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綜芸種智院

 色褪せた山吹色の如法衣を身に纏い、黒光りする板間に結跏趺坐けっかふざをする姿は、長年風雨に晒されてきた木彫りの仏像に見える。


 しかも、その伏し目がちなかおには、鉈を振るったような粗い皺が刻み込まれていた。


 その無機質な容姿とは対象的に、高く柔らかな声音が深い皺から発せられる。


「後方の者にも、拙僧の声は届いておるかな?」


 結跏趺坐の僧侶を取り囲むように、立膝たてひざ坐りになった二十数人の若者が短く「はい」と頷く。


 この時代、正座という座り方は一般的に普及していない。


 その返事に、深い皺を微笑みに変えた僧侶が何度も頷いている。


 本来であればあり得ない光景だが、若者達の中には、下級貴族や役人の子に混じって平民の姿もちらほらと見受けられた。


 これが、この僧侶が開いた私塾の理想なのだろうが、この雰囲気には若者達の方が戸惑っている。


 天長七年(八三十年)、身分が明確に区別されていたこの時代、貴族の子弟は大学で、郡司の子弟は国学で儒教を学ぶのが一般的で、他の学問を学んだり、ましてや平民が学ぶことなど許されていなかった。


 しかし、この僧侶は「六芸の術を修めて九流の言を観る」という理念の基に、身分に関係なく総合的な教育を施そうとしているのだ。


 因みに、九流とは儒家者流、道家者流、陰陽家者流、法家者流、名家者流、墨家者流、従黄家者流、雑家者流、農家者流のことであり、六芸とは身分の高い者の一般教養で、礼(道徳)、楽(音楽)、射(弓術)、御(馬術)、書(文学)、算(算術)を指している。


 その型破りな私塾は、「綜芸種智院しゅげいしゅちいん」と名付けられ、この高名な僧侶によって興された。


 そして、今日が最初の登校日である生徒達が大広間に集められ、憧れの僧侶から入学に当たっての有難い訓示が披露されると思っていたのに、集められた生徒達は、まるで井戸端で噂話でもするみたいに車座に座らされたのだ。


 困惑する生徒達の空気を察してか、僧侶が続けて口を開いた。


「杓子定規な挨拶など、いくら聞いてもお主達の身にはならぬ。

時を無駄にするだけじゃ。

 それよりも、海の向こうの話を聞きたくはないか?

お主達が見たこともない国の話じゃ」


 この囁くような誘惑に、生徒達はお互いに顔を見合わせて戸惑っていたが、湧き上がる好奇心を抑えきれずに大きく頷いた。


 生徒達は、この僧侶が遣唐使の学問僧として海を渡ったことを知っている。


 すると、優しく微笑んだ僧侶は「若者は素直で良いな」と嬉しそうに呟いた。


「今日は特別に、お主達の聞きたいことや、知りたいことに何でも答えてやろう。

隠し事は無しじゃ」


 すると、最前列で目を輝かせていた貴族の子が「二十年は掛かるといわれていた唐での修行を、たった二年で終わらせたというのは誠でしょうか?」と早口で捲し立てる。


 しかし、その言葉を隣に座っていた侍の子が遮った。


「こら延信のぶざね、大師様に失礼ではないか」


 侍の子が通せん坊をするように差し出した右手を、延信と呼ばれた子が払い除けて、こう言い返したのだ。


「何を言うのだ健岑こわみね、大師様が何を聞いても良いと言ったのだぞ」


 二人の喧嘩腰の遣り取りに、柔らかな笑顔を向けていた僧侶は、枯れ枝のような手を左右に振りながら、「良い、良い」と囁いた。


 先程から、貴族の子、侍の子と表現しているが、どちらも元服しているので、子という表現はおかしいのだが、よわい五十六を数える僧侶にとって、十四から十五の青二才などわらべにしか見えないのだ。


