呪、とは?
「ほーん」
一条がポテチの大袋を抱え込み、間の抜けた相槌を打った。
放課後に時々、公園で駄弁るのが俺たち帰宅部の醍醐味なのだ。
「お前……」
筋トレ好きの式部が不安そうに一条のわがままボディを眺めた。
「オレにとって、必要不可欠な栄養だ。家では食えないからな」
一条は真面目な顔で答え、炭酸飲料でポテチを流し込んだ。
「あー、お前んちはそうなるよなー」
「ミケ様はおやついっぱいなのにな」
一条の母親は健康レシピを売りにした料理家で、テレビでもよく見かける有名人なのだ。
スナック菓子は禁止ではないが、小言を喰らうので公園で食べるというのが一条の生存戦略。
「まあいい。で、姫の件な。今は道長が呪われてるってよ」
「おお? なんかそれっぽい展開だな」
俺は昨日の会話を思い起こしながら、二人に道長と姫のことを話した。
話してる間に、ポテチを食べ終わり手を洗ってきた一条がノートを引っ張り出す。
だらしないように見えて、一条は潔癖症ぽいんだよな。
「ふーん、怠さと痛み、夜中のトイレねえ」
式部がヒダル神について検索を始めたが、一条はノーリアクションだ。
「それっぽいのだと、餓鬼じゃねーの」
「姫んちは神道なんじゃね? 餓鬼は仏教だろ」
しばらく無言の時間が流れ、式部は遊具で筋トレを始めた。
三人がまた揃ったところで、一条が重々しく口を開いた。
「足先の痛み、目の不調、多飲多尿──」
「なんだよ」
「おそらく呪詛じゃない。糖尿病じゃね?」
「糖尿病? 糖尿病……」
一条は携帯の画面を印籠のように突き出した。
ドヤ顔で俺たちを見ている。
「見ろ。藤原道長は記録としては日本最古の糖尿病だった、という説がある」
「お前が糖尿病になる未来は見えてるけどよ、平安の食生活でそんなことあるんか?」
「ならねーよ。えーと、当時だと飲水病と言われていた……」
「あるんかーい」
「お前なんでそんなに詳しいの? あれか、親父が医者だからか?」
一条はメガネの位置を直し、首を振った。
「正確には内分泌内科の専門医だ。だから母さんが健康料理オタクになった」
当時から飲水病と名前がついてた病気というなら、なんで呪われた事になってるんだよ。
普通は先に病気を疑うだろ。
「うーん、おそらく「とりあえず呪詛」って感じなんじゃね? 知らんけど」
「あー、病気の治療として祈祷もあったって書いてあるな」
「医学、ではなくて呪が基盤なのか?」
「つーか、糖尿病はどう頑張っても祈祷じゃ無理ゲーじゃん」
「──常識は時代で変わる。とうちの母親が言っていたぞ」
式部が賢そうなことを言った。
「昔はコソコソ読んでいた薄い本が、今は堂々と読めるって」
「おま、それ腐女子か、お前の母ちゃん腐女子なの?」
「あ、うん。貴腐人だと言ってたな。まあ、腐女子だろうな」
式部が男子校に入ったのは、母親の強い勧めだったと言う。
家から一番近かったのが決め手だったそうだが。
「式部の趣味の域を突き抜けた刺繍……そんな背景が」
式部の母親はいつもニコニコしたおばさんで、遊びに行くと必ず手作りの焼菓子が出てくる。
しかも超絶に美味い。
が、式部の話によると。
最近バターが高いと言うことで、あんまりお菓子は焼かなくなったらしい。
「とりあえず、糖尿病と仮定して。姫にアドバイスする案を推す」
「だな。何もしないよりは試したほうがいいしなー」
「検索だとベジファースト、運動、ストレス排除って書いてる」
「ストレス排除? 歴史的にみて道長ってストレスしかなくね?」
俺たちは考え込んだ。
「運動、と野菜だな」
「キノコならあるんじゃね? 野菜はどんなのがあるか知らんし」
「おう、キノコ食わすよう言ってみるか」
「薄味でな」
雨がまた強くなってきた。
東屋だから屋根はあるものの、風も強いのでこのまま居たらびしょ濡れコースだな。
「帰るか」
「おう」
一条は証拠隠滅だと言い、俺にゴミを押し付けて帰って行った。
この公園にはゴミ箱が無いんだよな。
式部がそっと手を出し、ペットボトルを引き受けてくれた。
いいやつだよ、全く。
あのマヌルネコとは大違いだ。
俺は式部が去ったあと、ポテチの成分表示を見てみた。
(おいおい、一袋900カロリーだと……?)
俺は帰宅してすぐ、姫に伝えるべきことを箇条書きにしておいた。
だが、その日の百均鏡は──うんともすんとも言わなかった。




