第71話 公爵令嬢留年危機、ギリアム先輩は留年確定。
新学期よ!
前にも話した気がするけれど、この王立イスタルシア総合学院は二学期制なのよね。グランド・ディベートのあった秋分の日から秋学期が始まるの。
で、3月の初旬から中旬までの春休みを挟んで、春分の日から新学期、ってこと。卒業と入学の時期でもあるのよ。
まぁ…私ってば秋学期、ほとんど出席できていないのだけど…。4ヶ月くらいフィヨルド遠征に参加していたし…。
「あ、あの…フランソワさん?」
とても申し訳なさそうに、セドリック先生はおっしゃったわ。
「単位が足りなくて…どうしましょう…?」
早速ピンチね!!!!
「はは…実を言うとね、僕も卒論と実技試験が間に合わなくてね…ノイエ・エーテル号で仕上げようと思ったのだけれど、文献が不足していてさ。実技試験なんて、予定日はとっくに過ぎているし」
ですよね! と言うか王立学院に戻ったのって昨日だし! ちなみに今日が春分の日、3月22日です。2月2日にフェンリル・ベルクを離れて、通常なら2ヶ月かかる航路なの。ちょこっと早く着いたのは、お兄様が途中から無抵抗航行を使ってくれたおかげよ。
「終わったわ」
「はは…フランソワも一緒に来るかい? シオン君も」
「どこに?」
シオンが首を傾げたわ。私もだけど。
「教務課にね…秋卒業に半年延ばしてもらわないと…。あと、父上への言い訳もね…」
「ぜひ! ぜひとも!」
「お、俺も…」
3人で雁首揃えて教務課に頭を下げに行ったわけよ。一応国家業務だからと(フェンリル・ベルク遠征軍に参加したことには驚かれたけど)、認可は降りたのだけど。
「えっと…私とシオンは、今期中に不足単位を履修したら間に合うみたいですわ。猶予は一年ですわね」
「僕は卒論だけだね…やれやれ、ロッサム教授に頭を下げるのは骨が折れるな。シオン君も行くかい?」
「あー、苦手なんすよね、あの人」
「僕もだよ」
ギリアム先輩、そんな身も蓋も無いことを…。
魔導真理学部じゃなくて良かったわ。セドリック先生でホントよかったわね…。自然哲理学部万歳だわ。
「ほー、フェニ灯台は問題なく稼働してたんやな。冬場の凍結を心配しとったんやけど」
「へぇ、姫さま、相変わらずの大冒険でやすね」
久しぶりのセドリック特別研究会よ。ニコラスとマルタが迎えてくれたわ。
「そっちはどうだったの?」
「へぇ、その、おっかねぇことでごぜえやすが、姫さまのご不在にお偉いさんが来られやして」
「お偉いさん?」
「アキテーヌの旦那や! ほんま、心臓飛び出るかと思ったで!」
「アキテーヌ内務卿が? 何をしに…」
「へぇ、なんでも大姫さま(ビアンカのことらしいわ)が大規模工房をお作りなられるんでさぁ」
「アレや、瓶詰め。アレの量産をするらしいで。工房というかもう工場って感じやな」
「工場…いい響きだわ。未来感があるわね」
「いやもうとんでもない規模やって。ほら、この前瓶詰めを作った河原あったやろ。あそこにだだっ広い建屋を作るんやと。ついでに蒸気機関を導入して省力化できるところはしたい、ちゅーことや。わいもな、実は昨日戻ったところなんや。ゼンのおっさんと打ち合わせしててな」
ギルテニアのゼンおじさま!
私が神認定している、蒸気機関の技術者よ。以前ギルテニアを訪れた時には『スチーム&モルト』で美食をたらふくご馳走になったわ。
「お風呂はつくのかしら!?」
「あー、検討しましょか。ほんで、1000人くらい働いてもらうらしいねん。どこにそんな人いるんや、思ってたんやけど、2000人くらい余剰人材がいるとか…なんのこっちゃ思うてな」
「もしかして…」
もしかしなくてもそうよね!?
ビアンカってば、亡命してきたフィヨルド兵らを工場で働かせるつもりだわ!
確かに兵士以外にも家族も載せてきたから、まぁ結構な人数なのだけど!
「へぇ、それから野菜類の増産もするそうで…なんでも未開拓の森を開墾するとか…人集めはお国さまでやっていただくようでやすが、あたしは農場運営の補佐をして欲しい、ちゅーことで…」
ついでに屯田兵にするのね!?
