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白川沃雨

平安時代の「承和の変」を舞台にした歴史ファンタジーです。

母君…


 養父である白川伯雨殿は、「お主の母君は亡くなられたのだ」と申しておりましたが、私は信じておりませぬ。


 いえ。決して伯雨殿を疑うておるのではなく、悲しいから、母君がどこかで生きていると思いたいのです。


 その胸の内を、伯雨殿と新しき母君に打ち明けると、お二人とも「それが良い」というてくれました。


 しかも、伯雨殿は「白川家を継いでも良いし、お主が望むのなら、生家を再興しても良いのだ」と申してくれたのです。


 更に、新しき母君は、「なれば、母君にふみを書きなされ」と言うてくださいました。


 ゆえに、こうして母君に文を書いておりまする。


 お二人とも、まことにお優しい方なのです。


 しかも伯雨殿は、今般、神祇伯となられて、帝より王位を賜りました。


 私が驚いておりますと、伯雨殿は笑みを浮かべながら…


「何を驚いておる。白川家の次なる王位はお主が継ぐのだ」と、おっしゃいました。


 母君は、私が王位を継げば喜んでくれますか?


いいえ、分かっておりまする。


母君は日頃より、

「そなたは、偉くならずとも良いのです。

ただ、健やかでさえいてくれれば…」と、申しておられたので、きっと、喜んではくれますまい。


 しかし、伯雨殿が神祇伯になられたことで、神祇官に通いやすい朱雀大路の西寄りに、新たな屋敷を構えられました。


 それほど大きな屋敷ではございませぬが、住み心地の良い、温かな住まいです。


 私にも一間ひとまが与えられ、その部屋にて、日々、霊枢の修行に励んでおりまする。


 いつもは優しき伯雨殿ですが、こと霊枢の修行となれば、たいそう厳しく、私が涙を流すこともしばしばでございます。


 されど、そのような折は、新しき母君が優しく慰めてくださるのです。


 新しき母君は、よく、祖父君である橘逸勢殿の思い出話をしてくださるのですが、その話がたいそう面白く、私はいつも、声をあげて笑っております。


 されど、最後には必ず、「父君は、我らを救うために、にえとなられたのです」と申されて、さめざめと泣くのです。


 伯雨殿に、その話をいたしますと、「橘逸勢殿は、憎き大日如来と取引をなし、全ての罪をお一人で被り、我らを生かされたのだ」とおっしゃいました。


 何のことやら、分からぬことも多いのですが、ともかく、私は健やかに暮らしております。


 また、以前に母君が案じられていたことも、心配には及びません。


私は、ちゃんと食べておりまする。


いじめられてもおりませぬ。


そして今、私はまことに幸せなのです。


 また、寂しき折は、こうして文をしたためながら、寂しさを紛らわせます。

読んで頂き、本当にありがとうございました。

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