白川白雨
平安時代の「承和の変」を舞台にした歴史ファンタジーです。
外はすっかり暗くなってしまったが、その分、高燈台の淡い光が、治療の準備を進める手元を明るく照らしてくれた。
私は、突然訪ねて来た小坊主をどうして助ける気になったのか、自分でも不思議に思っていたのだが、よく見ると小坊主の顔付きが、どことなく空海に似ていたからだろう。
似ているといっても、空海と初めて会ったのが今より十二年ほど昔、天長七年(八三〇年)であったから、空海は五十六歳で私は十四歳であった。
しかし、その頃は既に老人であったはずの空海の目は、今、目の前に居る小坊主のようにギラギラと滾っていたのだ。
その滾りの裏には、私だけが知る悲しき物語が隠されていた。
私にとって空海と知り合ってから、空海を殺めるまでの五年間が、人生で最も濃密な時間であったといえる。
あの頃は、まだ白川延信と名乗っていたが、死を前にした空海から「湧き立つ雲のように、白く靄った邪気(雨)を祓う」という意味で白雨と名付けられた。
密教の弟子ではないので、僧名という訳でもないのに、白雨を名乗ってからの私は、知らず知らずのうちに俗世から距離を置いてきたように思う。
雨香を焚き始めると、深く息を吸い込んた賢珍が初めて笑顔を見せた。
「良い香りですね」
「患者の心を平らにしなければ邪気を取り出すことは出来ません。
だから、治療の前にお香を焚くのです」
そう言うと、賢珍の胡座の上に丸めた薦を乗せて、それを抱えるように首を突き出させる。
そして、漆盆に置かれた三寸ほどの「雨」を手に取ると賢珍の耳元で、「今から雨を通します」と囁いたのだが、賢珍には雨の意味が分からない。
そこで、賢珍が「雨とは何か?」と尋ねる前に、衿を抜いた白い頸に雨を通してしまう。
雨を通し終えて、陀羅尼に似た呪い詞を唱え始めると、賢珍の意識は深い闇の底へと堕ちて行った。
この呪い詞も空海に教えられたのだ。
そして、私が結んでいる雨乞印と呼ばれる邪気を呼び寄せる印も…
すると、賢珍の頸に突き立っていた雨から、濃い霧のような物が吹き出してくる。
これが雨と呼ばれる人の邪気だ。
部屋を暗くすると、氷雨のように煌めく雨は目で捉えやすくなる。
雨は、いつ見ても凶々しいほどに美しかった。
これは、妖刀と同じだ。
人を殺める道具だと分かってはいても、その美しさから目を逸らすこは出来ない。
私が見詰めていると、雨は己れの力を誇示するように賢珍の頭上をくるくると旋回しながら舞っている。
ここから先の法は、黄帝内経にも記されているが、邪法に指定されているのだ。
正規の法とは、患者の心を平にする雨香と、雨を呼び寄せる祈雨と呼ばれる呪い詞に、雨乞印…
更には、抜いた雨を雨香を使って焼き祓う雨祓い(あめばらい)の法までだった。
私は、見詰めていた雨(邪気)にゆっくり顔を近づけると、深呼吸をする要領で深く吸い込んでいく。
全ての雨を吸い込み終えると、雨は、無情にも私の心を支配しようと攻撃を仕掛けてくる。
私は、雨が与える微かな痛みを、愛おしいと感じながら、体内の雨(邪気)に意識を集中させた。
それはまるで、荒れ狂う獣に話し合いを持ち掛けるほど無謀な行為だが、体内の雨(邪気)は、諦めたように攻撃の手を緩めながら一つに纏まり始める。
私の中で一つに纏まった雨は、霞んだ霧の姿から、ひとかけらの氷みたいに、冷たくて硬い雨塊になった。
そして、その雨塊はまるで動物が呼吸を繰り返すように、小さな伸縮を繰り返しながら私の出方を窺っている。
更に、私が雨塊に向けて意識を集中させると、雨塊の中から鉄と鉄が擦れ合うような雑音が聞こえてきた。
その雑音が徐々に大きくなると、雑音の中から人の話し声が聞こえてくる。
最初は、何を言っているのか分からなかった声が、段々と明瞭になってきたのだ。
読んで頂き、本当にありがとうございました。