む、無駄が無さすぎる…。
「そういえば、エラリーは?」
「エラリーはんは別の仕事ですわ…お、噂をすれば、やな!」
「た、ただいまぁ…!」
「ど、どうしたのよエラリー、疲れ切って…」
「ふ、フランソワぁ! どうにかしてよお!」
「な、何を!?」
再会を喜び合う雰囲気でもないわね!?
「何って、カトリーナ様、財務卿の!」
「どういうこと!?」
「いやぁ、そのさ…」
アルフォンスも一緒だったわ。
「ファクトリー建設に資金が足りないから、金融機関を行脚してくれって…ついでにベアトリス姉さんの販売計画も手伝わされてさ?」
「シャトーブリアン商会なら顔が効くでしょ、って、そりゃ効くけど! お父様だって独断でポン、っと1000金貨を出せる訳ないじゃん! もう、取締役会の稟議取るのがめちゃくちゃ大変だったんだから!」
(1金貨=10万円)
「その稟議書に資本回収計画が必要でさ、今度は僕がベアトリス姉さんと販売計画を詰めた訳。姉さん、少し後悔してたよ。独占販売で売り切れるかしら、って」
「え、そんなに作るの?」
「せやで。月間10万本目指すらしいわ」
「無茶苦茶でしょ!」
「へぇ、姫さま、あたしも言ったんですが、「レパートリーを増やせば良い」とのお達しで…。ジャムとか果物とか、まずは酸味のもので試験してやす。ただ…」
「あー、多分アレね? 『酸味から離れられないの?』でしょ?」
「へ、へぇ。よおご存じで」
ビアンカとは付き合いが長いの。自慢にならないけど。
「レパートリーなら私も船で考えてたけど…。酸味に絞ると厳しいのよね。マルタと似た感じよ。ギリアム先輩から「リンゴ酢」のご提案いただきましたけど」
「発想は同じでやすね」
「ね」
「どうかしたのかい?」
あら、ギリアム先輩とシオンだわ。
「お疲れ様です、ロッサム教授、どうでした?」
「いや、それが空振りでね。なんでもシルバに出張中らしい。しばらく休講らしいよ。今まで休講なんて、一度も無かったのだけど」
「良いじゃん、のんびりしようぜ」
シオン、落第生候補とは思えない能天気さね…。
「教会の行事かしら?」
「さあ?」
「フランソワ、いるか?」
どうしたのよ、一体。今日は来客が多いわね?
「あら、ローランお兄様。セシルお兄様とご一緒なんて珍しいわね」
「やー、たまたま入口で会ってさ。こっそり行って驚かせようと思ったんだけど」
相変わらずセシルお兄様は飄々としてるわ。ノイエ・エーテル号でずっと一緒だったけれど。しばらくは王都で休む、とは言っていたのよね。
「これ、父上と母上からだ」
ローランお兄様がプレゼントっぽい箱を置いたわ。セシルお兄様からは花束を。つい、首を傾げる。
「何かありましたの?」
「何って…誕生日じゃないか」
「確かにそうですけれど…」
「え、フランソワって今日が誕生日なの!?」
エラリーが身を乗り出したわ。
「そうよ、春分の日なのよ」
「えー、言ってよフランソワ! それじゃ、盛大にお祝いしようよ! ケーキとか用意してさ! わたし今、パーっと遊びたい気分!」
「ああ、いいね…。ちょっと、疲れたからね…」
アルフォンスの疲労って、旅の疲れだけじゃなくてエラリーに振り回されたからじゃ?
「うまいもん食えるのか!?」
シオン君?
「賛成だね。大遠征から無事に生還したんだ、少しはゆっくりしてもいいんじゃないかな?」
「そ、それじゃあ、祝ってもらおうかしら?」
「なら、早速これが役に立つな」
ローランお兄様からはオレンジジュースよ。滴るようなオレンジのイラストね。見たことがあるわ、というより。
「これ、バッサ島の最高級品じゃ…?」
「ああ、取り寄せた」
ローランお兄様ってば妹バカ!
「やっぱ捕鯨するんだった…」
セシルお兄様、対抗しなくていいです。今クジラってセドリック特別研究室でNGワードなの。エラリー、嫌な顔しないで。
「えっと、準備は…」
「リンダにお願いしてくるよ。シオン、エラリー、手伝って。ニコラスとマルタも」
「おう、うまいもん、うまいもん!」
「はーい、飾りつけしちゃお!」
「いや~、たらふく食わせてもらいましょ!」
「へぇ、楽しみでやす!」
…みんな、私の誕生日を出汁に遊びたいだけじゃ?




