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第82話 花街リュンヌでの密談

 その頃、まさしくリュンヌにて。


 王都の花街、繁華街、金と酒と高級娼婦が往来する、王都の象徴にして暗部に、やはり貴族院から直行した一行が存在した。

 スタインベルク伯爵である。彼は王権保守党の議会運営委員長であり、党内では幹部と称される重鎮である。


「本日の質疑、真の国士にございましたな。感銘いたしましたぞ。ささ、一献」

「これは忝い…ほう、シルバの炭酸酒ですな」

「流石お目が高い。まずは一杯」

 かちん、とグラスを合わせる。応対するのは聖典保守党のグラウベン伯爵であった。


「我々、普段は別の政党として活動しておりますが、同じ保守を志向する者同士、アリアの未来を懸念する心は同じと考えておりますゆえ」

「我はヤーヴェ教徒ではございませぬが…確かに、最近のビアンカ皇王の専横は目に余りますからな。王権と貴族院は互いに対等、双方に尊重し合ってこそ国が保てるというもの。王権が専制に向くというなら、我らはたとえ逆賊となったとしても、アリア皇国のためそれを留めるまで。それこそが我ら伝統王権派の存在意義ですからな」

「誠、仰る通りにございます。スタインベルク卿のような大黒柱あってのアリア皇国なのです。それに比べ、革新連盟の如何に破廉恥なことか…。きゃつらはビアンカ皇王の顔色を伺うばかりにございます。スタインベルク卿のような気概は微塵もない」

「常々懸念しておるのですよ…さ、グラウベン伯爵」

「これはこれは。では、私も」


 改めて酒を注ぎ合う。アンティパストは生ハムと季節野菜のムース、キュウリのピクルスにバケットが二枚であった。これがまた、炭酸酒によくマリアージュしている。


「革新連盟は威勢こそ良いが、アリア皇国八百余年の歴史を理解しておらぬ。珍奇なものばかりに目を向ける傾奇者よ。あれが与党とは情けない…グラウベン伯爵もご存じの通り、ビアンカ皇王に代替わりした瞬間に革新連盟へ鞍替えした者も多数おります。まっこと嘆かわしい事です」

「まさしくその通り。我が国にはヤーヴェ教に頼らずとも長き伝統を有しているわけですから、過去を尊重してこそ国の発展があるのです…。実はね、スタインベルク卿。近年のアリア皇国の迷走ぶりにはシルバの枢機卿も嘆いている事態でして」

「ほう、流石グラウベン伯爵はシルバに精通しておりますな」

「ヤーヴェ教の布教とシルバ教国との安定した関係構築こそが我らの存在意義でありますので。無論、アリア皇国の発展を願っての事ですぞ」

「重々承知しておりますぞ、伯爵」


「アリア皇国は結局西側諸国と連携を取らざるを得ない地理にあるのです。議題にもある通り、フィヨルド王国は政変が発生し不安定となっております。果たして執政ガストーネがアリアに亡命したフィヨルド前王エドワルドをこのまま放置するものか…それこそこちらのバケットですら、フィヨルド産の小麦を利用している訳で」

「フィヨルド新政権との国交樹立は命題にございますな。しかし、シルバはかのグルンクルス会戦で大敗を喫したと聞きますぞ。シルバとフィヨルドの関係はどうなりますか」

「未定ではございますが…」

 そこでグラウベンが一息置いて、グラスに口をつけた。


「我が国と連携し、フィヨルドへは圧力をかけることとなりましょう。新政権も痛しかゆし、小麦の売り先は必要なのです」

「則ち、戦の結果はさておき、フィヨルドの小麦を同条件にて仕入れる、と」

「その通りにございます。さもなくば我が国は立ちどころに飢えることとなりましょう。これは我が国も同じ…シルバという大消費地があるからこそ、貿易立国として成り立っているのではありませぬか?」

