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葉子と妖狐〜百均の鏡に平安の姫が映ってるんですが?〜  作者: 藤 野乃


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13/15

姫の生きる時代


「徒然なり、じゃの」


 葉子は深夜にパチリと目を覚ました。

 夜番の女房はいるが、姫の希望で部屋の外に作られた隣室のような小部屋に座している。

 この小部屋を通らねば誰も入れぬ。


 それならば良い、と葉子に甘い道長があっさりと裁可したものである。


 内親王宣下以降、葉子の部屋は屋敷の中心に近い場所に移され、外の様子は見えない。

 が、かすかに檜皮葺(ひわだぶき)の屋根を打つ雨音が聞こえる。

 檜の樹皮の赤褐色は、赤を好む葉子のお気に入りだった。

 見上げる屋根が年々赤味を失っていくのが残念でならない。


 とと様は、時がすぎるとはそういうものよと笑っていたが。


「しゅしゅは帰って来ぬし……徒然なり、じゃ」


 葉子は再び退屈だと小さな声で、独り言を漏らした。

 葉子は女房に気取られぬよう、そっと身体を起こした。


 誰にも言っていないが、葉子はかなり妖術を操れるようになっている。

 妖狐であるしゅしゅが師なのだから、当然の帰結。

 父親である安倍晴明は気付いているだろうが、知らん顔をしている。

 妖狐の系譜である姫にとって、陰陽術と妖術を組み合わせるのは容易いことであった。

 

 系譜といえば、その力の使い方は──

 安倍晴明という、生きた見本がいる。

 姫はそっと術符に息を吹きかけ、遮音の結界を張った。


 部屋の隅あるお気に入りの美しい水盆には、毎日水が張られている。

 葉子は静かにその前に座し、集中し始める。


 ゆら、と青白い光が姫から立ち上がる。

 それはすぐに消えうせ、部屋はまた昏い静けさを取り戻した。


「偽道、おるか?」


 ややあって、水面に人影のようなものが映った。


 《あ、姫。久しぶりだなー》


 のんきな声が部屋に響く。

 葉子はちらりと女房のいる方向に目をやったが、気取られた様子はない。

 姫はこの秘密の友人を存外気に入っている。


 (偽道ならば、妾が何を言っても他言できぬ)


 姫は姫なりに、貴族の秘密というものを重要視している。

 言ってはならぬことを言えば家の大事になる。

 なので、この水盆の友人は安心して話せる相手でもあった。


 「うむ、久しいの」


 《そう言えば、道長公の様子はどうだ?》


「みちなはちょっと元気になったぞ。今は陰陽寮に善き日を占わせておる」


 《あのさ、姫……祈祷も大事なんだけど、ひとつ試して損はない案があるんだよ》


「申してみよ、偽道」


 《そんな偉そうな──いや、偉いのか。まあいいや、まず道長公は運動不足だ》


 葉子は少しの間、思案した。


 (確かに、歩いてすぐの御座所にも牛車で行っておるの。……貴族とはそういうものよ)


「確かにあまり歩くことはないのぅ」


 《だろ? 毎日ちょっとでいいから散歩させた方がいいぞ。あとは食事だな》


「…………? 運動に食事、とな」


 《どんなもの食べてるんだ?》


「そうじゃの、みちなは蘇が好きじゃ。毎日を食しておるぞ。あとは獨酒、鯛、鮎、雉──」


 《そ? んー、ああチーズかぁ。だくらう……ちょい待ち。なるほど、にごり酒か》


「ちいず? なんぞ」


 葉子は聞き慣れぬ言葉に首を傾げた。


 《いいか、姫。道長公は何といったらいいか……アレだ、栄養の取りすぎだ》


「ふむ……」


 《野菜だ、姫。野菜とキノコを食事の前に食べるといい》


「みちなは野菜は食べぬぞ」


 《やっぱりかぁ。そこは姫の愛らしさでなんとかならん? お願いしてみて》


「妾が言えば……」


 《そう! 一番大事なのだからな、姫は!》


「そうじゃな! 妾は一番じゃ!」


 《野菜とキノコだぞ。あとは味の濃いものは少なくする》


「朝に厨房のものに聞いてみようぞ」


 姫は道長の食事風景を思い返した。

 野菜、野菜──


「塩漬けの瓜と蕨なら食べておるぞ」


 《塩漬けは……うーん、そのままか蒸したり煮たりが良いと思うんだけど》


 なるほど、塩辛いものは辞めたほうがいいのか。

 理由は分からなかったが、試してみるのは悪くない。


「毎日庭を歩いて──食事の前にキノコと塩辛くない野菜、じゃな?」


 《うん、損するわけじゃないからしばらく試してみなよ》


 その後、水面は何も言わなくなった。

 シンとした部屋で葉子はしばらく座っていたが、眠気が差してきたので布団に戻ることにした。


 (塩辛くない野菜。妾は蒸した野菜が好きぞ。みちなと一緒に食すのも悪くはない……)


 葉子はあっという間に眠りに落ちていった。

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