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第90話 同盟

  翌日、十時

「どうしたんですか〜ギリアム先輩! 呼び出しなんて珍しいですね」

 馬車ではなく、徒歩で現れたエラリーを見て、ギリアムは薄々察するものがあった。目元を化粧で誤魔化している。まるで泣き腫らしたように…。

 少し、緩めた方がいいか。

 そう思った。

「いやなに、工場を見てみたくてね…。あと、言いづらいのだけれど」

「そりゃ、見学なら一人で来ますもんね、ギリアム先輩なら。…どうしたんですか?」

 切羽詰まるような声。

 やはり、何かを知っている。

「はは、留年をしこたま叱責されてね…。実は学費の危機なんだ。今からでも奨学金、借りられないかなと思ってね」

「なんですか、それ」

 ふふ、とエラリーが笑う。


「お、お二人さん、来よったんか! なんや、先に言うてくれたら」

 大きく手を振って、ニコラスが現れた。

「やぁ、ニコラス君。たまたま手が空いてね」

「ぜひ見てってや、ギリアムの旦那! 案内するで」

「もちろん見学させてもらうよ。ただ、その前にエラリー君と話があってね」

「なんや、水臭い」

「いや…実は留年の分の学費に不安があってね…」

 ギリアムがそう言うと、ああ〜、とニコラスが納得したように頷いた。ニコラス自身がシャトーブリアンの奨学金を利用しているためだ。

「そりゃワイが聞くもんじゃないわな。ほな、終わったら来てや! ワイはゼンのおっさんと作業しとるから」

 そう言ってニコラスが去っていく。

「…先輩」

 エラリーが言った。

「学費は嘘、ですよね?」

「半分は本当だよ。聞いているかい、フランソワの事は」

 エラリーは小さく頷いた。

 そして

「昨日、思い切り泣きました。だから、私は私が信じる道を進みます」

「では」

 ギリアムも笑う。

「僕らは()()()と言う事だね。ただ、情報が足りなくてね…。なにが起きているか、教えてくれないか?」

「いいですよ、先輩。でも、もう助ける段階は過ぎています」

「事が起こった後にどうするか、だね。いいじゃないか。そういうのばっかりだっただろう」

「確かに」

「なにしろ、僕らはセドリック研究室のメンバーだからね。さ、エラリー」

 初回の密談といこうじゃないか。

 ギリアムの目が、ギラリと光った。


◇◇◇


「なるほど、異端尋問。発案はさしずめ聖典保守党かな」

「たぶん。それに王権保守党がのってるみたいです」

「それだけでは足りないね。つまり、これかな?」

 ギリアムが工事の敷地を指差した。今は何もない更地である。時折風で砂埃が舞う。遠くに何人か、作業をしていた。ニコラスもその一人だ。

「よく分かりましたね」

「革新連盟が裏切るとは考え辛いからね…。聖典保守党が瓶詰の利権で、経済実利会を脅したのだろう?」

 エラリーが小さく頷く。

「シャトーブリアンとしてはこの工場に一千金貨の出資を確約しているの。追加も検討しているわ」

「引くに引けない状態だね。それにしても、異端尋問か…。厄介だね」

「私、詳しくないんですけど…」

「簡単に言うと、ヤーヴェ教に相応しいかを判定する、裁判みたいなものだよ」

「勝てないんですか、その異端尋問って」

「極めて困難だね。なにしろグランド・ディベートとは違って、観衆に決定権があるわけじゃないんだ。場合によっては完全に密室ということもある。そこで己の潔白を証明することは不可能だね」

「ほぼ確実に、異端認定される…ということですか?」

「ああ」

「認定されると?」

「大きく三つだよ。最も重たいもので火刑…火炙りだ。続いて蟄居、あるいは国外追放」

「火炙り…!」

「落ち着いてくれ、エラリー。幸いにもここはヤーヴェ教の影響が薄いアリアだ。それに公爵令嬢となれば、処刑されることは無いと考えていい…。そんなことを強行したら、シャルロイド公爵が反旗を翻しかねないしね」

「大内戦になりますね…」


 シャルロイド公爵家は他の貴族と一線を画している。

 実質的にアリア東島、すなわちシュタイル島の全域を支配しているのだ。

「おそらく、蟄居か国外追放になる。妥当なところは蟄居だけれど…。これは最も避けたいシナリオだね」

「どうしてですか?」

「蟄居は恩赦なり、何かの特例なりで解放されない限り、『その場所から一歩も動けない』という罰だ。場合によっては、死ぬまで」

「…そんなの、フランソワじゃない」

「ああ、僕もそう思う。だから、僕らのできる最大の抵抗はただ一つ…」

「国外追放…」

「ああ」

「でも、どこへ? シルバは論外だし、フィヨルドも政変があったばかりなのに」

「個人的には新大陸が妥当だと思うけれどね…。新大陸なら、シャトーブリアンも伝手があるだろう?」

「あるけど…。先住民との諍いが増えていると聞いているわ」

「護衛の問題もあるね。彼女、そこそこ強いけれど、あくまで護身程度だから。ともかく、詳細は後ほど詰めよう。それよりも、僕らには政治への接点が必要なわけだけれど…」

「プロヴァンス侯爵様も…難しいってことですよね」

「ああ、なにしろ接触禁止令を出すくらいだからね。王権保守党の重鎮として、長男が異端認定の人物と仲良くしていた、というのは都合が悪いんだろう」

「そしたら…フロリーナ経由でビアンカ陛下に直談判する、というのは?」

「うーん、最終手段かな…。彼女、結構強引なところがあるからね…」

「本議会堂とか尋問の場に乗り込みそうですね…」

「フィヨルド国内ならともかく、法的には難民だからね。さて、他に伝手は…」

「お二人さん、終わったやろか?」

 ニコラスが遠くから呼びかけた。

「ああ、もう少しだよ、ニコラス君」

「いやな、内務省のお偉いさんが視察に来てるんや! 挨拶してかへんか?」

 ギリアムとエラリーが顔を見合わせた。

「どうやら、僕らには天運がついているみたいだね」

「そうかも…! 行きましょう、ギリアム先輩!」


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