第75話 カスパー教授の小さな逆襲
数日後、王立学院
平和ね…。
とても、平和だわ。何しろなにも無いの。
魔法大会とかグランド・ディベートとか戦争とかなにも無くて、とにかく平和で締切もないの! これでようやく私も本分である学業に専念できるのよ。こんなに幸せなことはないわ。ただ。
これがカスパー先生のロスタルシア古語の補講じゃなければね!
「…であるからして…この単語は…光の他に…ひらめきという意味があり…」
眠くなるの、この先生! ボソボソしゃべるから!
春の陽気に照らされた午後の教室なんてただでさえ眠くなるのに、聞いてる内容はぜーんぶ私が進学前に独学したやつばかりなのよ。セドリック先生の補講なら百回でも受けられるけれど、カスパー先生は無理、ホントきつい!
そもそも非効率じゃないかしら、そりゃロスタルシア古語は大事よ、大事なのはわかるの。魔法の詠唱って全部ロスタルシア古語だから、魔導真理学部は必須だし、自然哲理学部だって古代文献を読むには必要だもの。
でもね、わざわざ知っている内容を『出席日数』の為だけに聞き直すのは非効率だわ。
私が生徒会の会長にでもなれたら速攻で学院長に訴えるのだけど。
「知ってる内容を繰り返すのは無駄ですっ!」
って。
…まぁ、生徒会の会長は伝統的に魔導真理学部から選ばれるから、私が選出される可能性はゼロに等しいけれど。そういえば次期会長ってどうなるのかしら。今まではギリアム先輩だったのだけど、先輩も今や留年生だし。
元々はグランド・ディベートで戦ったヴィクトールが候補だったらしいけれど、選考しなおしという噂だしね。ヴィクトールが生徒会長か…いやだわ、息苦しい学院になりそう。教義優先のがり勉タイプだし。
「…くん」
なによ、今思考で忙しいのよ。
「フランソワ…くん…この単語は…」
「はいっ! ええと、『崇高な恵みにより、あらゆる生命が歓喜に震えるだろう!』ですね?」
「ここの…ファンリャンは…ひっかけで…神とか皇帝ではなく…同音異義語の…キビのこと…つまり…『今年もキビが豊作でした』…という…記録記事…。ちゃんと講義を聞くように…」
「失礼しました! はい、しっかり聞いています!」
なんだか毎回、カスパー先生とは同じことをしている気がするわ。
ところで。
「あの…シオンはいいんですか?」
「…彼は…諦めた…」
諦めてたわ。
ちなみにシオンは私の隣で鼻提灯を作ってたわよ。
◇◇◇
「よくねた」
「良く寝たじゃないのよ…」
そもそも私とシオンが同じ講義を受ける、というのが珍しいのよね。学部が違うから。
さっきも言った通り、ロスタルシア古語は全学部必修だから、補講組同士同じ時間でやったほうが効率的、というわけだけれど。
そもそも補講で熟睡できる根性が凄いと思うわ。シオンってば普通に進級が怪しいわね。別にいいけど…良くないかしら。
「ギリアム先輩にも言われたじゃない。詠唱を覚えろって。古語は必須よ」
「と、言ってもさ。俺の魔法、何の属性なの?」
「…そうね?」
何度目かの確認になるけれど、シオンの魔法は唯一『消去する』という効果なのよね。他の魔法は炎でも水でも雷でも、『顕現させる』効果なのだけれど。
「真似して炎系統の魔法とか、詠唱してみたけれど、発動しなくてさ」
「属性適性が無いのかしら?」
「わかんね」
「わからないわね」
確かに魔力検査では『漆黒の闇』というに相応しい色合いだったのよね。
闇って何かしら。闇魔法? 昔話で読んだ気がするわね。確か神様が天地をお創りになられた後に、光と闇の争いがあった…くらいの話だけれど。文献が少なすぎて分からないわ。神話の類もさっ、と目を通したけれど、詠唱っぽいのは無かった気がするし。それとも原典を当たれば出てくるのかしら? もしかしたらカスパー先生ならご存じかもしれないけれど。
「…聞くのは最終手段にしたいわね」
仮にご存じだとしても、あのボソボソで解説されたら流石の私も寝落ちする自信があるわ。前にも寝落ちしたし。
「この後、どうする?」
「そうね、講義も終わったし、研究室に行こうかしら」
「休めばいいのに」
「だーめ、研究に休みはないの。やりたいことは沢山あるのよ。瓶詰の実験で観察した、謎の小生物とか」
「へいへい…。俺はアルフォンスの所でも行こうかな」
そんな話をしていたらね。
「お二人さん、補講は終わったの?」
当のアルフォンスが現れたわ。
「今終わったところ。よく勉強した」
「いや貴方寝てたじゃないの」
「カスパー先生だろ、僕も苦手だね…それより、ビックニュースだよ」
「ビックニュース?」
「ああ、ハンスが戻ったんだ!」
シオンと顔を見合わせる。
「それはビックニュースだわ、行きましょう!」
「おう、暇だったし」
「せめて補講の身分という自覚くらい持ってくれない?」




