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第87話 ボツリヌス菌の毒性は電気程度では消えません

 5月初旬


「あれ、ギリアム先輩もお出かけですか?」

 学院の正門で出立の準備をしていたところだった。他にも何人か。

「やぁ、エラリー。いい加減、お父様にお詫びに行かないといけないからね」

 はぁ、と大きなため息。気が重そうだなぁ。エラリーは思う。


「エラリーも実家かい?」

「はい、たまには家族で食事をしよう、って。お母さん、料理得意なんですよ」

「料理が得意とは、珍しいね」

「でしょう? 自慢の母なんです」


 他にも王都へ向かう馬車がちらほら。五月の初旬は皐月祭の関係で多少の連休があるのだ。一泊二日ならちょうど良い具合である。

 それじゃ、と今から戦場にでも向かうような険しい顔つきをしたギリアムを見送り、迎えに来た馬車に腰を下ろす。


 フランソワとマルタは休日返上で研究三昧らしい。酸味から離れてくれるなら私としてもありがたいけれど。そういえば工場の進捗はどうなんだろう。明日は少し時間があるし、立ち寄ってみようかな。話によると整地はほぼ目処がついたみたい。ニコラスは今朝方早々に王都に出発していた。ゼンのおじ様が来られるらしいわ。


 でも。

 エラリーは思う。

 きっと何か話があるんだわ。お父様の事だもの。多分言いにくい事よね。一体何かしら。

 がたことと、馬車が歩む。

 少し舗装の甘い道のりを、ひたすら。



「マルタ、準備はいい?」

「へぇ、できとりやす」


 今日は皐月祭という祝日なの。本来は田植えや種まきの重労働が一息ついて、豊作を祈るお祭りなのよ。それから、『豊作』とかけて子供の成長を祈る日でもあるわ。

 農業以外の商工業もきっちり休むのだけどね。夏季休暇バケーションと違って3日しかないから、学内に残っている人が多いわ。講義は休講なのだけれど。王都に買い物に行ったり遊びに行ったり、自習をしたりぐうたらしたり…と思い思いに過ごしているみたい。


「フランソワ先輩、これは?」

 フロリーナも居残り組よ。実験の方が面白そうだから、と残ってくれたの。

「電極よ、こういう塩味があるものに銅板と亜鉛板を刺して、導線で繋ぐの。そうすると電気が発生するのよ」

「まぁ、不思議。どうして電流が発生するのかしら?」

「ん?」


 確かに。なんでなんだろ。エレキテルの回転型発電形式と違って、この液体型電流の発見は最近なのよね。ボルタと言う科学者が実証したのよ。

 やり方は本で読んだのだけれど、理由はわからないわ。

「マルタ、知ってる?」

「へぇ…あたしも図書院で読んだだけでして」


 そうよね。ニコラスなら何かわかるかもしれないけれど、ニコラスはゼンさんの立ち合いとかで王都に行っているし。ほら、例の工場。更地になったらしいから、蒸気機関の設置場所を検討するみたいよ。

「今度セドリック先生に聞いてみるわ」

「ええ、是非に! でも、新鮮だわ。フランソワさんでも知らないことはあるのね」

「まだ浅学の身…ってことね。まだまだだわ」


 ともかくも、実験を続けましょう。

 現時点での実験データを公開するわ。

 まず、目的は『瓶詰めのレパートリーを増やす』こと。現状は酢味豚骨スープ真空締めと、レモンソーダの二つだけなのよね。


 で、通常の真空締めだと、『こん棒みたいな小生物』が繁殖することがわかったの。この棍棒は『酸素が嫌い』で、『空気がないところで増える』までは確証に至ったわ。


 前提実験は、『普通に悪くなったスープを真空締めする』ってこと。

 悪いスープにはブドウみたいな形をした小生物とか、細長いやつとか、まぁそれは小生物のショースタジアムみたいな状態だったのだけれど。

 真空締めをしたら、それが綺麗さっぱりいなくなって、代わりに棍棒が大増殖していたわ。つまり、普通の小生物(細菌)は空気が必要で、こいつの正体は仮説通り、『酸に弱くて空気を嫌う』という仮説が立証されたの。

 ちなみに、他の小生物(細菌)からこん棒への変質は認められなかったわ。


 逆に言えば、こいつさえどうにかすれば『美味しいブイヨン真空締め』が成立するはずなのよ!

 他にも、加熱処理を試してみたわ。

 確かに加熱直後はこん棒細菌が消えるのだけれど、数時間するとまた戻っちゃうのよ! 分からないけれど、タネ的なやつが生き残るのだと思うわ。


「熱にも強い、真空にも強い、となれば最新科学を用いて対峙してあげるわ!」

「これが電気ですのね」

「フロリーナの言う通り! 塩水で発電できるなら、ブイヨンだって発電できるはずよ! いざ!」

 銅板と亜鉛板をつっこむと、パチパチとショート音。発電、成功しているわ。


「しばらく様子を見ましょう」

 そのうちに(何かの成分を消費するのかしら?)発電が止まるらしいのよね。ショート音が小さくなって、やがて消えたわ。

「マルタ、真・顕微鏡!」

「へぇ、こちらに」

 覗いてみたら…。

「やった! 成功よ! とうとう棍棒を駆逐したわ!」

 顕微鏡には綺麗な、何もない視界が広がっていたわ!

「これで美味しいブイヨンが堪能できるはずよ! 早速試食を…」


「あのぉ、姫さま…」

 はい。

「とても食べれねぇ臭いでやすが」

 そうね! なんか金属が焦げたような血の感じの匂いというか、なんか美味しさ全部丸投げしたみたいな金属臭とツンとするやばい感じの匂いがするわね!!!!

「…捨てましょう」

「へぇ、それがいいでやす」

「あー! もう、電気もダメなんて! 一体どうすればいいの!」

「ねぇ、フランソワ先輩」

「どうしたの、フロリーナ」

「要するに、瓶詰めのレパートリーが増えればいいんでしょう?」

「そうですけど…」

「なら、トマトソースはどうかしら? 私、あの酸味が大好きで!」


 ん?

 そう言えば前にリンダにも言われたような。

『最初から酢を楽しむ料理にする』って。

「…マルタ」

「へぇ」

「私の負けだわ」


※著者補足:ボツリヌス菌(棍棒細菌)の毒性は電気程度では消えません。真似しないでください。

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