第4話 ミルドガルド大陸について
案外、面倒なのだ。皇王の巡幸というのは。
書類を小脇に抱えたアレフが廊下を歩く。もちろん文官や女官もいるのだが、何しろ急な巡幸である。動ける人が少ない、要するに自分でやるしかない訳で。
振り回されるのは慣れてるけどさ。
はぁ、とため息。この後は警備計画の提出だ。指摘が少ないと良いのだけれど。
「相変わらずだな、アレフ」
ん、と振り返る。
「セシル、戻っていたのか」
セシル・アリエル・ド・シャルロイド。ファミリーネームから推察の通り、シャルロイド公爵家の次男、フランソワの兄である。
「昨晩ね。これから皇王サマに報告、ってわけ」
「コンスタン方面だったか。どうだった?」
「色々、面白いことになってる。お前も来る?」
「興味ある、その前に」
アレフが分厚い書類を指差した。
「決裁が先。付き合え」
「なんでだよ、面倒だなぁ」
いいつつ、付き合ってはくれるらしい。
◇◇◇
ビアンカ、アレフ、セシルの三人と言えば、アリア国民であれば誰もが知る有名な逸話がある。
俗にいう、『皇女の海賊退治事件』だ。
彼らが学生時代のことである。きっかけはある漁師の直訴であった。
「近年海賊が跋扈し、安心して漁ができない。何とかしてほしい」と。
本来なら、海軍を動かして対策に当たるところ…なのだが。
「面白そうじゃない! 丁度暇していたのよね」
当時のビアンカは王立イスタルシア学院の生徒会会長であった。副会長はアレフとセシルの両名である。
彼女らは密かに学院を抜け出すと、港で漁船をチャーターして出航。
アゼリア海で待機すること数時間、暇つぶしに始めた釣りで一匹の魚も釣れず、ビアンカの苛立ちがピークに達した頃に海賊船が現れた。その船号をラム・リーパー号という。海賊らにとっては不幸だった。
その苛立ちのまま、ビアンカが全力の雷魔法で船を襲ったのだから。
そこからは早かった。仰天して逃げ出そうとした海賊船はセシルの水魔法でその動きを留められ、アレフを突撃隊長に三人で切り込み、三十名はいただろう海賊は一時間もかからない内に制圧され、ラム・リーパー号はビアンカに全面降伏したのである。
もちろん、それだけでは終わらない。
「本拠地を吐くか、ここでサメのエサになるか、どっちがいい?」
誤解が無いように伝えておくが、これは海賊のセリフではなくビアンカの発言である。
震えあがった海賊どもは自ら船を指揮して(ビアンカは徴発したキャプテン帽を得意げに被っていた)、本拠地である離れ小島へと突っ込んだ。
そのまま、たった三名で一網打尽にしてしまったのである。
二メートルはある筋骨隆々の巨漢であり、泣く子も黙る海賊団の親玉、バルトロメが半泣きで土下座して詫びたというから、その凄まじさは想像に難くないだろう。
もちろん財宝は全てビアンカが没収、あとは残された海賊どもなのだが。
「このまま放置したら、また海賊になるか山賊になるだけでしょ。セシル、世話を頼んだわ!」
「はい!?」
セシルが辞退する余地があろうはずもなく、海賊船ラム・リーパー号はアリア海軍によって改装され、ノイエ・エーテル号と名を改められた。船員はバルトロメを中心とした、海賊団の選りすぐりである。(選抜漏れした海賊はアリアの港湾労働者として徴発された)
さらに、『セシル特務艦』という尤もらしい名目を与えて、遊撃艦隊であるアリア第三艦隊に配属させた。
というのが、今のセシルの立場である。
もちろん庶民がそんな面白い話を放っておくわけが無く、タブロイド紙やら劇場やらで散々に広められることになるのだが、定番の肩書を参考程度に記載しておこう。
略奪皇女ビアンカ、海域の魔王セシル、鉄血の番犬アレフ。
であった。なぜアレフだけ犬扱いなのかは詳細不明だ。
◇◇◇
「ちょーっと苦いけど、深い味ね! アタシは嫌いじゃないわ!」
お茶会はセシルが持ち帰ったコーヒーである。
アリアには喫茶文化はあるが、コーヒーはまだまだ未知の味であった。
「砂糖はないか?」
「何よアレフ、この味が分からないの?」
「苦いだけじゃんか」
ぶつぶつ言いながら、アレフが砂糖を溶かす。
「で、私に会いに来たってことは何か報告があるんでしょ?」
「その通り! 流石皇女陛下はわかってらっしゃる!」
「…わざとだと思うけど、今は皇王だからな」
「アレフ、お前王宮勤めで固くなった?」
