第77話 歩くハイネス
「フランソワさん、お昼はみんなで食堂で食べるのよね。ウェンディとはそこで待ち合わせしているのだけれど…」
「その通りですわ、フロリーナ殿下」
努めて冷静に話すように心がけているわ。当たり前だけど私が対応する羽目になったのよ。ニコラス、今なら王女様とお近づきに…あなた全力で首を横に振るんじゃないわよ。「アリアの男は情熱の塊」って言ってたじゃない。
マルタは目を逸らすし。他の人もよそよそしいし。
そもそも自然哲理学部って悪口を差し引いても圧倒的に平民と下級貴族の割合が高いのよ。魔力って遺伝するから、当然爵位が高い方が魔力が高いわけで。
そんな彼ら彼女らにいきなり王族の相手をしろ、というのが無茶なのは分かっているけれど。
というか。
「あ、あの…どうしてフロリーナ殿下は自然哲理学部に?」
「もちろん」
春風に舞う桜のように穏やかで優しげな笑顔を見せられたわ。
「フランソワさんと一緒にお勉強するためよ」
「こ、光栄ですわ…おほほ…。え、エラリー!」
「わ、わたし?」
「あなたも貴族でしょう、貴族たるもの王家とのお付き合いも学んでおかないと。さ、行きますわよエラリーさん!」
「ええ…」
他の子らは…遠巻きでヒソヒソ話をしないで、入学の時を思い出すから!
あの時も『公爵家対その他』みたいな感じでそれはそれはびみょーな空気だったのよ。
嫌がるエラリーを連行して学食へ。
直立不動の女騎士がいたわ。ウェンディさん。銅像かと思ったわ。
「お待ちしておりました、フロリーナ殿下!」
周りが途端にざわついたわ。
極めて正常な反応ね。第一フロリーナ殿下、目立つのよ。女の私でも美人だと思うくらいよ、男の子なんてイチコロじゃないかしら?
「お待たせしてごめんなさい、ウェンディ。あら、ハンスは…?」
「はっ、ハンス殿はご友人との会食があるとのことであります!」
逃げたわね?
逃げたよねハンス?
「ウェンディさんはどの学部に…?」
一応聞いてみたわ。
「魔導真理学部であります、フランソワ様!」
「さ、様はいらないので…その、学院では上下の区別なく学ぶ事を命題としていますので、普通にフランソワで構いませんわ」
「しかし! フロリーナ殿下からは旧恩があるゆえ、くれぐれも粗相のないよう言いつかっております!」
「あ、はい」
ウェンディもウェンディだわ、どうにかならないのこの主従は!
「ウェンディは魔法の才能は高いけれど、その…少し真っ直ぐすぎるところがあるの」
「お褒めいただき、光栄であります!」
バカってことでは?
「ともかくフロリーナ殿下、食堂へ入りましょう。人だかりができて参りましたので…」
「あら、大変だわ。ところでビアンカお姉様から聞いたのだけれど、食堂では上下の分け隔てなく、皆さんで同じものを食べるのよね。私、粗相せずに過ごせるかしら…?」
貴女は何をしても大丈夫です!
◇◇◇
「まぁ、三種類から選ぶのね。私、実はお肉が大好きで…はしたないかしら? フランソワさんはどうするの?」
「私は基本魚とライスです」
素敵、今日はサバの塩焼きとお米の定食ね。
「そうね、私もそうするわ。お箸を使うの、久しぶりだけれど」
「フロリーナ殿下、どなたにお箸を?」
聞くまでもないけど。
「もちろんビアンカお姉様よ。アリアに来たからにはナイフとフォークだけじゃなく、お箸も使えないと一流の淑女とは言えないのでしょう?」
「そ、そうですわね、ほほほ…」
ビアンカ、余計なことしないで。
「で、では不肖ウェンディ、私も魚料理で…」
「ダメよ、ウェンディ。お箸ってとっても難しいの。今日は我慢してね。今度一緒に練習しましょう」
「フロリーナ殿下…! 恐縮至極でございます!」
「あ、あの…後ろが詰まっているので…お早めに…」
「あら。ごめんなさい、大騒ぎして…」
後ろの男子生徒に申し訳なさそうに頭を下げたわ。完全に硬直してるわね…あの子…。
「席次は決まっているのかしら?」
「いいえ、自由席で…エラリー、あそこはどう?」
「ア、ウン、イインジャナイ?」
エラリーが崩壊してたわ。さっきから静かだと思ったのよ。なんだかこう…ビアンカと違うのよね。歩くハイネス…実際高貴な人なのだけれど、令嬢力がカンストしてるのよ。深窓の令嬢そのままというか。
流石に今回は下座じゃなくて衝立の向こう側、上座にしたわ。
目の前のテーブルが勝手に空いたから、そこを拝借したわ。これだけですっごく疲れたわね。エラリー、令嬢力がマイナスになっていてよ。
「それでは、いただき…」
「フロリーナ殿下!」
ドタバタと集団が走り込んできたわ。生徒会ね。先頭は…。
「あら、ギリアム先輩」
「先輩?」
フロリーナ殿下が首を傾げたわ。そんなフロリーナ殿下を他所に、ギリアム先輩以下、生徒会が全員跪いたの。
「ご挨拶が遅くなりましたこと、平にお詫び申し上げます! 私はこの学院の自治組織、学院生徒会にて会長を務めさせております、ギリアム・ランス・ド・プロヴァンスと申します。フロリーナ殿下の拝謁が叶いましたこと、至上の光栄に存ずると共に、ご入学を心よりお祝いさせていただく所存にございます」
よく見たら後ろにヴィクトールもいるわね。一応生徒会だったわ。というかギリアム先輩、留年中でも会長職のままなのね。
「ギリアム殿、先日は大変お世話になりました。こちらこそ、お会いできて嬉しいわ。それより、フランソワさん、一つ聞きたいことがあるのだけれど…」
「なんでしょう、殿下」
「その、『先輩』、というのは?」
「平民の言葉でして…。少し目上で、フランクな敬意を示すのに使う言葉ですわ」
「まぁ、素敵! それでは、フランソワ先輩、と呼ばせていただきますわ」
「なんて?」
思わず声が出たわ。ポーカーフェイスは淑女の基本なのに!
「それから、フランソワ先輩、ギリアム先輩も、お願いがありますの。私、特別扱いされるのは嫌なのです。ですので、お気になさらず「フロリーナ」、あるいは「フローラ」と、気さくに呼んでくださいませ」
ビアンカとフローラ?
なんだか魂の奥が震えるような名前ね?




