第81話 アリア皇国貴族院本会議場にて
アリア皇国、貴族院本会議場--
「そもそも、フィヨルド王国の亡命を王権の独断で受け入れるとは何事であるか。しかも議会を通さずに! これは憲法に禁止される、王権の逸脱に等しい。即効帰国させるべきである!」
伝統王権派のスタインベルク伯爵の詰問が続いていた。
今日はいつも以上にしつこいわね、と上段の皇王席で拝聴するビアンカは思う。
総勢413名、ビアンカ皇王を入れて414名がひしめき合う、アリアの中枢機関であり、絶対不可侵な立法府。
それこそがアリア貴族院であった。参加資格は男爵以上の貴族位を所持する当主のみ。平民の政治参加は認められていない。これがアリア貴族院、そしてアリア政治の実態であった。
「カタルーニャ法務卿!」
議長が指名を告げ、カタルーニャ法務卿が壇上へと上がる。
「根拠法令は入国管理法は第75条にある通り、『アリア皇国は祖国での迫害の恐れがある場合、難民として亡命を認める』との記載に則ったものとなります。事実、我が国は過去にも迫害されし科学者や技術者など数多くの亡命を認めておりますば、法令上は一切の問題がないと考えます」
スタインベルク伯爵が再び挙手。
「スタインベルク卿!」
再び、議長の指名。
「数が多すぎると申しておるのです! 2000名の一挙亡命など聞いたことがない! その為に我が貴重な兵力である第三艦隊を国王の独断で動かし、あまつさえ『瓶詰め』なる珍奇なものの製造で王都に悪臭を撒き散らし、それも無償で献上するなど、我らはフィヨルドの風下に降った覚えはありませぬぞ!
さらには『工場』なる大型施設を開発するという! しかも5万金貨という大金、国家予算の1パーセントに及ぶ規模ではありませんか! 貴族院どころか、神聖なる予算すら軽視するとは言語道断、この予算は通せませんぞ!」
そうだ、そうだとヤジの声。カトリーナ財務卿が挙手。
「今回の亡命に、国庫予算はビタ一文も手をつけておりませんわ。全て王家の資産より供出しております。また、アリア王国軍法第25条にはこうありますわ。『国王は緊急を要する場合、貴族院の承認なしに必要最低限の軍を動かすことができる』、すなわち第三艦隊の派遣もなんら問題はございません。必要最低限の兵力ですわ。損害もほとんどありませんもの」
「損害はあったであろう! 近衛兵に50名の犠牲が出たと聞いている!」
「失礼ながら、スタインベルク卿」
今度はロックバード軍務卿であった。
「近衛兵団についてはアリア皇国軍法ではなく、近衛騎士団法に則ります。近衛騎士団は皇王の私兵、一切の制約は受けませぬ。無論、尊い犠牲が出たことは私としても残念に思う次第であります」
今日は長引きそうね…。
ビアンカはつい、嘆息したのであった。
「な、長かったわ…」
議会の散会は夕刻、定時を迎えるまで続いた。スタインベルク伯爵の他にも伝統王権派からの否定質疑が多数。革新連盟からの擁護質疑がいくつか。経済実利会からも工場の収支について疑問符。聖典保守党はいつも通り反対反対のオンパレード。
流石のビアンカも疲労困憊であった。とはいえ、休んでいる暇もない。質疑は明日も続くのだ。3月の新春祭を終えて新年度が始まり、今まさに今年度の予算案を策定している最中である。予算編成はいつも大揉めなのだが、今年は特に圧が強い。
「この様子じゃ、予算成立が五月になるわ。暫定予算は…」
どかっ、とビアンカが自席へ遠慮なく腰を放り下ろした。
「通常執行分は確保済みじゃよ」
「流石アキテーヌ…それじゃ、整理しましょ。この様子じゃ明日も総攻撃だわ。その前に、ヒルダぁ、お願い~」
女官長のヒルダがしずしずと現れた。
「米酒の方がよろしいですね。お食事も手配済みです」
「さっすが、良く分かってる!」
今日の夕飯はここで済ませた方が良さそうね。枢密院で食べるの、味気ないのだけれど。
同座したのは五大閣僚のうち、アキテーヌ内務卿、ロックバード軍務卿、カタルーニャ法務卿、カトリーナ財務卿の4名である。アルプミティ外務卿は所用あり国外出張中であった。
「多少の譲歩は必要になるかと」
米酒のグラスが置かれるや否や、カトリーナ財務卿がそれを一気に飲み干した。彼女、実はアリアでも有数の酒豪である。米酒の1合や2合は水、一升から本番、と言い張るとか。駆け付けの一杯は喉を潤すことが目的である。
「10万本、無理?」
「無理です。販売ルートもございませんわ」
「ベアトリスが上手くやってくれないの?」
「商人は魔法使いではありませんのよ、陛下。明日の午前に打ち合わせを用意しておりますの。ご同席されます?」
「する、議会よりいいわ。聞いてるだけなのだし」
ビアンカの述べる通り、貴族院に置いてビアンカは一切の議決権を持っていない。元首としての方針演説と質疑に対する解答権は有しているが、逆に言うとそれだけの権限である。
