勘違い新婚生活
はっと目が覚めた。
気がつくと、私は触れたこともないほど柔らかい、ふかふかのベッドに寝ている。天蓋付きで、お姫様が寝るような高級シルクの香りがする。
「私、死んだんじゃ……?」
自分の手を見る。
――え?
戦場でちぎれていたはずの手が、ある。内臓も吹き飛んだはずなのに、ちゃんとお腹がある。足もある。
ただ、繋ぎ合わされた部分には、まるで縫い合わせたような、あるいはタトゥーのような禍々しい漆黒の紋様(傷跡)が残っていた。 ……というか、触ってみると、以前より明らかに筋肉が硬く、体が軽い。なぜか全身から力がみなぎっている。
「これ、本当に私の体……?」
気になって、着せられていたペラペラの薄い衣装をバサァと脱ぎ捨てた。 パンツ一枚のほぼ裸体になり、太ももや二の腕を指でつついて肉質の変化を真剣に確認していると、突然、頭上から心臓の止まりそうな大音量の悲鳴が響き渡った。
「な、なんちゅう姿晒しとるんやーーーーーっっ!!!」
「こ、こら、まだ早い! 裸で誘惑するなんて、まだ儂らには早すぎるやろがん!!!」
バサァッ!!! と、巨大な影が部屋の明かりを遮った。
私の真上に君臨したのは、おぞましい巨躯を持つ「怪物」だった。
それは、大樹のように太い胴体を持つ、漆黒の巨大な双頭の蛇。
その背には、肉膜の張った4枚の巨大なコウモリの羽が不気味に蠢いている。羽の関節の先には、コウモリのような細く鋭い小さな手が、まるで獲物を探るようにワキワキと動いていた。
さらに、部屋の床を這う太い尻尾の先には、ゴツゴツとした恐ろしい鉄槌のような大瘤が鎮座しており、それが床に触れるたびにゴトリ、ゴトリと重低音が響く。
威嚇するように開かれた2つの頭の顎の奥には、鮫のように何重にもびっしりと生え揃った、鋭利な牙がギラリと光っていた。
噛み砕かれれば、骨ごと一瞬で消し飛ぶ。本能が「即死」を警告するほどの圧倒的な捕食者――。
そんな化け物が、羽の先にある不気味な細い手で、必死に私の衣服を掴んで体に掛け直そうとジタバタと蠢いている。2つの頭はどちらも、鮫のような牙をカチカチと鳴らしながら、顔(?)を真っ赤に染めていた。
私は首を傾げた。
「……すみません。傷の確認の最中でした。以後気をつけます」
「せや! 本当に気をつけるんや! まだな、その、儂ら付き合って初日やろがん!?」
「いきなり『お布団の中でセクシーポーズ』はステップが飛びすぎやろ!」
「普通はもっと、手を繋いだりとか! 一緒にご飯食べたりとか! どこか出かけたりとか! 段階ちゅうもんがあるやろ!! なあぁ!?」
「そうやそうや! 儂の心臓が保たんやろがん!」
左右のクビが、まるで会話を奪い合うように交互にワタワタと話しかけてくる。その慌てようを見ていると、私の手足をちぎったり、お腹に穴を開けてた相手とは思えない。
前の2枚の羽先の手を使い、薄い布切れを必死に着させてくるので、袖に手を入れたりして一応手伝う。
服を着ると、納得したようにフンフンと鼻を鳴らしている。
「も、もしや、お前……! こんな高度な精神攻撃を平然と仕掛けてくるなんて……。
お前、百戦錬磨の夜の業があるんか!?
まさか、人間なのに手練れの新種サキュバスか何かなんか!?
こんな初心なワシを骨抜きにして、何かたくらんどるんやろ、そうやろ!?」
「違います。ただの人間です。夜の技や精神攻撃は未習得です。」
「ち、違うんか!? ほ、ほなら……そのベッドの上でしなやかな裸体を見せつける技はなんなんや!?
ワシを惑わせて、隙を突いて、なんかこう……恋愛の罠にハメて虜にするつもりやろ!?
おい、正直に言え! これまでどんだけの男を骨抜きにして奴隷にさせてきたんや!?」
「交際経験はゼロです。ずっと騎士団で訓練ばかりしていましたので。奴隷はおりません、誘惑も未経験です」
それを聞いた瞬間。 魔物は、一瞬でホッとした顔(双頭のどちらも)になり、分かりやすいくらいデレッと相好を崩した。
「そっかー、よかったー! 実はワシも、女の子と交際するの初めてなんや」
「はぁ」
「「そ、そういうわけやから……これからどうかよろしくな。嫁!!」」
「はぁ。よろしくお願いします……旦那様?」
よく分からない。
どうやら私はこの魔物と「交際」しており、よく分からないが嫁らしい。 さっきまで魔王面をしていた魔物が、今は目の前で2つの頭を手でこすり合わせながら「へへ、嫁やて……へへ……」とデレデレ照れている。
――まぁ、悪い気はしない。
よく分からないから、とりあえずこのまま受け入れることにした。 これまでの過酷な人生で私は学んでいる。 「何が起きているか全く分からないときは、余計な抵抗をせず、とりあえず流れに乗って受け入れるのが一番生き残れる」のだ。
こうして、私たちの少しおかしな新婚生活が始まった。




