ!」
スシマスターの言葉通り、カリーテは掃除の間じゅう放置される羽目となった。
だがカリーテは諦めない。
その夜、全員が寝静まった頃に再び行動を起こした。
夜の闇の中、一人山寺を抜け出したカリーテは木々の間をひた走る。
「あんなふざけた連中に付き合ってられませんわ。こんなのを紹介するなんて、クラドはもちろんアーシタラーにも文句のひとつでも言ってやらないと気が済まないですわ」
要はこっそり逃げ出したのだ。
魔族にとって夜の闇は苦ではなくむしろ快適、すでにかなりの距離を進んでいる。最初にスシマスターと出会った場所に行けばクラドが何らかの合図を残しているはずだとその場所を目指していた。
「カリーテさん、どこへ行くんですか?」
しかし、スシ職人の修行はそんなに甘くはない。




