令和と平安
「いいか、整理するとだ」
俺は今日、一条の家に遊びに来ている。
用事は特になかったがな。
「最初の日は、本人は如月と言ったな?」
「ああ、言ってたなぁ」
「四回目通信では、彰子は既に入内していた。史実だと十一月だ。これは天皇家の記録だし、信用していいと思うんだよな」
一条が大きな紙に年表を作るべく、色々書き込んでいる。
こいつ、信じてなかったくせに一番やる気になってるよな。
「つまり、俺たちは一ヶ月しか経ってないけど。平安は九ヶ月以上時間が進んでる」
「……九ヶ月!?」
式部がミケを落とした。
ミケは嫌そうな顔で、スタスタと部屋を出ていった。
「ああ! 猫様が行ってしまわれた」
式部が悲しげに呟いた。
「おいおい、俺らの一ヶ月=向こうの九ヶ月ってことは……」
「時間、九倍速か?」
一条が真剣な顔で計算機を叩く。
「もし本当に九倍速なら──姫、次に会うときもう六歳になってるかもな」
「いや待て、誕生日いつだかわからんし」
式部が眉をひそめた。
「てか、それ……もうほぼ異世界転生系の時間軸じゃん。令和の一日が、平安では九日分進んでるって計算だぞ」
「うわ、なんかゲームみたい」
一条がノートにでかでかと書き込んだ。
『時間加速:9倍(暫定)』
「暫定ってつけんな」
「でもこれ、こっちで夏休み入るころには、向こうじゃ次の年とかになってるかもしれん」
式部がふと思い出したように言った。
「じゃ、彰子が懐妊して子供産んでる可能性ある?」
「おお……!」
一条と俺は同時に震えた。
「やべぇ、リアルタイムで摂関政治の動向見てることになるじゃん」
「令和の授業、先取りしてんじゃね?」
「ってかこれ、歴史の答え合わせしてる感あるな……」
一条はノートに赤字で書き加えた。
『令和 vs 平安:時差あり(9倍速)』
──と盛り上がったところで、俺は思い出した。
「三回目で人形? を川に流したとやら、花見に行ったって言ってたぞ」
式部が『人形 川に流す』を検索した。
「ひな祭り? 上巳の節句って出てきた」
「ひな祭り、花見なら三月だな」
「え、じゃあさっきの説はダメじゃん」
一条がしょんぼりと先ほどノートに書いた九倍速説を消した。
「うーん、時間の流れに整合性はないな?」
式部はコロコロで、服のミケ毛を解除しながら考え込んだ。
一条の家には異常な数のコロコロが設置されている。
部屋にも三個はある。
「まあアレだ。そもそも異常な事態だから、おかしくて当然じゃね?」
「確かにな」
「記録だけはしておこう、なんかルールはあるかもしれん」
その後は違う話をダラダラと続け、雲行きが怪しくなってきたから解散となった。
ミケはお見送りをしてくれなかった。
◇
五回目の接続は深夜だった。
ふわ、といい香り。
初回で感じたあの微かな香の匂いだ。
(葉子姫の香? でも前回は匂いなんてなかったしなぁ)
ん? と思って嗅ぎ直しても、もうないんだよな。
本当に一瞬だけだから、気のせいって説もあるが──多分、同じ匂いだ。
高級線香な。
「おう、姫。元気だったか」
「偽道、ようやくなのじゃ。久しいのぅ」
「え、そうなの」
姫からは久しぶりに感じるのか。
こっちは十日ぶりだけど……子供にとっては長いのかもな。
「わらわ、みちなと喧嘩したのじゃ」
「え、どうしたの」
「みちなが悪いのじゃ」
ふむ。
姫はご立腹のようだ。
「道長様、なにしたの」
「あきこおばの、ややこばかり……うぅ……」
おい、泣いてるんか?
鏡に小さな波紋が広がっていく。
俺はそっと『ややこ』を検索した。
波紋はいくつか発生し、そのせいなのか通信は切れてしまった。
──ややこは赤子とある。
情報が少なすぎるが、彰子中宮が出産した?
道長がそっちに掛かりきりになってるとか?
(あの波紋は……涙だろうか)
なんだか心配だぞ。
一人勝ちみたいな状況から、ライバル登場だもんな。
しかも相手は天皇になる子よな?
