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第74話 フィヨルド亡命政権樹立

 同じころ、アリア王宮。


「此度は我らの亡命をお受け入れ下さり、感謝の言葉もございませぬ。亡命を選びし全ての勇者に代わり、ビアンカ皇王陛下には伏して御礼申し上げますぞ」

「エドワルド陛下、私は若輩故に上座は遠慮させて頂きとうございます。さ、エドワルド陛下、私に代わり上座へ」

「ならぬよ、ビアンカ陛下。我らは敗軍の将、我が上座では示しがつくまい」

「では、せめて同列に」

「であれば、ビアンカ陛下のご配慮を有難く受け取ることとしよう」


 亡命を受け入れたアリア皇王ビアンカと、アリアに到達したばかりのフィヨルド国王、エドワルドとの式典が開かれていた。


 アリアの参列者は五大閣僚、フィヨルド側はヨハン辺境伯やクリストフ准将以下、主だった面々が勢ぞろいという豪華さである。(フィヨルドのガストン大佐は『政治的配慮』により外された)


 だが、その綺羅星のごとく輝く文官・武官の面々とは異なり、ビアンカが応対した謁見の間、則ち『刻銘の間』は静寂に包まれた、凛とした空気が張り詰める場所であった。

 装飾を極限までに削ぎ落し、ただ広々とした空間だけが『そこにある』。無いことが最大の装飾と言わんばかりの広間に、フィヨルドの猛者どもの誰も彼もが息を飲んだのである。

 ただ、唯一の装飾ともいえるものは、ビアンカの前に置かれた一つの花瓶のみ。

 その淡い桃色の花だけが、唯一の色であった。


「それでは、条文を確認させて頂きとうございます」

 上奏はカタルーニャ法務卿である。


「一つ、アリア皇国はフィヨルド王国に居住地たる土地(以下『居留地』)を与える」

 朗々と述べた。条文は下記のとおりである。

 一つ、フィヨルド王国軍は居留地を適切に管理するものとする

 一つ、当面の間、食料その他居留に必要な物資はアリア皇国より提供するものとする

 一つ、フィヨルド王国軍はアリア皇国の要請に対し、誠心誠意務めるものとする

 一つ、フィヨルド王国軍は将来的な自立のため、開墾その他の労務を行うものとする

 以上の五条件である。


「事前にアルプミティ外務卿より申し伝えた通りと認識しておりますが、エドワルド陛下、異存はございますでしょうか?」

 ビアンカが尋ねると、否、とエドワルドが答えた。

「概ね異存はござらぬ。むしろビアンカ陛下には我らをこき使うつもりで扱ってもらいたい」

「ご冗談を…いずれフィヨルドの地を復元されるものと期待しておりますわ」

「うむ…それでは一つ、条文を追加頂きたい。これは船中で思いついたものよ。我が閣僚の認可は得ておる」

「なんなりと」

「我らの居留地を借地とし、フィヨルド亡命政権として王室を存続させたい。なに、『新領主』たるガストーネへの嫌がらせよ」

 ビアンカがアキテーヌ内務卿に目くばせをした。アキテーヌが静かに頷く。

「当方も異存はございませぬわ。では、文書修正の上、調印式を」

 うむ、とエドワルド王が応じる。

 滞りなく調印式がなされ、その場は散会となった。



「改めて御礼申し上げますわ、ビアンカ陛下」

「やめてよ、フロリーナ…くすぐったいわ」

「ふふ、それじゃあ、いつも通りに。でも、本当にありがとうございました、ビアンカお姉さま」

「あら、まだお姉さまと言ってくれるのね」

「無論ですわ」


 ビアンカと、フロリーナの二人であった。

 散会ののち、アレフ率いる近衛騎士団の閲兵式があり、盛大な見送りを行った後である。密かにフロリーナのみ、私室に呼び出していたのだった。


「でも、お姉さま。どうして亡命なんて思いつかれたの? 私が素直に応じると思いまして?」

「微塵も思わなかったわね! あなたの事だから、どうせ『最後の一兵まで戦う』くらい言うと思って」

「流石ですわ、よくお分かりに」

「まーね、なんだかんだ付き合いは長いし。正直、運が良かったのよ」

「運、ですか?」

「そ、フランソワが以前、不法入国をしたでしょ」

「フランソワさん。ええ、素敵な人だったわ。つまり…?」


「ヨハン辺境伯と取引をしたらしいじゃない、あの子。ついでに瓶詰とか開発しちゃってさ。ヨハン辺境伯とは面識が無かったけれど、フィヨルド王国は基本的に貴女のことを敬愛しているだろうから、むざむざ心中はさせたくない、と考えるはず…と、踏んだのよ」

