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第80話 元フィヨルド国王エドワルドのスローライフ

 それから、およそ2週間後。

 4月下旬。


「おらっ!」

 フィヨルドのガストン大佐が全力で鍬を打ち込むと、鋼よりも深く土に食い込んでいた木の根がばき、と折れてグラついた。おお、と兵士らから歓声が上がる…あいにく、鍬も取手から真っ二つに折れたのだけれど。


「ちっ、弱ぇな。クリストフ、もっと固ぇのはないのかよ。鋼の鍬をとかよ」

「あるわけ無かろう…。こう言うのは力任せではなく、技量を用いるのだ。みていたまえ」

 今度はクリストフが打ち込んだ。確かに鍬は折れなかったが…。


「ぶはっ! クリストフ! お前根に届いてねぇじゃんか! ぶはは!」

「む、むう…開墾とはなんと困難なことか…」

「何をしておるのだ…」

「おう、ヨハンのおっさん! この切株がよ、硬くて邪魔なんだわ」

「ほれ」

 ヨハンが土魔法を唱えると、たちどころに土が脇によけ、木の根だけが露わになった。

「あとはノコギリでも使えばよかろう」

 唖然とするガストンとクリストフを他所に、ヨハンが悠々と立ち去っていく。

「なぁ、クリストフ」

「なんだ、ガストン」

「魔法は卑怯じゃね?」

「みなまで言うな…」



「おう、ヨハンか、皆の様子はどうじゃ?」

 今度はヨハンが驚いた。素朴な作業着に身を包んだ好々爺…それこそ、フィヨルド国王、エドワルド・フォン・フィヨルドその人であったからである。

「陛下、何度も申し上げたとおり、開墾は我らが行います故、どうかごゆるりと過ごされるよう…」

「何度諌言されても聞かぬぞ、ヨハン。こうして身体を動かしてみるとなるほど楽しいものじゃ。それに、ビアンカ皇王との約束もあるでな。いつまでもアリアの世話になるわけにはいかぬ」

 そう言って、自ら腰をかがめ、石ころを拾い上げた。

「いずれにせよ、そろそろお時間ですので…」

「おお、そうじゃった。アンナ殿が来られるのだったな。どれ、我らの成果を見てもらうとするかのう」


 アリア皇国内務省農業振興局のアンナはやや異色の経歴を持つ人物である。出身はアリア本島西部の平野部であるが、実家が決して裕福というわけではない。数ある小作人…零細農家の一人であった。

 ところが彼女、地元の寺子屋でメキメキと頭角を表し、いつしか地主より納税担当として、数千ヘクタールの収穫を一手に管理するようになったのである。その内に彼女は気づいたのだ。

「天候は変わらないのに、年度ごとに作付けの差が出る」

 ということに。


 様々な作付けを試すうちに、どうも『芋』と『大豆』と『稲作』の連作が効果的らしい、ことに気づいたのだが、ここが独学の限界。理屈がどうしても分からず、一人で唸っていたのだが…。

 それであれば、と地主の懇意で学費を捻出してもらったアンナは地方の教育機関へと進学し、そこで農業科学理論を徹底的に研究し尽くして、今や農業振興局の若手ホープとして、フィヨルド王国軍の開墾指導という大役を拝任するに至ったのである。


「2週間ぶりですね、おじさま。開墾も順調そうで何よりです!」

 アンナはそばかすが愛らしい、20半ばの女性である。童顔で小柄なせいか、未だに成人扱いされないことに密かなコンプレックスを抱いていた。

「おう、おう。アンナ殿、よう来てくれた。どうじゃ、我が軍の成果は」

「予想以上ですっ! もう抜根まで始めているなんて。そろそろ、作付けを検討しても良さそうですね」

「そうじゃの、そうじゃのう。秋には小麦が実ろうか」

「生憎ですけれど、おじさま。小麦を植えるにはすこーし時期を外してしまっているの。でも、大丈夫です! この時期に合う作物を用意してきました!」


 補足するまでもないが、応対しているのはエドワルド王である。そもそもアンナは田舎出身の庶民である。敬語はどうも苦手なのだが、そこはガストン大佐を抱えるエドワルド王であった。敬語の強要をしなかったのだ。むしろ『おじさま』と呼ばれる事に新鮮さも覚えているようである。


「こちらです、どうぞ!」

 麻袋からタネを取り出す。ほう、とヨハン。

「蕎麦であるな」

「そうです、ヨハンおじさま! 蕎麦はいいですよ、3ヶ月くらいで収穫できますから!」

「大豆もあるな、嬢ちゃん」

 ガストンであった。続けて。

「この、赤い珍妙なものはなんだよ?」

「これは『サツマイモ』です!」

「はて、サツマイモとは…初めて耳にするが…」

 エドワルドがヨハンを見た。ヨハンも首を横に振る。

「このサツマイモとやらは、ガストーネが手に入れたという『白き芋』とは違うのか?」

 ヨハンが尋ねた。

「多分それ、ジャガイモですよね。ジャガイモは寒冷地に強いので、フィヨルド王国での作付けは正解だと思いますよ。でも、アリアのような温暖な場所はサツマイモ一択です!」

「『赤き芋』ということじゃな。ほっほ、簒奪者ガストーネと対抗するのにこれ以上の作物はあるまい」

 エドワルドがかか、と笑う。


「紅白はアリアでも縁起のいいもの、として知られるんですよー! これを、一旦全部植えてください! なので区画を三つに分けます。石ころが残っているところはサツマイモ、水辺に近いところは大豆、それ以外のところに蕎麦、という具合です! そしたら秋くらいには収穫できると思うので、次にローテーションをします! 石ころに秋麦、水辺は一旦おやすみです! それ以外のところには大豆を植えます!」

「ほう、秋麦とな。であれば来春にはパンを作れよう」

「その通りです! 個人的には水田がお勧めなんですけれど、文化的には小麦の方がいいと思うので! それに、来年からは野菜も育てていただく予定ですから、並行して斜面に段々畑を作っていただく流れになります!」

「聞いておるぞ。瓶詰め工場、とやらに納品するのじゃな」

「その通りです! でも、まずは抜根を終えて、整地を進めましょう。あと、伐採した木とか草は捨てずに取ってありますよね?」

「うむ、アンナ殿の指示通り、一箇所にまとめておるぞ」


「そしたら今日は草木灰を作りましょう! 簡単です、火をつけて燃やすだけなので! 完成した灰は全体的に撒くんですけれど、特に石ころエリアには重点的に、水辺エリアは少しで大丈夫ですので。サツマイモに効くんですよ、あれ!」

「では、早速取り掛かろうかの」

「日暮れ前に終わらせましょう! 今日も美味しいビールが飲めそうですね!」

 そこでアンナがあは、と笑った。

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第2話と3話、改訂修正しました(2026年5月11日)

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