家系図と名も無き姫
一条が藤原道長の家系図を、チェックし始めた。
「涼子という名はどこ探してもいないぞ」
俺たちは神器『携帯』で検索を開始した。
「史実に載ってない姫 ……へぇー、ゴディバのモチーフ……おお? 裸で街を駆け抜けただと!?」
「裸で!」
「マジかぁ、裸か」
俺たちはしばらく脱線した。
アレコレ検索して、ようやくちょっと腑に落ちる検索ワードにたどり着いた。
「消された姫、抹殺された姫、いなかったこと 姫…………」
「お前さ、何でそう物騒な感じ?」
「どこ探しても涼子出てこねぇな」
一条がスマホを突きつけてくる。
「お前検索ワード何入れた」
「藤原道長 娘 涼子」
「出るわけねーだろ」
俺はスマホを取り出して追加で検索した。
「史実に載ってない姫もいる? で……あ、意外と多いらしいぞ」
「出た出た。えーと……記録が残ってない女の子多いですだって」
「マジかよ。じゃ涼子姫もそのパターンか?」
式部が顔を寄せてきた。
「理由は?」
「えっと……生まれた年とか死んだ年がわからん、別名で呼ばれてる、系図焼けた、あと政治的に存在を消された……」
「消された!?」
一条がノートに涼子=抹消説と赤ペンで書き加える。
「いや、そんな陰謀論みたいな……でも、道長って権力持ってたし、消そうと思えば消せそうじゃね?」
「摂政だからな」
「でもさ、普通に女だから記録されなかったってだけかも」
式部は冷静だった。
「確かに。昔は男子優先だったってネットに書いてあるし」
「なるほど……つまり涼子は実在したかもだけど、ワケアリで表には出なかった説?」
「藤原道長 子供 って入れたら13人説と12人説が出てきた」
「そこから不確定かよ」
一条が勝手にまとめて、ノートに涼子=非公式姫(偽)と書いた。
「偽ってつけんな!」
「だって証拠ねーじゃん」
「仮だろ、それなら」
俺はスマホを伏せ、ふぅと息を吐いた。
で、式部が名案を思い付いたらしく、生真面目に言った。
「のじゃロリに、おじおばの名前聞けばいいんじゃね」
「五歳だぞ。しかも落ち着きのないタイプ」
「まあ、聞いてみるベ」
二週間、鏡は無言だった。
毎日繋がるわけじゃないのは、何故なんだろう。
一応毎日鏡はチェックしてるんだが、俺の地味な顔しか映らねえ。
焼きそばパンを食べながら、式部が賢そうな顔で考察を始めた。
「向こう側から、術を使わないと発動しないんじゃね」
「まあ、そうなるよな。俺が念じても何もなかった」
「念じたのかよ」
なんだよ。
念じるだろ、普通。
一条がノートに『通信条件、一方通行?』『偽道才能なし』と書き込む。
「何か条件あるんだろうなぁ」
「時間とか、曜日とかそういうの」
♢
前置きが長くなったが、今まさに四回目の通信をしている。
「姫、姫の母上は普段なにしてんの」
「おははか? おははは、しょうしいのげぞ!」
「しょう、しい、のげ……?」
聞いたまま、しょうしいのげ で検索すると正四位下と出た。
姫はものすごく自慢気だが──偉いのかどうなのか、よくわからん。
「ちなみに……とと様は?」
「おんみょうのかみじゃ! じゅう、じゅうしいの、げ……?」
とと様の官位は自信ないのかよ。
おんみょうのかみ、が自慢ポイントか。
検索したら陰陽頭じゃん、エリートじゃん。
従四位下ってことか……メモしておこう。
「みちなは! うだいじんぞ!」
聞いてないのに道長の自慢を始めてきたな?
右大臣だろ?
それは俺でも知ってるわ。
「で……母上はなにしてんの」
「……中宮のところにおる!」
聞いたことはあるが、ピンと来ないワードばっかりだな。
メモしておくか。
「中宮ねぇ……誰?」
姫は、中宮について教えてくれようとしたのかマシンガントークに突入した。
「あきこは、いちのみやどののきさきじゃ! わらわのおばぞ!」
「いつもわらわの髪を梳いてくれるのじゃ!」
「おかしをくださるのじゃ! あきこはやさしいのじゃ!」
おお、彰子だな? 多分。
俺は教科書を思い出し、頷いた。
「お、おう……」
「いちのみやどのは、やさしいぞ! わらわにものがたりをしてくれるのじゃ!」
「おまつりのとき、うたもうたったのじゃ!」
「おかしもいっぱいもっておる!」
「わかった、わかった」
いちのみや、はきっと天皇陛下だよな。
そんなに気軽に行き来してるってなに?
家が近いとか?
「氷がうまいのじゃ!」
お菓子どんだけ好きなんだよ、餌付けされてる系幼女なのか?
