第95話 異端審問
二日後。
「フランソワ様…王都より、使者が…」
リンダが恐る恐る、私の寮室を訪れたわ。
ビアンカと面会して以来、私は講義も休んで、ずっと寮室にいたの。
国外追放が正ならば、身辺の整理をしておきたかったし…。お父様から貰った万年筆。お守り代わりに持っていこう。
衣装は、白一色のドレスにしたわ。私は、正しいことをしているの。
それだけは、絶対に曲げないから。
「いま、参ります」
凛として告げるわ。
わたし、こんなところで負けたくない。
取り乱して、泣き叫ぶ姿なんて見せたくない。
だから、堂々と歩く。
廊下には、人だかり。異端者をひと目見ようと、大勢の貴族。
「姫さま…」
マルタが駆け寄ってくれたわ。もう、学院の誰も彼もが知っているの。
「研究室、任せたわ。絶対になくさないで」
「へぇ、姫さま、命に変えましても…お帰りまで、お待ちしてやす…」
うん、と頷く。
そして、階下に降りる。
「フランソワはん…」
ニコラス、そんな申し訳なさそうな顔をしないで。
「マルタにも伝えたわ。研究室をよろしく」
「分かったで…! 貴族にも教会にも、何も言わせんわ!」
仲良くしてね、私がいなくても…二人なら、きっと凄いものを発明してくれるから。
そして、アルフォンス。それに、ハンス。
遠くに、ギリアム先輩。
力強く、頷いてくれたわ。接触禁止令が出されている中で、精一杯の抵抗をしてくれたのね。
学生寮の前に、馬車が止まっていたわ。
普段乗るものとは違う…鉄格子の、物々しい馬車。
この時点で罪人、と言うわけね。いいじゃない。
最後に。
ぽん、と肩を叩かれたの。
「シオン…」
「がんばれ、フランソワ。俺がついてる」
その手を、そっと握ったわ。温かくて、優しい手。
この手が全てを消去するなんて、とても思えない…。
「ありがとう、シオン…。行ってくるね」
馬車に乗り込むと、即座にガシャン、と冷酷な鉄扉が閉じたわ。
みんな、そんなに罪人を見たいのかしら。
王都への道すがらも、それはそれは大変な人出だったわ。
記者っぽい人もいるわね。明日のタブロイド紙はトップ記事になるんじゃないかしら。
公爵令嬢、異端者となる。
なんてね。
ぼんやりと、街並みを眺めるの。
見慣れたこの景色が、もう見られなくなるのかしら。せめて、コンスタンに行く前にシャルルをひと目だけでも見たいけれど…。そのくらいの要望は、通るかしら。
やがて、ひと際目に惹く大聖堂が見えてきたわ。
アリア大聖堂。
ヤーヴェ教会の、アリアの拠点よ。異端審問だから、裁判所ではなくて教会で実施するのね。
そういえば。
エラリーの姿が見えなかったわ。愛想、尽かされちゃったかしら。
それに、フロリーナと…ウェンディも…。なんだか嫌な予感が…。
「早く出ろ!」
御者に急き立てられたから、思考が中断したわ。
檻を出る。そういえば手錠が無いわね。せめてもの温情かしら。
教会は普段の祭壇と座席の羅列ではなくて、裁判席と被告席に分かれていたわ。椅子はないけれど、あの空白に立って弁論するのね。弁護士なんて期待はしていないけれど、どんな質問が飛んでくるのかしら。
少し、楽しみだわ。
議長席にはビアンカの姿。アレフがいないけれど…。
「これより、フランソワ・アリエル・ド・シャルロイドの異端審問を開催する!」
見たことのないおっさんだわ。誰かしら?
「被告、フランソワは…」
その時よ、扉の向こうで爆発音がしたのは。はぁ、とビアンカが頭を抱えたわ。
「マクシミリアン閣下、どうぞお続けになって…近衛騎士が対処いたしますので」
…まさかとは思うけど、いえ、絶対そうだけど、フロリーナとウェンディよね!?
やることが無茶苦茶だわ…。アレフなら上手くいなしてくれると思うけれど。だから席を外していたのね。
「ご、ごほん。では…被告フランソワよ! 貴様は瓶詰なる『時を止める食物』を開発し、神の怒りに触れ、先日のフィヨルド動乱にて我ら至高なる聖光燦然騎士団を邪教徒どもに壊滅させられる原因を作ったのだ! この事実において、如何にフランソワが異端であるかの証拠を示したい!」
何言ってるのかしら、あのおっさん。
「お言葉ですが…」
「発言を許可しておらぬ!」
マクシミリアンが怒声。そしてびしっ、と鞭が床を叩く音。端っこの方に体躯の良い男がいるわね。なるほど、反抗的な態度を取ると鞭が飛ぶ、と言うわけね。異端審問が分かってきたわ。無駄に叩かれる趣味はないし、黙って聞いていることにするわ。
「貴殿は王立学院の学生でありながら精霊論を否定し、あまつさえ真・顕微鏡なる異端の道具を用い、神のみに許された深淵を覗きこむという罪を犯し…」
ロッサム教授に変わったわ。
なんだか、小さく見える。滑稽で…悲しいわ。どうしてオトナは、進歩を否定するのかしら。自らの人格と常識を否定されることに耐えきれない、悲痛な叫びみたい。
他にも、あることない事、言われたわ。反論の機会は結局、一度も与えられなかったの。
「それでは、採決に移る…フランソワを異端者と認定するものは挙手を!」
分かっていたけれど、満場一致ね。呆れるわ。
「では、ビアンカ陛下。前例に則り、採決を。異端者は火刑、蟄居、国外追放のいずれかとなりますが、まだ人格も形成されておらぬ未成年者にございます。極刑はお避け下さいますよう」
よく言うわ、あのマクシミリアンとかいうおっさん。さも温情を与えている、みたいなことをいうのね。そこでビアンカが、静かに立ち上がったわ。そこでふぅ、と一息ついたの。
ごめんね、ビアンカ。
友達に、辛い役目を負わせて。
「蟄居では温いと考えます…国外追放が妥当でしょう。けだし、追放先については事前の打ち合わせ通り、王家に一任くださいますよう」
「ほう、手厳しい。我がシルバ教国にて『再教育』の機会を与えても構いませんぞ」
え、やだ。
それなら火刑の方が良いわ。あいつ、私を見て舌なめずりをしたのよ。
無理なら自決も検討するわ。
「検討には入れましょう。ともかく、今後は王家に身柄を引き渡すように…いずれにせよ、異端と認定された以上、国内に居場所はありませんわ」
「その通りでございますな、ビアンカ陛下のご慧眼の通りにございます。では、採決のサインを」
「こちらに」
ビアンカが、重々しい羊皮紙にサイン。
「これにて、異端審問を散会とする!」
マクシミリアンが滑稽なくらい、堂々と宣言したわ。




