伯雨と俄か
平安時代の「承和の変」を舞台にした歴史ファンタジーです。
私は、日頃から懐に忍ばせている霊枢の道具袋を取り出した。
この袋には、霊枢に用いる道具が収められている。
雨を欺き、患者の心を平らにする「雨香」…
雨の通り道である雨樋に突き刺して、雨を抜く鍼は「雨」と呼ばれている。
そして、雨乞いの法に用いる「護摩札」に、雨量を調整する「雨喰い(あめくい)」だ。
「雨喰い」は、ただの石ころにしか見えない。
研鑽を積めば、これらの道具を使わずとも、雨を操ることは出来るが、治療の場合は患者の負担を軽くしてくれる。
無論、人を殺めるのに道具など必要ない。
ただ、雨雲を沸かせ、大量の雨を降らせれば人は内側から破裂する。
蔀を閉ざして、部屋を暗くしてから、雨香を焚き始めた。
淳和院后を茵の上に座らせると、丸めた薦を抱えさせ、首を前に突き出してもらう。
何かと不敬な所作も多いのだが、こうすることで、うなじ近くの「雨」の通り道である「雨樋」に、「雨」が通しやすくなる。
淳和院后に「雨」を通すと、陀羅尼に似た呪い詞である「祈雨」を唱えて、「雨乞印」を結ぶ。
これで、「雨」に呪が掛かり、人の身体から誘き出せるのだ。
出てきた「雨」を、深い息と共に口から吸い込んでいく。
他人の雨を取り込むと…
「虚ろ(うつろ)」ならば別だが、普通の人間は、雨に取り込まれて死んでしまう。
だが、稀に死なぬ者がいるらしい…
それは、黄帝内経の霊枢にも記されているが、「俄か(にわか)」と呼ばれている。
「俄か」は、生まれながらの体質にて、体内に雨(あめ・邪気)や晴れ(はれ・聖気)を宿してはいるものの、外からの干渉を受けないのだ。
されば、その身に雨(邪気)を取り込んでも攻撃されず、雨乞いの法で外から雨雲を沸かすことも出来ない。
空海は、この「俄か」を見出し、弟子とするためだけに綜芸種智院を開いたのだ。
目的は、自らを不老不死である「虚ろ」に変えるため…
そして、「俄か」を見い出す方法は簡単だ。
ただ、その者に少しの雨雲を沸かせてやればよい。
「俄か」であれば、全く苦しまないからだ。
まあ、それが私だったというわけだが…
すると、体内に取り込んだ「雨」から、若い男の悲痛な慟哭が聞こえてきた。
読んで頂き、本当にありがとうございました。




