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空海の謀

平安時代の「承和の変」を舞台にした歴史ファンタジーです。

 この話に、再び生徒達の間から響めきがあがる。


 これは、我々ごときが聞いて良い話ではないと自覚しているからだろう。


 しかし、そんな生徒達の動揺を楽しむように、満面の笑みを浮かべた僧侶が口を開いた。


「どうだ。面白い話であろう?」


 この話のどが面白いというのだ…


 この言葉で、好々爺のように優しかった僧侶の印象が一変して、密教の頂きに君臨する不気味な怪物が現れた。


 しかし、怯える生徒達を余所に、延信だけはキラキラと目を輝かせながら、期待に胸を膨らませている。


「唐には、不老不死の法が本当に存在するのでしょうか?」


 不気味な笑みを浮かべたまま、僧侶が大きく頷いた。


「存在する」


 この答えに、興奮した延信が身を乗り出して捲し立てる。


「た、大師様は、唐で不老不死の法を手に入れたのですか?」


「先程も話した通り、最澄が血眼になって探しておったので、ワシには関係のないことだと思っておった。

 ところが、ひょんなことから深く関わってしまうことになったのじゃ」


「ひょんなこととは、一体どんなことだったのでしょう?」


延信が更に身を乗り出す。


「ワシは、最澄に連れて帰ってもらおうと画策しておったが、最澄とは滞在場所が遠く離れておったから、その目がなくなってしもうたのだ。

 しかし、恵果和尚様から全てを与えられたワシにとって、残された憂いは一つだけ…

どうやって国に帰るのかという手段のみじゃ。

 ところが、そんな折に唐の帝が崩御されたと聞かされたのだ。

 ワシは、これで国に帰れると思った」


「何故、唐の帝が崩御されると大師様が国に帰れるのですか?」


 延信が投げ掛けた素朴な疑問に、笑顔を大きくした僧侶が「お主も鈍いのう…」と悪態をついてから、「唐の帝が崩御されれば、我が国から必ず使節団が派遣される。 

その使節団に連れて帰ってもらおうと考えたのじゃ」


「なるほど…」と、生徒達が一斉に頷いた。


「ところが、使節団を率いてきた遣唐使判官の高階遠成たかしなのとうなりが石頭でのう。

なかなか許可が下りなかった。

 二十年の修行が、二年足らずで終わるはずがないというのが奴の意見じゃ。

 そこでワシは一計を案じて、奴にこう言うてやったのだ。

 最澄が手に入れられなかった不老不死の法を、ワシが手に入れてやるとな…」


「大師様は、不老不死の入手方法をご存知だったのですか?」


 目を輝かせて訊ねてくる延信に対して、笑顔を浮かべた僧侶が、面白くてたまらぬという風に、「いや。かまをかけてやったのじゃ」と吐き捨てた。


「ワシと違って逸勢は唐の言葉が苦手でのう。

早くから修行を放棄して遊び呆けておった。

 そこで、小遣い稼ぎに不老不死の法を探す手伝いをしておったのじゃ。

 義真がいくら有能であっても、明州や台州などの田舎では得られる情報も限られておる。

 そこで義真が、長安におる逸勢を頼るようになったのじゃ。

 義真と逸勢は、半年の間に二十通以上もの文をやり取りして情報を交換しておった。

 そして、ついに不老不死の法が隠された場所を突き止めたのじゃ」


 固唾を飲んで続きを待つ生徒達を焦らすように、僧侶は、わざとゆっくりとした口調で話し始める。


「しかし、最澄は不老不死の法を手に入れることが出来なかった。

 それでも、最澄の帰国が許されたのは、不老不死の法が隠された場所を突き止めるという手柄を立てたからじゃ。

 そこで帝は、その密命の続きを遠成に託したのだ。

 考えてみれば、遠成も不憫ふびんなことよ。

 我らと同じ遣唐使として四番船で出発したにも関わらず、あの野分で遭難したのだ。

 しかし、奇跡的に生還が叶って喜んだのも束の間、最澄の尻拭いで、休む間も無く唐に行かされたのだから、恨み言の一つも言いたくなるであろう。

 じゃが、あの最澄が手に入れられなかった物を、果たして、自分は手に入れられるのかと、不安になっていたところに、ワシが手を差し伸べてやったというわけじゃ」

読んで頂き、本当にありがとうございました。

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