「つまり、フランソワさんの瓶詰をテコに、ヨハン辺境伯はじめ閣僚を動かせば、あ流石の私でも渋々従うかもしれない。そういう事ですの?」

「そんな感じよ」

「ふふ、概ね合っていますけれど、私が亡命を選んだのは、別の考えがありましたの」

「別の?」


「ええ。エドワルド陛下が申し上げた最後の条文、あれは私の案ですから」

「そうなの!?」

「ふふ、ガストーネは地団駄を踏んでいるんじゃないかしら? フェンリル・ベルクから撤退するときに、手元に残っていた瓶詰をガストーネに『下賜』してきましたの。フランソワさんと一緒に、文を残してきたのですわ」

「文?」


「瓶詰は王家からの下賜である、好きにお食べなさい、故郷まで気を付けて帰るように、と。フランソワさんは食べ方について書いていたわ。それから、ヨハン辺境伯はガストーネ宛てに。ビザンティオンよりアリアの方が進んでいるから、お前も目を覚ませ、という内容ですわ」

「だからか」

「何がですの?」


「あなた達が来る前に、フィヨルド王国から通達があったのよ。『フィヨルド王国は故あって王家が亡命したため、当面の間ベルシュタイン・フォン・ガストーネが『執政』として国を保持することとなった』って」

「あら、残念。王家を名乗ってくれればよろしかったのに。簒奪の汚名を授けるつもりでしたの」

「えげつないことを考えるわね?」

「ふふ、滅相もない」

「ガストーネ閣下…と言えばいいのかしらね。一筋縄では行かないわ。統治の正統性を考えると、執政というのはとても適切な判断よ。ともかく、そのための亡命政権ね」

「その通りですわ」

「フロリーナも政治家として成長したじゃない」


「お褒めに預かり幸いですわ。そうでした、ビアンカお姉さま。一つお願いがありましたの」

「なぁに、フロリーナ」

「折角の機会ですし、王立イスタルシア学院に進学させて頂きたくて。留学生も受け入れてくださるのでしょ?」

「それは…そうだけれど。でも、王家の留学生は前例がないわよ」

「ふふ、前例なんて。ビアンカお姉さまが気にされること?」

「いいえ。どちらかと言うと警備の方」

「あら。わたくし、大抵の魔法使いよりは強いですわ」

「知ってるけど…せめて護衛をね?」

「でしたら、ウェンディはご記憶にあって?」

「ああ、あなたの手紙を持ってきた」

 そもそもの亡命受け入れはウェンディが持参した、フロリーナからの救援依頼に端を発していたのである。


「ええ。ウェンディは私が最も信頼する騎士ですわ。ウェンディと…あと、そうね。ハンス・ベルクを護衛につける…というのはどうかしら?」

「ハンス…フランソワの友人ね。強いの?」

「残念ながら、強くはありませんわ。でも、陛下も認める『智者』ですの。あのグルンクルス会戦でフィヨルド王国軍がほぼ無傷で帰還できたのは、ヨハン辺境伯の策もあれど、ハンスの機転も大きな助けになりましたのよ」

「面白そうな話ね。何をしたのよ」


「単純ですけれど、シルバの輜重に手を付けて、看板を残したそうですわ。『シルバ産高級シルク、10銀貨相当』という風に。ガストーネ軍はお宝の奪い合いで同士討ちまで始めたそうですわ」

「なかなか楽しい策じゃない。見たかったわ」

「お姉さまならそういう話、お好きですよね。それで、いかがですか? わたくしの留学、認めてくださいます?」

「そこまで言うなら構わないわ。学部はどうする? 貴女なら魔導真理学部でトップになれると思うけれど」


 通常、魔法適正の高いものは魔導真理学部に進学する。まさにアリア魔導の真髄たる学部だからだ。

 だが。


「そうね、ハンスは魔導真理学部と聞いているわ。ウェンディも同じ学部がいいかも。ただ、私はね」

 そこで、流石のビアンカも仰天したのである。


「フランソワさんに感銘を受けたの。ぜひ、フランソワさんと一緒に自然哲理学部の門を叩きたいわ」


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