「言い争わなくてもよい。

何でも答えると言ったのはワシなのじゃ。

 何を聞いても失礼にはあたらぬ。

それに、ワシは大師様と呼ばれるほど偉くはない」


 健岑と呼ばれた子は、それでも「しかし…」と言い淀んでいたが、それを優しく諭すように笑顔の僧侶が再び手を振った。


「二十年の修行を二年で終えたと聞けば、お主達は、ワシが他の人間よりも十倍優秀だと思うじゃろうが、それは間違いじゃ」


 目を輝かせた延信は、「何が間違っているというのでしょう?」と更に問い詰める。


「当時、齢三十であったワシが唐で二十年も修行をしてみろ、生きて国に帰ることなど叶わぬ。

 それでは、何の為に修行に出たか分からぬではないか。

 だから、修行に必要な二十年分の教材を、二十年分の留学費用であがなったのだ。

お陰で、齢五十六にして未だに修行の身という訳じゃ」


 この言葉に、全ての生徒が驚愕の表情を浮かべている。

これは、密教の頂きに君臨するこの僧侶が、自らの存在価値を真っ向から否定したのも同然だからだ。


 それに、追い討ちをかけるように延信が、「それは、大師様が唐の寺にまいないを差し出したということでしょうか?」と聞いたので、「おい!」と叫んだ健岑が延信の肩を掴む。


 しかし、その中傷ともとれる言葉に僧侶は大口を開けて笑い始めた。


「ハッハッハッハッ!!

そう言うてしまえば身も蓋ないが、言い方を変えればそういうことになるかのう」


 これには、他の生徒もまるで雷に打たれように動けなくなる。

しかし、そんなことはお構いなしに僧侶の話は続いていた。


「これから、人生の長い道のりを歩まねばならぬお主達に教えておいてやろう。

偏見や思い込みに縛られてはならぬ。

 己れが定めた目標に向かって、脇目も振らず真っ直ぐに進めば良いのじゃ。

 お主達に残された時は、それほど長くはないのだから…」


 この言葉に、またもや延信が目を輝かせて反応した。


「大師様は、大きな目標の為なら、狡いことをやっても構わないといわれるのでしょうか?」


 健岑も呆れているのか、もう延信を注意しようとはしない。


「そうじゃ。

理に適ったことをするのであれば、人の定めた法など曲げても良い」


 この建前を持たない僧侶の言葉に、感動を覚えたのか延信は満面の笑みを浮かべている。


「ワシが唐に渡った頃の青龍寺は、その象徴ともいうべき恵果和尚様の病があつく、没落寸前であった。

 その窮状きゅうじょうを知ったワシが、寄進きしんを願い出たという訳じゃ。

 恵果和尚様は涙を流して喜んでくれた。

そして、ワシの修行に惜しみない支援を与えてくれたのだ。

 ワシに、貴重な経典を大量に貸し与え、それらを書き写す僧侶まで用意してくれた。

そして、与えられるだけの名誉をワシに授けてくれたのだ。

ワシには金が有っても時がない。

 青龍寺には時が有っても金がなかったので、それらを交換したと言う訳じゃ。

どうじゃ、理に適っておろう?」


 得意気に笑う僧侶とは対照的に、若者達の間には「聞いてはならぬことを聞いてしまった…」という、気不味い空気が流れている。


 しかし、そんな空気をモノともせずに、笑顔の延信が再び口を開いたので、今度は僧侶が延信の言葉を遮った。


「お主ばかりでは不公平になる。

他にも、ワシに何か訊ねたき者はおるか?」


 すると、延信の隣に座っていた健岑が、おずおずと手を挙げたのだ。


「大師様が修行なされた青龍寺とは、一体どんな所にあるのでしょう?」


笑顔で頷いた僧侶が口を開く。


「青龍寺はのう、長安城内の景観地である楽遊原らくゆうげんに建立されておった。

 南には峻険な終南山しゅうなんざんが荒々しい山肌を露わにし、北には雄大な渭水いすいの流れが見渡せ、眼下には満々と水を湛えた曲江池きょっこういけが横たわっておる。

 池の周りには楼台ろうだい大雁塔だいがんとうが立ち並んでおって、誠に、美しい場所であった」


 生徒達は、うっとりと僧侶の言葉に耳を傾けていたが、そこに、粗末な直垂ひたたれ括袴くくりばかまを身に着けた平民の子が、「ただ、唐までの航海は大変に難儀なもので有ったと聞き及んでおります」と言ったので、身分の高い生徒達は、「平民の分際で口をきくな」と眉をひそめたが、そんなことを気にするでもなく、僧侶は笑顔で頷いた。


「そうじゃな。あの時ばかりは、ワシも生きた心地がしなかった…」


 そう呟くと、当時を思い出したのか厳しい視線を遠くに投げ掛けたのだ。

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