翌日──
一条と式部に報告すると、二人とも相当驚いた。
「そうなると一気に三年か四年経ってないか?」
「1008年出産、とある」
「おいおい、じゃあそのややこって、敦成親王か?」
「そうだとしたら、こっから道長の権力さらに強まるぞ」
「つまり葉子姫的には、天下が弟に盗られたみたいな感覚じゃね?」
「従兄弟になるんかな?」
「姫は多分八歳か九歳よな」
式部が深刻そうに呟いた。
「……嫉妬だな」
「いや、八歳児(数え九歳)にとっちゃ大事件だぞ……」
「道長にとっては、帝は一番重要な孫だもんなぁ」
「……姫、寂しいだろうな。だって道長がずっと彰子と赤ちゃんのとこにいるんだろ?」
「うん、鏡の声も沈んでたしな」
一条はペンを止め、少し考え込んだあとで言った。
「でも、敦成親王ってやつはのちの後一条天皇なんだよな。道長がべったりになるのも、まあ……政治的にはしゃーない」
「しゃーないって言うな。姫、数えで九歳だぞ?そりゃ泣くわ」
「赤ちゃん返りってやつ?」
「わかるけど……でも後一条は歴史的にめっちゃ大事だし、いなかったら摂関政治終わってたかもだぞ」
式部がため息をついた。
「つまり姫は、自分の立場を脅かす脅威と戦っていると……」
「相手は赤ちゃんだけどな」
俺は一条のノートを覗き込む。
『葉子姫:孤独フェーズ突入(要観察)』
「観察って言うな。ちゃんと慰めてやらないとな、次つながったら」
「次、何歳になってるんだろう」
その夜、心配で鏡を覗き込んでいたら、いきなり葉子姫に繋がった。
「姫ー、大丈夫かー?」
「大丈夫じゃ、ややこは悪くないのじゃ」
「あー、ほら。道長様はさ、姫も大好きなんだよ。でも今はややこが……あれ、ややこって姫のお屋敷にいるの?」
御所、じゃねーの?
「うむ、あきこおばもおるぞ。お里下がりじゃ」
もちろん検索した。
あー、里帰り出産ってやつ?
おお、令和と同じじゃん。
(あー、みんなそっちに行って不在じゃなくて、姫の目の前で騒ぎになってるのか)
「なるほど。だから、みんな忙しくて、姫は困っているのか」
「………………わかっておる、家の大事じゃ」
「そ、そうだよなぁ」
「みちなはもう、わらわのことは忘れたのじゃ」
「いやいやいや」
「だってみちなは、いつもややこを抱いているのじゃ」
俺はキリッとした声で、姫に言った。
「大丈夫だ、姫。姫が一番だぞ! ややこは水盆持ってないだろ? その水盆は、道長が特別に作らせた一番大事な子の水盆だ」
「! ……確かに、ややこは水盆は持っておらぬ」
「だろ──それにややこはお菓子も持っていないしな」
このままお菓子に誘導したら、なんとかなるのでは!?
頑張れ、俺。
「さっき二つ食うたのじゃ!」
「二つもか! いいなぁ」
「三つあったのじゃ。わらわ、もう一つは香に渡して一緒に食べた」
「香って誰?」
女房? あ、いや侍女か……平安時代は女房だったっけな。
「香か? おばば様のところから、今はあきこおばの女房になったものぞ」
ふむ。道長の正妻、倫子のところから彰子の所に移動した人か。
今はその人が、姫をみてるってことかね。
「へえ、女房は違う人に仕えたりもあるのか」
「香も北家のものぞ。同じ藤原ゆえ、おばば様があきこおばが寂しくないよう、香をやったのじゃ」
「親子だもんな、そこまで複雑じゃないのか」
さっぱりシステムがわからねぇ。
母の侍女が娘のところに派遣、で合ってる?
「香はものがたりが上手なのじゃ、みんな楽しみにしているからの」
「へえ、寝る前に話してもらう感じ?」
今日は鏡の中の水面は揺らいでいない。
ぼんやりと、姫の顔と肩あたりまでが映し出されている。
赤っぽい着物……赤が好きなのか?
だいたい赤い気がする。
「んー、香は紙にものがたりを書いておるぞ。それをみなで読むのじゃ」
「へえ」
「それでな」
姫が声をひそめた。
「偽道、これは秘密なのじゃ。香はな、今新しいものがたりを書いておるのじゃ」
「うん」
「あきこおばにも秘密ぞ? わらわだけ、知っているのじゃ」
──なるほど。
香、秘密の共有で姫様をうまく宥めてるのか。
うまいなぁ。
「新しいものがたりはな、おのこが活躍するのじゃ」
「男が主役なのか。どんな話? 鬼退治とか?」
「偽道、何を言っておるのじゃ。女房たちが鬼退治の話好きなわけなかろ」
「えー、そう?」
「香のものがたりはな、今書いているところぞ!光る君が恋をするものがたりじゃ」
えっ!?




