遅すぎた後悔
「長女が、妹の代わりに生贄になっただと……!?」
その報せが屋敷に届いた時、兄弟たちは血の気の失せた青い顔で馬を駆り、魔物の住まう山へと登った。
冷たい風が吹きすさぶ中、彼らは必死に祈っていた。「無事でいてくれ」「あいつなら、あの強いあいつなら生きているはず」「あいつが死ぬはずがない」と。
しかし、時すでに遅し。
山頂に転がっていたのは、見るも無残な破壊の跡だった。
切り裂かれた大樹、踏み荒らされた大地。そして四散した肉塊を思わせる、真っ赤な肉。そこら中に飛び散り、どろりとこびりついた、おぞましい赤黒い液体。
あまりの凄惨な光景の広がるそこには、大魔物の気配も、そして人間らしき影も、そこには一切残されていなかった。
「ヒッ……あ、あああ……っ!」
兄弟の一人が恐怖と絶望にガタガタと震えながら、泥と赤い液体にまみれた『それ』を指さした。
そこにあったのは、引きちぎられた人間の手足――いや、人間の手足のような形状をした、何かだった。
かつて共に訓練を積んだ、あの頑強な長女の腕。その腕だったはずの、丸ごと抉り取られた無惨な肉片が、冷たい地面に転がっている。
そして傍らには、彼女が命の次に大切にしていた、刃こぼれだらけのボロボロの剣。
それが半ばからボキリと折れ、赤い泥に深く突き刺さっていた。
「……嘘だ。嘘だろ、そんな……ッ!!」
四男が折れた剣の柄を握りしめ、泥にまみれ、顔をくしゃくしゃにして絶叫した。
「身代わりに仕立て上げたのは、俺たちだ……!『役立たずのお前が生贄になれば、みんなが幸せになれる』なんて……あんな、あんな酷い言葉を、最後の最後まで投げつけて……っ!」
長男は、もはや形を留めていない『長女だったはずの手や足』を、震える手で拾い上げる。
だが、その手が恐怖と自責の念で激しく痙攣し、マントで包むことすらままならない。
「あの子は、最期まであの冷めた目で俺たちを見ていた……。泣き言ひとつ言わず、一人でこの地獄に来て、一人でこんな……化け物に、生きたまま貪り食われて……!
すまない、1人で、1人で心細かっただろう?
本当にすまなかった」
自分たちが彼女に突き放した「冷たい態度」の数々が、今度は鋭い刃となって彼らの胸を深くメッタ刺しにする。
あの冷めた瞳の奥で、あの子は一体何を考えていたのだろう。
最後まで、長兄には理解ができなかった。いつも何も考えてなさそうな鉄面皮で、どうしてこんな無茶をあの子は選んだのか。
せめて一言、相談してくれれば。
そう考えて、長兄は長女との「思い出」を必死に手繰り寄せようとした。
泣き顔、怒った顔、悩んでいる姿、相談にのった記憶……。
だが、何も出てこない。
思い出そうとすればするほど、彼女の笑顔どころか、一緒に食事をした光景や、日常のありふれた買い物といった些細な一幕さえも、記憶の引き出しからは何一つ見つからなかった。
そこで、長兄は気づいてしまった。
(……俺は、あの子との思い出が、何一つない)
誕生日も、好きな食べ物も、答えられない。
――末妹のデビュタントは、とっくに終わっていたというのに。
記憶のアルバムは、不自然なほどに空っぽだった。
唯一覚えているのは、庭の片隅で黙々と鈍く光る剣を振る後ろ姿と、「かしこまりました」と、何も映らない硝子のような瞳をして頭を下げる義務的な姿くらいだ。
自分たちは、彼女を『家族』として一度も見ていなかった。
ただ便利に使える、頑丈な防壁としてしか扱っていなかったのだ。
その醜い事実に直面し、その場で胃液を吐き散らしながら泣き崩れる兄弟たち。
彼らの心には、この瞬間、一生消えない後悔の呪いが刻まれた。
そして、皆気づいてしまったのだ。
自分たちには、彼女の死を悼んで泣く資格さえ、本当は最初からなかったことに。
高貴な血筋を誇り、仲睦まじいと噂され、末妹へ家族愛を捧げ、互いに家のため研鑽を続けてきた自分たち。
だが、まだ十八の少女が命をかけて強大な魔物に挑んだというのに、その現場を前にして足を震わせることしかできない。
自分たちは、中身の何もない、ハリボテの愛を掲げただけの臆病者だったのだ。その事実が遂に突きつけられた現実に耐えるのはこれからだった。




