表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
葉子と妖狐〜百均の鏡に平安の姫が映ってるんですが?〜  作者: 藤 野乃


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
9/16


 ぷち。


 ぷちぷちぷち。


 ぷちぷちぷちぷちぷちぷちっ。


 今日も葉子は屋敷中の『呪』を見つけては、小さい足で踏み潰している。


「みちなは祟られ過ぎじゃのぅ? しゅしゅ」



 白狐は「またか」とでも言いたげに尻尾を揺らし、足元の呪を前足で叩き潰した。


「ひとつ、ふたつ、みっつ……今日もたくさんじゃ!」


 縁側でこれを眺めていた晴明が、深々とため息をついた。


「……普通はこれほど集まらんのだがな」

「みちなは人に好かれるが、人に恨まれるのも多いのじゃ!」

「その言い方はやめなされ、葉子」


 けらけらと笑いながら、葉子はもうひとつ『ぷちっ』と踏み潰した。


「小さき呪は、まだそちにも祓えるから良いものの──屋敷の結界を張り直すべきか」


 安倍晴明は考え込んだ。


「わらわ、どんどん踏むゆえ大丈夫ぞ!」


「そうではない。いいか、弱き呪でも集まれば呪詛に転じるやもしれぬ」


「………………?」


「呪は、人の心。嫉妬、慢心、疑心……生霊のほんの一欠片のようなものだ」


 晴明は八十を越えているにも関わらず、未だ四十そこそこに見える若々しい顔をしかめながら呟いた。

 妖狐の血がそうさせている──と言う噂は案外真実かもしれない。

 晴明の母親は、葛の葉と呼ばれる九尾であると巷で囁かれているからだ。


「──だが、呪詛は違う。最初から命を狙うものぞ、贄を捧げて。それは標的の周囲の呪を喰って力を増す」


 葉子は黙って聞いている。


「ゆえに、弱い呪と言えども侮ってはならぬ。道は祟りや呪詛に繋がっておる」


「では、ますます踏まねばならんのぅ?」


 晴明は苦笑し、葉子の艶やかな髪を撫でた。


「いずれ手に負えぬ日が来る。慢心は命を落とす……若き陰陽師よ、呪を侮るなかれ」


 

 葉子はプッと頬を膨らませたが、すぐにきらきらと目を輝かせた。


「とと様。なれば、わらわは学びたいのじゃ!」


 晴明は一瞬目を見開き、やがてゆるやかに微笑んだ。


「……よかろう。ならば次の朔の日、式神の目を借りて呪を視る稽古をつけてやろう」


「ほんとうか!」


 鬼も逃げ出す陰陽頭も、愛娘には些か甘いようだ。

 葉子は飛び上がって喜び、晴明に飛びついた。


「朱刕も心得はあるゆえ、学べることも多かろう。日々霊力を巡らせよ」


 白狐は嫌そうな顔をして、そっぽを向いた。

 晴明は懐から小さな紙片を取り出し、指先で印を結んでひらりと宙に放った。

 葉子の目に一瞬、生成りの紙片に施された墨の紋様がちらりと写った。

 紙は空中で狐の形をとり、ぱっと消える。


「結界の四隅を清めておこう。そなたが踏み潰す前に、呪の姿を目に焼きつけるがよい」


「御意!」


 ◇


 朔の日の夜、土御門殿の庭は張り詰めた空気に包まれていた。

 四隅には新しい札が埋められ、香が焚かれて静かな煙が漂っている。


「そこに座れ、葉子」


 晴明は低い声で言い、葉子の額に指を当てた。

 指先がひやりと冷たい。


「式神の目をそなたに借す。目を閉じよ」


 葉子はこくりとうなずき、ぎゅっと瞼を閉じた。

 晴明の声が淡々と祝詞を唱える。


 ……しん、と音が消えた。

 次に目を開けたとき、世界は変わっていた。


 庭の石に、柱に、床板に──黒いしみのようなものがぽつぽつと見える。

 どろりとした影が、じわりと動いている。


「……これが、呪……?」


 思わずつぶやいた葉子の声は、いつもより小さかった。


「恐れるな。今まで踏み潰してきたものと同じだ。ただ、形が見えておるだけ」


 晴明がうながすと、葉子は小さな足で近づき、えいっと踏んだ。

 ぶしゅ、と水泡がはじけるように、呪は消えた。


「おお……!」


 朱刕がふっと笑ったように鼻を鳴らした。


「見えると、もっと気味が悪いのぅ」

「それが本来の姿だ。これからは、見て、知って、祓え」


 晴明の声は厳しいが、どこか誇らしげだった。


「それに、生臭い。ひどい匂いじゃ」


「目は一度開けば良い。瘴気とは匂うものと心得よ」


 葉子は足袋をしげしげと眺めた。


「穢れておる。わらわ、ずっとかような足袋をはいておったのか……」


「踏まずとも、そなたであればいずれ触れずに祓えよう」


 晴明は静かに手を振って見せた。


 ぽっ。


 ぽっぽっぽっ…………


 青白い狐火が周囲を仄かに照らす。

 それは一直線に呪に向かい、パッと散った。

 さっきまで重く淀んでいた空気が、すっと澄んでいく。


「青い火が、祓った……」


 葉子は目を丸くしてつぶやいた。


「此は陰陽道に非ず。妖狐の血を持つがゆえの妖術」


 晴明は淡々と告げ、手を下ろした。

 青い火はすべて消え、庭は月明かりだけになった。


 葉子はしばし黙って、静かな庭を見回した。

 ──呪が消えた庭は、こんなにも明るいのか。


「わらわも、あの火を灯せるようになるかの?」


 晴明は目を細めて笑った。


「そなたも妖狐の血を持っておるゆえな。なれど、まずは霊力──妖力は先の話」


「ふむ。毎日しゅしゅと霊力を巡らせればよいのじゃな?」


 晴明は何も言わず、微笑んだ。


 じわり。


「のぅ、また呪がわいてきおったぞ。みちな、呪われ過ぎじゃな?」


「ほほ、権力と呪は切っても切れぬものよ」


 軽く笑い飛ばす晴明を横目に、葉子は鼻をつまみながら呪を踏み潰した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