「その通りでありますな、グラウベン伯爵」

「つきましては、ビアンカ皇王のこれ以上の暴走…あるいは迷走を留めるべく、一つ共同議題をば」

「エドワルド王の亡命拒否…であるかな?」


「将来的には…ですが、その前に一つ、路傍の石を取り除きたく」

「というと?」

「フランソワ嬢については承知を?」

「承知も何も」

 とん、と少しいら立つようにスタインベルク卿がグラスを置いた。

「かのグランド・ディベートでは陪審員として参加させて頂きましたぞ。いくらシャルロイド公爵家とはいえ、公衆の面前で魔導真理学部を否定するとはあってはならないこと…。聞けば彼女、魔法の使えない欠陥品と言うではありませんか。行き所もなく自然哲理学部の門を叩いたのでしょう。浅ましい事です」

「我らも被害を受けておりましてね…ロッサム子爵ですが」

「それも承知しております。陪審決議の前に魔法で黙らせるなど、それこそグランド・ディベートの場にはあってはならないこと」


「そのフランソワ嬢が、近年平民らの人気を得ていることはご存じでしょうか?」

「なんと…由々しき事態ではないですか。どういう意味で?」

「こちらを」

 グラウベンが差し出したのは、『オーロール・クロニクル』誌であった。


「庶民の下種な読み物ですな…この絵画がフランソワ嬢ですか?」

「その通りにございます。恐ろしいことにこの部は相当数が出回っておりましてな」

「…不穏でありますな」

「その通り、この様な妄想に耳を貸す平民が増えれば、それこそ我が国の平穏に影が差しまする。まさに今のアリアは内憂外患の危機、という訳ですな」

「つまり、第一の目標はフランソワ嬢の排除、と…」

「流石はスタインベルク伯爵にございます。本命はビアンカ皇王に対する王権のさらなる制限にございますが、如何せん難度が高い。伝統王権派の中でも色が分かれるでしょう。ですが、フランソワ嬢であれば…と」


「懸念はシャルロイド公爵であるが…」

「幸いに、シャルロイド公爵は原則として領地駐留となり、議決時の他は王都を訪れることはありませぬ。なにも処刑するわけではございませぬ、ただ、尋問を行う機会を頂きたく」

「で、あれば反発も少なかろう。それに、ビアンカ皇王へのけん制にもなりますな」

「その通りにございます。それに、これ以上目立たれるのは我が国にとって不利になりますので」

「と、いうと?」


「議題にあります、瓶詰にございます。シルバの枢機卿は瓶詰について極めて否定的、神の摂理に逆らう異端のものである、との決議を検討しておりましてな」

「であれば、瓶詰工場の設立など、確実に止めねばなりませんな。我もその効能については疑問を覚えておりましてね。腐らない食物などありえるはずがない、と。売れぬものを大量に作るなど、国庫をどぶに捨てる様なものですから」

「でありますので、フランソワ嬢にはただの尋問ではなく、異端尋問を行いたく。幸いにフランソワ嬢はまだ若年。矯正の機会は多くございましょう」

「うむ、シャルロイド公爵もきっとご理解頂けることだろう。公爵令嬢は公爵令嬢らしく、品格を持っていただかねばならぬからな」

「誠に同意にございます。聞けば許嫁もいないとか…反省の色があれば、息子に立候補させても良いのですが」

「ふむ、家柄は申し分ありませんしな。魔法が使えないことが懸念ではありますが…孫には隔世遺伝することもありましょうし」

「はは、スタインベルク伯爵、その際はどちらの家に嫁がせるのか、くじ引きでも行いましょうか」

「それは愉快、承知いたしました、確約させて頂きましょう」


「はは、今日は実のある夜になりそうですな。ささ、スタインベルク伯爵。政談は仕舞いにして、そろそろ余興と参りましょうか。今宵は我が方で負担させて頂きますゆえ」

「それではご相伴にあずかろう。返礼はいずれ」

「承知いたしました。これこれ」


 グラウベンが両手を二度ほど叩くと、豪奢に着飾った高級娼婦らが酒と食事を持って現れた。

「さ、スタインベルク伯爵、どうぞ好みの女子をば…」

「ふむ、そこの水色の着物を来た女子にしようか。ほれ、隣に来ると良い」

「旦那様、嬉しいでありんす」

 しずしずと娼婦が席に着く。スタインベルク伯爵の指名は一番幼さが残る女子であった…。

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