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最澄の後悔

平安時代の「承和の変」を舞台にした歴史ファンタジーです。

 あんなことを、帝に進言するんじゃなかったと今でも後悔しているわ。


 あれは二年前よ…


 高尾山寺で催された天台法門の講会こうえで、講師として招かれた折に、講会を主催した和気弘世わけのひろよと世間話をしたことで、鑑真の詩文の意味を偶然知ることができたの。


 和気弘世は、大学頭だいかくのかみ典薬頭てんやくのかみを兼務する物知りだから、講会が終わった後に、ずっと気になっていた鑑真の詩文について訊ねてみたのよ。


 すると、「黄帝内経こうていだいけい」という言葉は、大昔に書かれた唐の医学書のことで、その医学書を編纂したのが、王冰おうひょうという医学者であることが判明したわ。


 和気弘世は、三年前に「薬経太素やっけいたいそ」という医学書を上梓していて、その医学書を書き上げる為に、唐の医学書を読み漁っていたから、その分野においては誰よりも深い知識を持っていたのよ。


 だから長い間、意味不明だと思っていた詩文が解明できたってわけ…


 詩文にはこう記されていたわ。


「この世には、生きながらにして人を仏に変える秘法が存在する。

 その秘法は黄帝内経の中に記されていて、その秘密を握っているのは王冰なのだ。

 そして、人を仏に変える秘法とは即ち不老不死の法である」


 要約すれば、こういう内容だったの。


 これは凄い発見だと思ったわ。


 今までは、「黄帝内経」と「王冰」という言葉の意味が分からないから、詩文の内容が理解できなかったけれど、やっと、その内容が明らかになったのよ。


 そして、詩文の意味が明確になったことで、不老不死の信憑性も俄然高まってきたわ。


 私は、この発見を急いで帝に献上したのよ。

何故なら、その頃の帝(桓武天皇)は六十五歳と高齢な上に体調も優れなかった。


 更に、お世継ぎである安殿親王は冷淡で残忍な性格だった…


 気に入らない春宮坊帯刀舎人(とうぐうぼう たちはきのとねり・皇太子の護衛者)を殺害したり、愛妾の母親に手を出して淫蕩にふけるという有様で、周囲からも反発の声が多くあがっていたわ。


 その件もあってか、帝は自らの在位を出来るだけ長く保とうとしていたのよ。


 それに、私に下心が無かったと言えば嘘になる。


 この進言を足掛かりに、更なる出世を狙っていたわ。


 しかし、この話を聞いた帝は情報提供だけでは満足せずに、強い口調で、「唐に入って、何としてでも不老不死の法を持ち帰れ。もし、手に入れることが出来なければ戻らなくてもよい!」と言い放ったの。


 馬鹿にしてると思わない?


 私が教えてあげたのに、恩を仇で返すとは正にこのことだわ。

 その結果、私は命懸けで唐に渡る羽目になってしまったのよ。


 そして、何とか予定通り明州の港には到着したものの、今は、体調を崩して床に臥せっている。


 あんなことを帝に進言しなければ、こんな酷い目に遭わなくても済んだのに…


「義真、義真はいますか?」


 私が弱々しい声で義真を呼ぶと、しばらくして障子の向こうから「ここに控えております」と素っ気ない返答が返ってくる。


 私が、「ここへ…」と短く入室を促すと、義真が膝立ちの姿勢で静かに入ってきた。


 義真は、私の枕元に座ると「お加減は如何ですか?」と、感情の込もらない声で訊ねてくる。

 その言い方が気に食わなかったから、私は義真の手を無理やり握ってやったわ。


 すると義真は、私に手を取られた瞬間だけ、「ハッ」と動揺を露わにしたものの、すぐに感情を押し殺して無表情を押し通したのよ。


 何て生意気なのかしら。


 私は、義真が抱える葛藤を無視して、こちらの要望だけを無理やり押し付けてやったわ。


「義真、貴方に頼みが有るのです。

私が、帝に与えられた密命については、以前に説明しましたね。

 伝灯大法師様(鑑真)は、この明州の港から我が国への渡航を何度も試みておられます。

 伝灯大法師様は楊州の大明寺で住職をされていましたが、あの詩文は、その頃に書かれたものではありません。

 渡航直前に書かれたものです。

詩文には、日付が記されていました。

 ならば、必ずこの明州の港近くに伝灯大法師様と王冰を繋げる手掛かりが有るはず…

 それを貴方に探ってもらいたいのです」


 すると、義真は首を振りながら即答した。


「いくら最澄様の頼みとはいえ、今回の渡航で私に与えられた使命は通詞です。

 検非違使(けんびいし・警察)の真似事など出来ません」


 私は、義真の冷たい態度を咎めるように、弱々しく首を左右に振ったわ。


「他の弟子達は唐の言葉が喋れないのです。

この役目は貴方にしか務まりません。

 貴方は、泰範たいはんに恋する私を恨んでいるのかもしれませんが、これは帝の命なのです。

どうか聞き入れてください」


 私に、複雑な感情を抱いている義真であっても、帝の頼みとあれば無下に断るなど出来ないはずよ。


 少しの間、逡巡する素振りを見せていたが、結局は折れて、「かしこまりました」と短く答えてから部屋を出て行ったの。


 私は、溜息と共に「困った子ね…」と本音を吐き出してしまう。


 与えられた期間は一年しかないのよ。


もはや、一刻の猶予も許されないわ。

 その上、動かせる人数も限られているのだから、好き嫌いなどと贅沢は言ってられない。


 何としてでも、不老不死の法を手に入れなければ…

 私も病が癒えれば、唐の様々な役所に情報提供を呼びかけなければならない。

読んで頂き、本当にありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
最澄のキャラクターが激ヤバ!!!めちゃ好きかも❤️
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