表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
葉子と妖狐〜百均の鏡に平安の姫が映ってるんですが?〜  作者: 藤 野乃


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
7/15

しゅしゅ


──そして数日後。


 葉子は、屋敷中を縦横無尽に逃げ回った末、庭の松の上であえなく捕縛されることになる。

 女房たちが笑いを堪えつつ、綺麗に髪を結い上げ、十二単を着せられ──


「わらわは嫌じゃと言うたのにー!」


 十二単を着せられてしまえば身動きは取れない。

 葉子は嫌じゃ嫌じゃと抵抗してはみたが、結局は引きずられ、ついに内親王の儀へと送り出されたのであった。


──しかしそこは葉子、いざ式典が始まれば、まるで生まれついての姫君のように……嫋やかに儚げな雰囲気を醸し出しながら、堂々と座していた。


 ◇

 

 脱出はままならず──宮中、清涼殿にて宣下を受けることとなった。

 清涼殿は内裏のほぼ中央に位置する、天皇の御座所である。

 御簾の奥に天皇が坐し、宣命が朗々と読み上げられた。

 

 葉子は十二単の袖を整え、静かに頭を垂れた。

 女房たちが裾を広げ、白い御簾が風に揺れる。


 やがて拝礼の儀。

 まだ幼いながらも葉子は真っ直ぐ座し、ゆるりと頭を下げる。

 その仕草は淑やかでありながら、誇り高さを感じさせるものであった。


──そして、葉子は正式に内親王となった。


 が、葉子には秘策があった。


 

 式が終わり、道長は満足げに目を細めていた。

 その場にいた公卿たちも「さすが北家」と囁き合い、女房たちは安堵の息をついた。


 だが葉子は、胸を張って高らかに宣言した。


「嫌じゃ! わらわ、みちなの妻になるのじゃー!」


 場が一瞬凍りつく。


 次の瞬間、公卿たちが一斉に吹き出した。

 

「おお、これはこれは……殿ほど慕われる祖父もおりますまい」

「まこと羨ましきことよ。わが孫など、見向きもせぬに」

「北家ますます安泰じゃな。これほど愛されては、殿もさぞ……」


 道長は盛大にむせたが、口元はどうしても緩む。

「や、やめぬか姫……」と形ばかりたしなめながら、鼻の下は伸びきっていた。


 倫子は顔を覆って俯き、彰子は肩を震わせて笑いを堪える。

 女房たちは袖で口を押さえ、ちらりと道長の顔を盗み見た。


 その顔が、もう、どうしようもなく嬉しそうで──

 公卿たちは互いに目配せして「いやはや、殿は天下人にて良き祖父よ」と微笑んだ。


 帰りの牛車の中で──葉子は祖母である倫子にたっぷりお小言を言われたが、どこ吹く風である。

 十二単の裾をぱたぱたさせながら、葉子はひとり得意げに鼻を鳴らした。


(ふふん、これでしばらくは許嫁の話など出まい)