「文句は義父に言ってくれ」
「あー、ロックバード卿! お堅いの塊だからな!」
「お前の兄も似たようなもんだろ」
「それは良いから、いい話? それとも悪い話?」
ビアンカが身を乗り出した。
「両方あるよ、どっちから行く?」
「当然、いい話よね!」
「それじゃ、コンスタン王国から。コンスタン王と面談できた」
「素晴らしいわ! で、どんな反応?」
「好感触。割と危機感を持っていたよ」
「やはり、ビザンティオン王国が?」
アレフが尋ねた。
「その通り。東側のルグ教徒たちも一枚岩じゃないね。特にコンスタンは小国だし」
「確か…山がちの半島国家で、耕作面積が限られるのよね」
「そ、食料は隣国のグレキア頼みらしいぜ。ただ、グレキアが思わしくなくてさ」
「思わしくない?」
「どうも経済をビザンティオンに握られているらしい」
「どういうこと?」
「紙幣、って分かる?」
「紙切れに貨幣価値を与えるシステムよね。興味はあるけれど、アリアは金銀経済に慣れすぎちゃって。簡単には導入できないわ」
「そ、紙である以上、信用をどこで担保するのか、その価値は誰が証明するのか、という問題があるだろ。それをビザンティオンは国家の保証と、ルグ教の信用で乗り切ったらしい。そこまでは良いんだけれど、どうもグレキア国内でもビザンティオン紙幣が流通しているらしくてさ」
「問題じゃないのか、それ。アリアでシルバ貨幣が使えるようなものだろ?」
「経済的には併合済み…ということかしら」
「ビアンカの言う通りさ。今やグレキアはビザンティオンの思惑一つで首根っこを締め上げられる状態ってこと」
「なるほど…」
ビアンカが考え込んだ。
「グレキア併合…」
「最終的には。となると、コンスタンの独立も怪しくなるわけだ」
「ビザンティオンがグレキアを併合したら、そうね、9対1くらいの国力差になるかしら」
「そういうこと。次はコンスタン、その次は…西側に手を出すだろうね」
「厄介ね。フィヨルドあたりかしら?」
「ご明察、どうもビザンティオンとフィヨルドに接触した形跡があるらしい。王家ではなく、幕藩の一部だけれど」
「あの国、封建主義と名乗っているけれど、実態は独立国の集合体みたいなものだしね」
「王権が弱いんだよなぁ、フィヨルド。しかも不作みたいでさ」
「昨年も不作じゃなかった? 今年もなの?」
「この前報告が来たぞ。蝗らしい」
アレフが補足した。
「となると…食糧支援?」
「らしい。これ、知ってる?」
セシルがポーチから、白くて丸い芋を取り出した。
「これなぁに?」
「ジャガイモ…とか言うらしい。コンスタンでも珍しくてさ。たまにしか入ってこないんだと。寒冷地でよく育つとか」
「ふうん。農業局に回そうかしら。アレフ、よろしく」
「わかった、研究させる」
「で、このジャガイモ、とやらでフィヨルドを買収するの?」
「かもな」
「仮にフィヨルドまでビザンティオンの傘下に落ちたら…割と詰むわね。情報局にも通達しておきましょう。フィヨルド王室が簡単に靡くとは思わないけれど」
「友好国がシルバ教国だけじゃ頼りないからね。なにしろ理屈よりヤーヴェ教会の教義が優先される宗教国家だし」
「条約上は国交断絶状態なんだけどね。うちはヤーヴェ教を国教認定してないし。同じ西側、ってことでなし崩しの関係が続いているだけで」
ビアンカが茶菓子を放り込んだ。見栄を切ったものの、結局甘味が足りないらしい。
「それで、ビザンティオンの目的は帝政の復活かしら? 800年前の大ビザンティオン帝国の再現でも考えているの?」
「だと思うぜ。まぁ、こっちも悪いんだけどな。メルカドは80年前からビザンティオンの傘下だし、西側恐るるべからず、という風潮ができてもおかしくない」
「取り返せていないからね。軍を出す気もないけれど」
聖地メルカド。ヤーヴェ教、そしてルグ教の双方が聖地と主張している、『神々が降り立った場所』である。過去に何度も領有権争いがあったのだが、セシルの発言通り、80年前からはビザンティオン王国の支配下に置かれていた。
「そういや、もう一つ変な噂を聞いたんだよ」
「変な噂?」
「どうも…ビザンティオンで魔導器とかいう新技術が成立したらしいんだ。詳細は分からなかったけどさ」
そこでセシルが、コーヒーをゆっくりと飲み干した。




