第83話 瓶詰について(再考察)
数日後、王立学院。
「ん~?」
「どうしたでやすか、姫さま」
いつものセドリック研究室よ。フロリーナショックが多少落ち着いて、ようやく研究に専念できる環境になったのよ。
四月も半ばになって、汗ばむ時期になってきたわ。たまに降る春雨が良い感じの清涼剤ね。
今日は私とマルタだけなの。フロリーナは不在よ。ギリアム先輩に押し付けたの。先輩、嫌がっていたけど。
「瓶詰のレパートリーを考えてみたのだけれど」
「拝見しやす。…姫さまでも酸味縛りでやすね」
「色々試したけどね、あのこん棒がどうしても消えないのよ」
あのこん棒。真・顕微鏡で見つけた、『美味しいブイヨン真空締め』で現れたやつよ。
「仮説なんだけどね?」
「へぇ」
「あのこん棒、多分酸性に弱い」
「そうでやすね」
「でも、蓋をしないで腐ったやつには出てこないの」
「姫さまもそうお考えでやすか」
「マルタも?」
「へぇ。あっしの考えですが、『空気が無いことが発生の原因』でないかと」
「そういう結論になるわよね?」
「へぇ。信じられねぇですが」
「考えられるのは二つよね。実は真空に存在する。もしくは『空気が無いことを好む』」
「真空には存在しねぇと思いやすが…」
「そうよね。となると『空気が無いことを好む』になるのだけれど…」
「呼吸とか、しないんでやすかね?」
「呼吸…そうか、試す価値はあるわね」
「と、言いますと?」
「腐ったのに出てくる小生物を真空に置くのよ」
「面白そうでやすね。もしかしたら、真空だとその小生物がこん棒に変わるかもしれねぇでやす」
「変質…可能性あるわよね。虫が蛹から成虫になるプロセスみたいな」
「へぇ、その通りでやす。実験を用意しやすね」
「私も手伝うわ」
そんな折だったわ。
「ふ、フランソワ!」
アルフォンスが来る時って、大抵何かが起こってるのよね。
割と重大なことが。
「今度は何かしら?」
「ゆ、夕食の場で…」
時計を見たわ。確かに夕食の時間ね。
「夕食なら、準備ができたら行くけれど」
そういう事じゃないのは分かっているのだけれど、私も成長したの。
余計な面倒ごとには巻き込まれたくないって。
でもねぇ…。
「学食の衝立が崩壊したんだ!」
「なんで?」
◇◇◇
とりあえず、目の前の事を理性的に説明する前に、前提条件を伝えておかなければならないわ。
王立学院の学食はひろーい、千人規模の舞踏会でも開けるんじゃないか、ってくらい大きなホールになっているの。
ただ、その中央よりやや下座に衝立があるのよ。
設置の理由は簡単よ。昔の貴族のお坊ちゃまとお嬢さまがこう言ったの。
「平民と飯が食えるか!」
ってね。
それ以来、貴族は衝立の上座側、平民は下座側で別れて食事をしていたわけよ。
ちなみに私は殆ど下座で食事をしているわ。上座の社交場が苦手なの。
それでね、最近、男子貴族中心にフロリーナ親衛隊、っぽいのができたのよ。
最近じゃないわね。フロリーナが来た翌日には結成されたらしいわ。
その親衛隊たちが一生懸命衝立を破壊している…様子なのだけれど…?
「や、やぁ…フランソワ…来てくれたのかい?」
ギリアム先輩が憔悴していたわ。
「先輩、疲れ果ててますけれど、お父様に絞られまして?」
「いや、まだ王都に行ってなくてね…」
先輩にしては珍しく優柔不断ね。気持ちは分かるけれど。留年しました、ごめんなさい。なんて私でもお父様に言いたくないわ。
「では、この事件をどう処理するか、頭を抱えていらっしゃると?」
「ああ…そういう事…になるのかな? こうなるならさっさとヴィクトールに会長職を譲っていれば…」
弱気だわ。あの天才魔導士ギリアム先輩が超弱気だわ。
「無理に会長職を継続されなくても」
「言ったほうがいいかな?」
「いいえ?」
ヴィクトールが頼りなさすぎて、やむなく継続していることは知っているので。しかも評議会の満場一致で。
「で、何が起こったんです?」
「聞いた話だけれど…」
という事でギリアム先輩から聞いた話よ。
事件は今日の夕方に起こったらしいわ。




