梅雨
「ブハッ、なにその頭」
俺は一条の爆発した頭を指差して笑った。
アフロじゃん?
「黙れ、処すぞ。苦情なら梅雨に言えよ」
「天パおつ」
一条はくせっ毛なので、雨の日は降る前から髪の毛がもじゃもじゃと膨れ上がる。
あれだ、歩く雨予報みたいな男だ。
「梅雨入りかぁ、梅雨ってオカンの機嫌悪いから嫌なんだよな」
式部が顔をしかめてブツブツと文句を言い始めた。
「あ、アレだろ? うちもだぞ。洗濯物が乾かないって」
「そうそう」
去年、俺はあまりにも母親が洗濯についてうるさかったので、一ヶ月同じタオルを部屋で干して使い続けた。
数が減れば楽だろ?
ものすごく怒られて、タオルは捨てられた。
先日、『今年はちゃんと洗濯機に入れる』という一筆を書かされたばかりだ。
「濡れたまま洗濯機にいれると罰がくだるから、洗濯機の横にちょっとかけておく」
式部は真面目に答えた。
「それはいいな、俺は部屋で干してからだ。でも去年は二十枚以上部屋に溜まってめちゃくちゃ怒られた」
一条は相変わらず抜けているな。
使い回せばバレにくいんだぞ。
「使い回せ!」
「お前孔明?」
「おう」
「いや、二人とも怒られてるやん」
式部があきれたように呟いた。
「じゃあな」
俺はさっさと家に帰ることにした。
ゲームの更新があるから、母親がパートから戻る前にそれだけはやっておきたい。
いつものように誰もいないリビングを通り抜け、自室で更新を待つ間に課題を済ませておく。
(学年十位以内じゃないと、部屋からテレビとゲーム撤去されるからなー)
こう見えて、俺と式部は一桁で踏ん張っている。
一条は常に学年一位だ。
アフロのマヌルネコみたいなのにな。
やることやって、もう寝るかって時間になっちゃんの鏡から、声が聞こえてきた。
ふわりと鼻先を掠める甘い香り。
「お、姫かー。元気だったかー?」
鏡には相変わらず水面のようなものしか映っていない。
揺らめく赤い色は姫の着物っぽいけど、それ以外はよくわからん絵面だ。
〈わらわ、元気ぞ。偽道は息災か?〉
「うん。そっちはどうだ? 俺の方はなんにも変わってないが」
〈みちなが伏せっておるくらいじゃ。しゅしゅは秘密のおつとめで、おらぬ〉
「え、道長倒れたの?」
〈前から時々じゃ。みちなは、身体が重苦しいと言っておる。呪は祓っているのに〉
「へえ、呪ではないのかぁ」
鏡面が少し揺れた。
〈呪はあるが祓えておるからな。みちなだけ、というところが呪詛をかけられているやもしれぬ〉
「病気にする呪詛なんてあるん?」
〈術者によって、いかようにでも〉
「道長は体が重い以外になんか言ってる?」
〈そうよの、夜になると文が読めぬと言っておる。あと、足の先が痛いと〉
「ふむふむ」
〈女房たちが言うには、夜中に何度も厠に行って眠れていないのでは、と〉
厠?
ああ、トイレか。
〈おばば様が、みちなは水を飲みすぎておると言っておるな。ゆえに、ダラシが憑いているとの見立てで祈祷の準備をしておる〉
「なに、ダラシって」
〈ダラシか? ……ヒダル神という、飢の神であるな〉
「きのかみ……」
俺は手元の携帯で、ヒダル神を検索してみた。
(飢神、か。知らない神様だな。幽霊とも書いてあるけど……)
〈確かにみちなは、少し前に神事で山に入っておるゆえ〉
「あ、うん。山で憑くって書いてあるな」
〈そうなのじゃ、それを──〉
手元の鏡を見ると、自分の顔が映っている。
姫との通信は、いつも突然始まって終わるんだよなぁ。
まあ、毎回そうだしそれがデフォってことでいいんだろう。
俺はベッドに寝転び、神道の神についてアレコレ検索しながら寝ることにした。
(自然現象も神……? 怨霊も転じて神になると)
さすが八百万の神といったところだな。
姫が生きている時代は、すべての事象は神につながっていると考えられていたって解釈で合ってるんだろうか。
明日、一条と式部に話してみるか。