◇
「……で、そのまま検索したら、姫が言うおばが中宮彰子で、いちのみやどのが一条天皇らしい」
放課後、いつもの購買前のベンチに集合。
一条はポカンと口を開けた。
「は?」
「中宮?ってあれだろ、天皇の正妻?」
「姫の母ちゃん、職場が御所ってこと?」
式部まで真顔になるな。
ブキミだ。
「髪梳いてもらってお菓子もらってるらしい」
「お菓子!?」
「あちこちでお菓子貰うってドヤってた。氷になんかかかってるヤツとか」
式部が菓子についての携帯の検索を終えた。
「削り氷は高級品らしいぞ」
「あー、お菓子がステータス?」
「どう考えても餌付けされてるな?」
忙しく検索しまくっていた一条が、頭を抱えて呻く。
「待て、この年代が浄明寺建立前とすると──帝って俺らと同い年ぐらいだよな?」
「そうなるな」
「未成年という概念は……」
「それって合法? アウト?」
「文化系男子が幼女に物語読み聞かせって……どういう空間?」
式部がスマホをいじりながら呟く。
「彰子って紫式部の上司だよな? ってことは源氏物語の作者と同じ屋根の下じゃね?」
「マジかよ。じゃ今まさに物語書いてる真っ最中?」
「やば、歴史の教科書に生放送でダイブしてる感じ」
「配信系のじゃロリ!」
一条はもうノートを開き、ごちゃごちゃと書き込んでいる。
字が汚くて読みにくいことこの上ない。
自分で読み返せるんだろうか?
学年一位なのが信じられねーよ、マヌル猫のくせに。
「まとめるぞ。母=道長の娘、父=安倍晴明、おばが中宮、友達が天皇」
「友達っていうな」
「いやもうチート姫じゃん。貴族ガチャSSRだわ」
「廃課金してそう」
式部が携帯を見たまま、「おお?」と声を上げた。
「今度はなんだよ」
「正四位下、めっちゃ偉いじゃん」
「下だし四位なのにか」
「超絶エリートっぽいぞ、ここに官位表が出てる」
式部が笑いながら、スマホを回して見せてくる。
「でもさ、これマジでエリート姫だぞ? 正四位下って貴族トップ層じゃん」
「そうなると涼子姫ガチ存在説濃厚か」
「歴史にいないのに?」
「そこが面白いんじゃん。俺ら今、真実にたどり着こうとしてるんじゃね?」
「なにその厨二病」
……そう言われると、ちょっとワクワクしないでもないな。
「右大臣は、まあ偉いよな? 当時の官位は……っと」
一条がスマホを見せつけてきた。
画面にはでかでかと「右大臣:太政官のNo.2」とある。
「右大臣ってさ、めっちゃ偉くね? 左大臣とツートップじゃん? そう習った気がするけど」
「え、でも二番手だろ? 一番は関白とか摂政じゃね?」
式部がさらにスクロールして、顔色を変えた。
「……おい、ここ見ろ。『当時、関白は空席で道長が内覧として代行』……」
関白は事実上のトップだよな。
それくらいは俺も覚えてるぞ。
「──代行ってつまり、やってんじゃん!!」
「いや待て、じゃこの時期の道長、トップ中のトップじゃね!?」
「総理大臣+官房長官みたいなもん?」
「いやそれどころか、天皇以外で一番権力ある人だぞこれ!」
一条が何か計算してノート書いたあと、厳かに言った。
「藤原道長が左大臣になったのは1005年とある。今が右大臣なら、1005年より前だな」
一条がノートを閉じた。
「そんなのに溺愛されてる姫……ガチヤバじゃん」
「やべえ、貴族ガチャどころか世界観ラスボス級」
「ラスボス言うな。てか五歳だぞあの子」
俺もスマホを見ながら、背筋が寒くなる。
「いやでもマジで、めっちゃ権力の中心じゃん……例の水盆、国家機密級じゃね?」
式部が笑いながら一条のノートに書き殴った。
『みちな=ラスボス(暫定)』
「暫定つけんな! いやでもわかる、震えるわ」
「……次会えたら、おじおばの名前もっとちゃんと聞くか」
「ついでに帝の和歌も聞け。あと何の祭りで歌ったかも確認」
「好きなお菓子も」
「お前、自由研究かよ」
お菓子なぁ、どういうものがあったんだろうな。
饅頭とかかね?
いや、左大臣とか帝の菓子ぞ!
金箔乗ってる饅頭とかか?
「おもしれーじゃん。続報頼むぞ、偽道」
「偽道言うなや!」
──葉子姫。
姫の話が事実だとしたら、凄い立ち位置にいるお姫様だよな。
道長と倫子、つまり正統血統の長女が産んだ姫。
しかもその父親は陰陽頭の安倍晴明。
安倍晴明──姫の話を聞いてる限りでは道長より相当年上っぽいけど、どうなってんの。
一条の計算では、涼子と安倍晴明は六十以上の歳の差があるっぽいけど……それで夫婦ってありなのか?
後日、平先生に聞いてみたら「あり」だった。
令和と平安、常識が違いすぎるな?