そもそも質疑の回答は五大閣僚でほぼ全て賄えるから、ビアンカが貴族院へ出席する必要性はないのだが、それでも議会に顔を出しているのは『皇王は貴族院を重視している』という無言の表明をする為であった。
「実際に確定している販売先がアリア皇国軍だけですな。いかに民間に周知させるかが課題となりますが…」
「オルスよ、そこでちょいと厄介な情報が入っておる」
アキテーヌ内務卿が鯖の箱詰めを口に押し込んだ。
ちなみにオルスとはロックバード軍務卿の名である。
「と、言いますと?」
「ほれ、聖典保守党がわめいておっただろ。いや、きゃつらが喚くのはいつもの事じゃが、教会として瓶詰は認可できないと申しておっただろう」
「瓶詰は時間の経過を物理的に一時停止する…則ち、神の意志に反するという理屈ですね」
カタルーニャ法務卿はフキの天ぷらを摘まみ上げる。独特の苦みがまた酒に合うのだ。
「カタルーニャの言う通りじゃ。となると…アルプミティがおらんが、外交的に厄介でな」
「あー、理解したわ。シルバで瓶詰の禁止が出る可能性があるのね」
ビアンカは鴨肉のローストをむしゃむしゃと。各人思い思いに好きなものを食っていた。
「ですなぁ。フィヨルドにはある程度卸せると思うが」
「当面はアリア国内での消費が現実的?」
「そういう事になりますな」
「んー、なら、月産1万本がいいところかしら」
「そうじゃな、陛下。それがいいところじゃろ」
「そしたら工場の規模を下げて、初期投資を下げればどうなるかしら。妥協してくれる? 特に伝統王権派だけれど」
「なんとも言いがたいところですわ。根回しはしておきますけれど、それでも大金ですの。1万~2万の金貨が必要ですわ」
アキテーヌ内務卿に変わって、カトリーヌ財務卿が答えた。
「どうして? 10万本が1万本になるなら、初期投資も5万金貨から5000金貨になるんじゃない?」
「ほっほ、陛下。初期投資額は大幅に削減できぬのですよ。生産ラインは小規模化できますがな」
再び、アキテーヌ内務卿。
「そしたらコンスタンに売れないの? アルプミティ外務卿なら上手くまとめてくれると思うのよね、国交樹立」
「調印までは問題無しと考えますが」
カタルーニャ法務卿、次は根菜類の煮物である。口腔で溶けた芋を米酒で洗い流した。最高の贅沢である。
「貴族院承認は相当困難になりそうです」
「そりゃね、東側と国交を結ぶ、なんて前代未聞だもの。でも、必要なことよ」
「つきましては、貴族院への審議は予算成立後としたく」
「その方が無難ね」
「瓶詰の販売はそれ以降になるかと」
「そもそも、工場の竣工が来年になるんじゃない? 開墾は順調と聞いたけれど、設計図も上がっていないでしょ?」
「ほっほ、何しろ工房と言うには規模が大きいのでな。内務省総出で取り掛かっておりますわ」
「そういえば、セドリック研究会の動きはどうかしら?」
「ふふ、陛下、エラリー・ド・シャトーブリアンは中々の動きでしたわ。見事にシャトーブリアンの金庫を開けさせましたもの。同行するアルフォンスなる、ベアトリスの弟君も中々の商才で。将来が楽しみです」
「父親の方はまだ疑問符、という感じだったけれど?」
エラリーの父、シャトーブリアン男爵は経済実利会の重鎮である。まさに工場設立に対する質疑がなされたばかりであった。
「工場規模を削減して、予算規模を減らし、明確なリターンを示せば十分に応じる可能性はある、と踏んでおりますわ」
「なら、良いけれど…。フランソワは?」
「さて、ニコラスとマルタには指示をしておりますがの、帰国してからお目にかかっておりませんなぁ」
「えっと…二人ともフランソワの学友よね。蒸気機関と瓶詰のレパートリー拡大を依頼していたわよね」
「特に蒸気機関ですなぁ。そろそろ報告が上がる頃じゃろ」
「私はレパートリーの方が気になるわ。フランソワなら何か良いアイディア、持っているんじゃないかしら?」
「でしたら陛下。気分転換に王立学院へ訪問されるのも手ですわよ」
「カトリーナ卿、素敵なアイディアだわ。少し議会から離れたいし、とはいえ週末になるわね」
「では、巡幸の手配を行いましょうか?」
ロックバード軍務卿は黙々と酒を飲むタイプである。
「それだと面倒だわ。『アン』の方でいいわよね」
「であれば、せめてアレフをご同行頂きたく」
「ほっほ、オルスも良い事を言うではないか。そうじゃぞ陛下。うら若き乙女が政治などという腐った世界に身を投じ続けるのは御身に良くないわ。若いもの同士で楽しんでくると良い。なんならリュンヌで一泊されても良いのじゃぞ」
「グリス、酔いすぎだぞ。ヒルダ女官長、申し訳ないが水を三杯ほど、頭からかけてやってくれ」
リュンヌはアリアの花街、そしてグリスはアキテーヌ内務卿の名である。
「じゃあ既成事実を作ってくるわね! アレフが腰抜けじゃないことを祈るわ!」
「それこそ前代未聞ですぞ…」
カタルーニャ法務卿が呆れかえる。ちなみに彼の締めは五目飯の茶漬けであった。




