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第85話 政治は本会議場以外でも行われる

アリア王都、議員会館。


「なるほど、規模の修正ですな」

 ネイサン・ド・シャトーブリアン男爵が頷く。


 名前の通り、エラリーの父親であり、アリア最大の金融機関であるシャトーブリアン商会の代表である。

 かつ経済実利会の会長も務めている、名実ともに経済界の重鎮であった。


「その通りですわ、シャトーブリアン卿。現実的なところに落とし込んだつもりですの」

 応対するのはカトリーナ財務卿であった。先日の工場規模の縮減…月産10万本から1万本に落とした上で、積算をし直した予算を提示したのである。


「悪くありませんな」

「こちらで予算案を通過させたく…いかがでしょう?」

「懸念点が一つあります」

「何なりと」

「リデル商会への独占販売権です」


 やはり、とカトリーナは思う。リデル・ベアトリスへの独占販売権は戦時の緊急事態として付与したとはいえ、経済実利会としては面白くは無いだろう。ベアトリスは爵位を持たず、政治的権限は有していないのだ。


「2案ございますわ」

「お伺いしましょう」

「1案はベアトリス殿へ一次卸先としての指定と読み替える方法。もう1案は優先販売権への切り替えですわ」

「応じますかな?」

「これからになりますの。この点に限れば、10万本計画の方が都合が良かったのですが」

「流石のリデルも、手に余ると」

「正直に申しますと。ベアトリス殿はシルバとフィヨルドへの販売を計画しているようですわ。軍需品ですわね」

「うまく行きますかな?」

「我らではなんとも…伝手はあるとのことですが」

「経済実利会でも、販売を希望する者がおりましてね。調整がつけばよいのですが」

「少しお時間を頂きたく。他にご要望は? 工場計画以外でも構いませんのよ」


「貿易政策に力を入れて頂きたいですな。東側…コンスタンとの国交樹立はいつ?」

「アルプミティ卿が来月戻りますの。もう間もなくですわ。半島の港のうち、何拠点かは」

「租借になりますか?」

「対等条件ですので、寄港のみになるかと」

「商館の設立も認可頂きたく」

「外交努力を続けますわ」


「また、国内交通につきましても申し入れが」

「何なりと」

「バッサの幹線道路予算を計上したく」

「であれば、こちらに」

「100金貨では調査費で終わりましょう」

「そうですわね…」

 中々に手厳しい。


「どこかを削らねばなりませんわ」

「そうですな…新大陸開発費はまだ削れませんか?」

「鉱山開発とプラント経営は順調ですわ。先住民との諍いの方が多く」

「実質は軍事費ですな。思い切って陸軍を削減するのは?」

「今は軍事費を削る時期ではないと推察いたします。フィヨルド動乱の直後ですのよ」

「あるいは、新大陸の統治方法を変更するか」

「と、言いますと?」

「ギルテニアモデルです。自治区とし、歳入歳出を自己完結させる」

「検討はいたしましょう。お約束はできませんが。無論、歳入も減りますので」

「最近は独立の機運が高まっていると聞きますぞ。実利だけを求め、政治権限は渡せばよい…。戦争に発展すると厄介ですからね。無論、いずれに転んでも我らには利ですが」

「極力平和を保つようにいたしましょう。ロックバード軍務卿にも確認いたしますわ」

「ぜひに。ともかく、予算案だけであれば、リデル商会への独占販売権をどうにか頂ければ検討はいたします」

「承知いたしたわ。ご配慮感謝いたします」



アリア王宮、枢密院


「確かに、新大陸からの独立圧力については報告が来ておる」

 苦々しくロックバード軍務卿が述べた。議会は相変わらずの紛糾具合であった。とてもではないが予算案の採決に入れる状態ではない。

 すでに四月も下旬に入りつつあった。これでは五月の採決も雲行きが怪しい…。六月採決など、前代未聞であった。困ったのお、とアキテーヌ内務卿がぼやく。


「暫定予算は五月末までじゃ。役所が止まるぞ」

「ひとまずはベアトリス殿への独占販売権について協議したく。最も早い手だと考えますわ」

「協定書では」

 カタルーニャ法務卿である。

「当該瓶詰について、リデル商会に独占販売権を認める、との文言になっています。『当該瓶詰』を瓶詰という機能を指すのか、実際にリデル商会が輸送した豚骨スープを指すのかについては解釈の余地がありますね」

「豚骨スープに限りたいところですわ。皇王陛下、いかがでしょう?」


 うーん、とビアンカが唸る。

「あんまり、そういう…だまし討ちみたいなのは好きじゃないのよね。一度、ベアトリスと話したいわ。呼べるかしら?」

「リデル商会に問い合わせをいたします。応じますかしら?」

「最悪は…そうね、アルフォンスを頼りましょうか」

「フランソワ様のご友人で…ベアトリス殿の弟君でしたか」

「そうよ、頼れるかは分からないけれど」

「流石のベアトリス殿も販路開拓に苦戦しているようですわ。アリアの商船組合には話がついたとのことです。5000本は目途がついたと」

「大量に消費するのは軍だものね。シルバはどうなの?」

「それが…芳しくないようですの」

「どうして?」

「教義の問題があるため吟味する、とのことですの」

「そっちか。フィヨルドはもっと難しいでしょう?」

「その通りですわ。ベアトリス殿の伝手は現王室のみ、とのことですの。ガストーネ閣下とのチャネル構築を模索しているようですわ」

「でも、ガストーネ軍は瓶詰を消費してるのよね、フロリーナの話だと」

「下賜したとはお伺いいたしましたが、実際に試したか、までは…」

「確かに。でも、予算案は急がないとアキテーヌの胃に穴が開いてしまうわ。なるべく早い時期にベアトリスとの面談を設定して頂戴」

「承知しました」


 昼休憩を使った打ち合わせを打ち止めにする。

「あーあ、戻りたくないわ」

 ビアンカ、盛大に嘆息。

 これから午後の議会が始まるのだ。

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