 道長はこの後しばらく公卿たちに羨ましがられ、大変機嫌がよかった。


土御門殿(つちみかどどの)に戻ると、父である安倍晴明が待っていた。

 内親王の話を聞き、葉子に護衛をつけようと言うのである。

 道長と安倍晴明との密談が始まった。

 人払いをされた一室で、晴明が小さく扇を鳴らすと、静かに襖が開き、ひとりの少年が現れた。


「かような童子が護衛とな?」


 訝しげに目を細める道長と葉子に、安倍晴明はふっと笑みを浮かべた。


「童と侮るなかれ──この者、父を九尾にもつ妖狐なれば。我が母、妖狐葛の葉が手塩にかけた精鋭にございます」


 少年は深々と頭を下げ、黄金の瞳が一瞬きらりと光った。

 その瞬間、葉子はふわりと鼻先をかすめる野の香りを感じた。

 黄金の瞳が上目に光り、どこか獣じみた笑みを浮かべる。


「……おもしろそうなやつじゃ」


 葉子はにやりと笑い、道長は眉をひそめる。


「殿、どうかご安心を。いざという時、この者は必ずや葉子をお守りいたしましょう」


「ふむ……しかし、おのこを側に置くのは──」


 その瞬間、少年はゆらりと揺れ白狐に転じた。

黄金の瞳だけはそのまま、凛と道長を見上げている。


「……なるほど、ただ者ではないな。狐の姿であれば、葉子の酔狂で通ろう」


 道長は息を呑み、やがてゆっくりと頷いた。

 晴明は扇をぱたりと閉じ、満足げに目を細める。


「この朱刕(しゅり)、齢四十の妖狐にございます。見た目こそ童なれど、修練を積んだ守り狐──北家の姫を護るに不足はございますまい」


 一幅の絵のような美しい白狐は静かに葉子の足もとに座し、尾をゆるりと揺らした。

 葉子はぱっと顔を輝かせる。


「よい、わらわの狐じゃ! これより共におるぞ!」


 道長はこめかみを押さえつつも、無邪気に喜ぶ葉子に頬が緩むのを止められなかった。


「これ、はぁこ。爺は晴明殿とまだ話があるゆえ、朱刕を連れて屋敷を案内して参れ」


「はい!」


 葉子は部屋を辞し、真白な狐を覗き込んでニッコリと微笑んだ。


「さて、どこから行くかの?」


 白狐の耳がぴくりと動き、すっと葉子の後をついてゆく。

 葉子のその足取りは、儀式の後とは思えぬほど軽やかで、どこか愉快そうであった。


 葉子は白狐の首に腕を回し、にこりと笑った。


「まずは菓子じゃな。──ついて参れ、朱刕!」


 白狐は尾をひと振りし、しずしずと後に続く。

 廊を抜けると、台所の下女たちが顔を出した。


「姫様……」


 止めるか迷ったように見えたが、すぐに苦笑して肩をすくめる。


「まあ、よいでしょう。甘葛煎ができておりまする」

 

 「おお、それがよい!」


 几帳の陰から菓子が運ばれると、葉子は嬉々として朱刕の隣に腰を下ろした。


「ほれ、食うがよい」


 蜜煮の甘葛をひとつ、朱刕の前に差し出す。

 白狐は一瞬ためらったが、やがてするりと舌を伸ばして受け取った。


「おお、食うのか!」


 葉子はますます楽しげに笑い、自分の分をぱくりと口に運んだ。


「うむ、うまいぞ!」


 尾をふわりと揺らす朱刕。

 葉子はさらにひとつ菓子を取ると、今度は自分の口に運び──半分だけかじり、残りを朱刕の鼻先へ差し出した。


「ほれ、半分こじゃ」


 朱刕は小さく喉を鳴らし、上品に残りをぱくりと食んだ。

 台所の女房たちは思わず笑い、袖で口を押さえてささやき合う。


「……仲睦まじいことでございますな」

「内親王と狐、まこと良き取り合わせにございますれど──その狐、どこから……」


「わらわの守り狐ぞ! 名はしゅしゅである!」


 葉子は鼻を鳴らして得意げに笑った。

 唐突な命名に朱刕はぴくりと耳を動かし、ちらりと葉子を見上げた。

 だが次の瞬間、ふっと目を細め何か諦めたように力無く尾を一振りした。


……承知いたしました、とでも言うように。


 その落ち着いた様子に、葉子はますます得意げに胸を張る。


「うむ、よい返事じゃ! これから毎日菓子を食わせてやるぞ!」


 女房たちは思わず目を合わせ、忍び笑いを交わした。


「内親王様も、ずいぶんと気に入られたようにございますな……」

「狐殿も、これから甘やかされまするぞ」


 そんな女房たちを尻目に、葉子は次なる菓子へと旅立つのであった。 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