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第73話 マクシミリアン、アリア上陸

 それから、一週間後。

 4月1日、エヴェイユ港。


 エヴェイユは遠浅の海であり、本来は港湾には不向きな場所である。それにも関わらず、アリアでも有数の貿易高を誇るのは則ち一大消費地であるアリア王都に最も近い港、という地理的な要因が大きい。


 アリア最大の貿易港であるシャルル港は港湾からすぐに深くなる、という天然の良港としての要素を備えているが、エヴェイユ港はそれとは異なるため、『王都の腹と欲望を満たす』ために、様々な工夫が施されていた。


 その一つが、エヴェイユ港の特徴である浮き桟橋である。

 陸地より100~200メートルほど離れた場所に、波に揺られてぷかぷかと浮かぶ桟橋がいくつも点在している。そして、陸地より伸びる連絡橋。大型船はその浮き桟橋に接舷し、人と積み荷を降ろすのだ。


「ほう、これがアリアか! 噂通り田舎じゃの」

 タラップを降り、浮き桟橋に立って一言目。ふてぶてしい中年が遥か陸地を眺めながらそう言った。


 マクシミリアン・アルブレヒト・オットーである。


 グルンクルス会戦にて我先へと逃亡し、フィヨルドの各地で略奪、暴行の限りを尽くしたこの男は悔しくもシルバ教国へと逃げおおせたのである。無論、根回しは忘れない。


「フィヨルド軍が輜重を独占した故に軍が崩壊し、止む無く戦略的な撤退を図ったのだ」


 と、恥ずかしげもなく喧伝したのである。だが、枢機卿も愚物ではない。その後もたらされたいくつかの情報により、マクシミリアンが逃亡した事実を抑えてはいたのだが。


「こちらは港にございます故。聖都セレスティアには及ばずとも、王都アリアもそれなりの賑わいにございます」


 同行者はロッサムであった。何ということは無い。枢機卿は大失態を晒した2名に汚名返上の機会を与えただけである。愚物ではあるが、3人寄れば文殊の知恵という。それに、失敗の際は2名とも破門すればよいだけの事。そのような計算であった。

 あいにく、3名ではなく2名であったが。


「アリアの女はよく尽くすと聞いたぞ。美人が多いそうだな」

「さて…我は風俗に疎く」

「ふん、ロッサムよ。今時司教たるもの女の味くらいは知らぬとな。ほれ、説教にもありがたみが生まれんぞ」

「気に留めておきまする」


 ロッサムにしてみれば、マクシミリアンのような俗物こそ神聖なるヤーヴェ教会の内なる敵であると断じたいところであるが、今の立場は正しく薄氷に等しい。踏み外して奈落に堕ちるよりは、この俗物でも協力しなければならぬのだ、と自らに言い聞かせる。


「それで、迎えは?」

「あちらにございます」

 陸地を指差した。

「ほう、ほう、分かっておるの!」

 マクシミリアンが破顔した。


「ボニファキウス・フォン・グラウベン伯爵にございます。我ら聖典保守党の党首であられますれば」

 ロッサムの紹介に、益々上機嫌となる。グラウベン伯爵は恰幅が良い、というには太りすぎている下顎が垂れた男であるが、無論マクシミリアンの興味はそこではない。控える娼婦らに視線が釘付けであった。


「うむうむ、分かっておるではないか」

 上陸するなり、傍に控えていた褐色の美女がマクシミリアンの荷を受けた。

「見ない女じゃな」

「バッサより連れてまいりました、マクシミリアン猊下。此度ははるばるアリアまで、ようお越しくださいました。私めが神聖なるヤーヴェ教の威光を示すべく、細々ながら活動しております聖典保守党は党首、ボニファキウス・フォン・グラウベンにございますば」

「うむ、世話になるぞ。そちはよい女を揃えておるな」

 『猊下』と呼ばれたことを否定せず、マクシミリアンが問うた。


「各国より美女を揃えておりましてな。なに、これも修行にございますば」

「そちの言う通りよ、どのような美女の前でも平静を保ってこそ聖者というもの。夜の修行は大層厳しくなりそうじゃ」

「ぜひにお楽しみを。まずは川船をお楽しみ下され。ささやかではございますが、軽食をご用意しておりますゆえ」


 グラウベン伯爵が自ら先導を切り、船着き場へと案内した。

「ほう、豪華じゃの」

「これも修行にございますば」


 その川船は一線を画しており、金銀財宝が散りばめられ、弦や笛、鼓の一切が用意されていた。マクシミリアンを恭しく迎え、ぽーん、と鼓が小気味の良い音を響かせる。


「さ、まだまだ3時間ほどの長旅にございます。狭い船内ではございますが、何卒お寛ぎ下さいますよう。ところで、シルバのワインの他に、粗雑にございますがアリアの酒もいくつか用意しておりましてな」

「折角じゃ、味見しようかの」

「至極光栄にございます、ささ、酌は娼婦に取らせます故」

「はっは、これはたまらん。早速修行という訳じゃな」

「その通りにございます、聖職者たるもの、いついかなる時も修行にございます」


 その酔狂なやり取りを、ロッサムはふるふると握りこぶしを震わせながら眺めていた。

 いずれ目的を果たした暁には、仔細を枢機卿に申し入れ、マクシミリアンなる俗物を蹴落としてくれよう。その時まで、精々そのだらしない姿を神に晒していると良い。

 ロッサムはそう、神に誓ったのである。


 その目的は、二つ。

 一つは、光の御子の捜索

 そして、もう一つ。こちらの方が重要であり、ロッサムの悲願でもあった。


 則ち、シャルロイド公爵家の長女。

 フランソワ・アリエル・ド・シャルロイドの異端認定である。

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