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白川伯雨

平安時代の「承和の変」を舞台にした歴史ファンタジーです。

 白狩衣を身に纏い、共も連れず、牛車も用いずに、ただ独り淳和院を訪れた。


 私が、「神祇伯、白川伯雨にございます」と名乗ると、門番は胡乱な目を向け、私を追い返そうと六尺棒を振るってきたので、雨乞いの法を用いて動けなくする。


 随分と手加減をしたので、それほど苦しむことはあるまいが、六尺棒を振り上げたまま動けなくなった。


 淳和院の口上を聞いた折から、呼ばれた理由は、何となく察している。


 ゆえに、共も連れず独りで参ったのだが、いらぬ誤解を招いたようだ…


 御簾の向こうで、墨染の衣を纏った淳和院后がコロコロと笑っている。


 どうやら、笑いが収まらぬらしい。


「門番は何も悪くありませぬ…

よもや、王位を賜りし神祇伯殿が、狩衣姿(普段着)で、共も牛車もなく、ふいに現れて、我は神祇伯なりと名乗られても、誰も信じますまい」


 私は、素直に頭を下げる。


「申し訳ありませぬ。

事が事ゆえ、要らぬ気を回してしまいました」


 ようやく笑いを収めた淳和院后が、「その事というのは、どんな事じゃ?」と、楽しげに問うてくる。


「謀叛の嫌疑を掛けられた私が、公にお訪ねすれば、淳和院后様にご迷惑が及ぶかと…」


 また、淳和院后がコロコロと笑い出す。


「何を申しておる。

その謀叛の親玉が、我ら親子ではないか」


この言葉には、ただ頭を下げるほかなかった。


 壁に耳あり、障子に目あり…軽々しい口はきけぬのだ。


「案ずるには及ばぬ。

門番をはじめ、ここの使用人は全て良房の手の者じゃ。

 されば、神祇伯殿がここを訪ねたということも、とうに知られておろう」


 私は、再び頭を下げた。


「そのようなことは、どうでもよい。

そなたを呼び立てたのは、他でもない…

 頼みたきことがあるのじゃ」


 これにも、頭を下げるほかない。


「その前に、確かめておきたいことがある…」


淳和院后の声が、わずかに低くなる。


「神祇伯殿は、我ら親子を欺いたのか?

味方のふりをして近づき、良房の間者として働いておったのか?」


 私は、静かに首を振る。


「そうではありませぬ」


御簾の向こうから、低い笑い声がする。


「では…

なにゆえ、お主ばかりが栄華を極めておる?」


 私は、この状況をいかに説明すべきか、しばらく思案に暮れた。


 その気配を察したのか、淳和院后が「包み隠さず申しせ」と念を押してくる。


「調和を保とうと、しておられるようです」


淳和院后が、明らかに戸惑っている。


「何の調和じゃ?」


「小さく申せば朝廷の…

大きく申せば、この国の調和にござりましょう…」


 淳和院后の戸惑いは、更に深まる。


「仁明帝が、そのように命じたのか?」


 私が、再び首を振る。


「帝ならずして、誰がそのようなことを命ずるというのじゃ?」


「大日如来だと、本人が申しております…」


「戯れを申しておるのか?」


 私は、深く頭を垂れる。


「滅相もございませぬ。

生前は空海と名乗っておりましたが、今は、虚ろとなりて、我は大日如来なりと嘯き、この国を影で動かしておるのです」

読んで頂き、本当にありがとうございました。

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