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大姫君の悲劇

平安時代の「承和の変」を舞台にした歴史ファンタジーです。

「政争に敗れたのです。

謀叛人として、殿が隠岐おきに流されるのは致し方なきことと諦めていますが、嫡子である賢若けんじゃくにも危険が迫っています。

 表向きは流刑でも、多くの者は護送中に命を落としてしまうのです。

 それが、幼子であればなおのこと…

どこかに、隠さなければなりませぬ」


「かしこまりました。

大姫君もご一緒に、わたくしの故郷に避難してくだされ」


「それはなりませぬ。

乳母めのとであるそなたの故郷では、遠からず知られてしまいます。

 誰にも知られておらぬ土地を探さねば…」


 ポン、ポン、ポン、ポンと、会話の中に軽快なつつみが混じり始めると、やがては、鼓の音も消えて静寂が訪れる。


 そこに、高い龍笛りゅうてきの音が鳴り響いたかと思うと、その音よりも、更に高い女房の悲鳴が聞こえてきた。


「大姫君!大姫君!

大丈夫ですか?

こんなにも血を吐かれて…」


「騒いではなりませぬ。

賢若には知られたくないのです」


「しかし、お医師に診てもらわなくては…」


「なりませぬ!

私は、胸の病を患うておるのです。

 お医師に診てもらっても、もはや助かる見込みはありませぬ。

 だからこそ、父を失のうて悲しみに暮れる賢若に、更なる悲しみを与えてはならぬのです」


「何をおっしゃるのです。

たった一人の若子わこではありませぬか」


「たった一人の若子だからです…」


「何と…

せっかく、遠い伝手つてを頼りて安住の地を得たというに、かくも無慈悲な運命とは、神や仏を恨みまする…」


 乳母の泣き声が、さめざめと降り注ぐ中で、呪われた運命を恨むかのように、悲しい琵琶の音が掻き鳴らされる。


「母君、私が何か悪いことをしたのでしょうか?

至らぬところがあれば直します。

どうかお許しください…」


 大姫君がギリギリと奥歯を噛み締める音が聞こえてくる。


 噛み締めた奥歯から、やっとの思いで震える声を絞り出す。


「わたくしは疲れたのです。

謀叛人の子を抱えたことで、都を追われ、こんな田舎で不自由な暮らしを強いられて…

 そなたがおらねば、わたくし一人であれば、あの華やかな都に戻れるのです。

 そなたには、出家してもらいます…」


 止めどなく流れ出る涙を見られまいと、素早く振り返り、二度と賢若を見ようとはしなかった。


 鉄と鉄が擦れるような不快な音が、辺りに響き渡ると、その音に混じって大姫君の悲痛な叫びが聞こえてくる。


「あの子に、この守り袋を渡してくだされ。

綾織物なので、生活に困れば米に替えてもらえます。

 あの子をいつまでも見守れるように、わたくしの髪も入れておきました…」


「おいたわしや…

若君は、大姫君を誤解されて恨んでおられます。

別れる前に、その誤解を解かれた方が良いのでは?

 こんなにも慈しんでおられるのに、悲しすぎまする…」


「良いのです。

わたくしは、賢若が悲しみに暮れるよりも、母を憎んで強く生きることを望みます。

 わたくしは、愛する我が子の為であれば、鬼と呼ばれても構いませぬ」


「あぁ、おいたわしや…」


 女房の泣き声は、シャン、シャンと侘しい鈴の音にかわって、やがて消えてしまった。

読んで頂き、本当にありがとうございました。

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