第3話 シオン君の追加レポート
「どうや、こんな感じや」
「…神?」
思わず感嘆したわ。
レモンソーダの瓶がすぐにできてしまったのよ。
工程としては簡単よ。
お水を煮沸した後にハンスの氷魔法で冷やし、砂糖とレモン果汁を混ぜてから空き瓶に詰めるの。
その後、ガラス管を通じて炭酸を送り込んで、すぐにコルクで栓をする、だけなのだけれど。
「ま、時計細工に比べたらコルクの栓なんてちょちょいのちょい、やで」
ニコラス、番線はいつも持ち歩いているらしいわ。それでコルクを押さえつけたのよ。手際が良くて、殆ど炭酸が漏れなかったわ。
「これ、瓶が割れたりしない?」
「発泡ワインと同じ厚手の瓶や。炭酸も薄いしな、割れることはまずないで」
なるほど。
「どのくらい保存が効くのかしら」
「さあ、分からへんが…」
「アルコールではないでやすし、長くても一週間ってぇところでやすかね」
マルタの分析よ。一週間でも充分だけどね。
それよりも。
「冷やして飲むと、更に美味しいわ」
「それは…よかった…」
ハンスがはにかんだわ。
「あとは、せやな。もうちょい炭酸が効いたらええんやけど」
「へぇ、ニコラスさん。冷やしたことで多少、強くなった気がしやすが…。もう少し圧力をかけれれば、炭酸も入る気がしやす」
「圧力やと、せやな。遠心力かいな」
「どうでやすかね…?」
「それなら、試してみたら良くない? どうやればいいの?」
エラリーが言ったわ。
「せやな。車輪みたいなのを作って、ガスを供給しながら回す、ってのはどうや」
「ダメよ、ガラス管が割れるわ」
「それもそうやな。なんか良い素材があればいいんやけど…ちょっと考えてみますわ」
あの…、とハンスが言ったわ。
「どういう…集まりなの…?」
「目的がある訳じゃないんだけど」
「私は面白そうだから来た!」
と、エラリー。
「へぇ、あたしも…。セドリック先生に直接教えていただけやすんで、はい」
とはマルタよ。
「なんとなく、三人で放課後集まって、好きな研究をしてる、って感じ?」
「それ、ええな。ワイも自由に使えるラボが欲しかったんや。な、ワイも参加してええか?」
「ええ、もちろん。ハンスも来る?」
「僕は…魔道真理学部だし…。また、冷やすときは呼んでよ…」
「そうするわ。まずはレモンソーダ、一旦完成ね。炭酸の濃度を高めるのはまた後で研究するとして…。次のテーマはどうしようかな」
「とりあえずさ」
エラリーが言ったわ。
「ご飯にしようよ」
そうね、もう夕食の時間ね。
◇◇◇
レモンソーダはランチ限定よ。というか作りたいわけじゃないのよ。無償提供だし、やってられないわ。
なんて話をしたらね。
「僕、売ろうか?」
アルフォンスが言ったわ。
「その前に生産体制だよ、人力じゃ限界だって」
エラリーが反論。
「水に二酸化炭素を溶かすだけでしょ。工房があれば行けるんじゃないの? 瓶に詰れば輸送も簡単だし」
「いや、アルフォンスはん。わいの腕が足りんで。手締めやし」
「んー、職人の壁かぁ。それこそ自然哲理学でどうにかならないの?」
「大量生産かぁ…」
概念はあるのよね。単一の工作機械に、一律の能力を持った労働者が一斉に作るのだけど。
「お金がないわね」
一応公爵令嬢だけど、自由に使えるお金は限られるの。ほとんど書籍代に消えてるし。
「なぁ」
シオンが手を止めたわ。他にもハンスがいるけど。
なんとなく食堂に来たら、アルフォンスたちもいたから合流した、ってこと。
「精霊論ってなんだ?」
「し、シオンが学問に興味を持つなんて!」
心底驚いたわ、毎日寝てるものだと。
「あ、あの…」
ハンスが申し訳なさそうに言ったわ。
「き、今日…ロッサム教授の、堪忍袋の緒が切れて…」
あ、はい。
私でも切れると思うわ。
◇◇◇
つまり。
「精霊論のレポート、出さないといけないの?」
「そういうこと。困ったよなぁ」
「授業を聞かないからでしょ。はー、主義に反するけれど、教会学派の論文をもとに構築しましょうか」
「主義?」
「そうよ。精霊論って、この世界を動かしているのは神の名代である精霊である、という考え方じゃない。私たちは違う学説を支持していて…」
「フランソワ・アリエル・ド・シャルロイド!」
何よ、話の途中なのよ。
振り返ると、いかにも苛立っている感じの男子生徒がいたわ。
「どうなされました、ヴィクトール・フォン・バルトシュ殿」
生徒会副会長、2年生よ。ガチガチの伝統派なの。
「貴殿はいつもいつも、下座にて食事をとっているな!? 公爵家たるもの、上座にて交流を図るのが道理ではないか?」
わざわざそれを言いに来たの?
「いくら魔法が使えないといっても…」
続いた言葉は、別の男子に止められたわ。
「やめないか、ヴィクトール」
「ギリアム会長、先日はどうも」
一応、頭を下げておいたわ。
「ああ、フランソワ殿のおかげで首の皮が繋がったよ。シオン君も変わりなさそうだね」
「うす」
うす、ってあなたね?
「はは、変わらずだね。行くぞ、ヴィクトール」
「お、お待ちください、ギリアム会長! 学院である以上、秩序というものが…」
「構わないよ、場を乱しているわけではないからね。それでは」
そう言って、ギリアムとヴィクトールが衝立の奥に引っ込んだわ。
「わたし、あのひときらーい」
エラリーが頬杖をついたの。
そ、実はこの学食、衝立で仕切られてるのよね。もちろん上座が貴族、下座が平民よ。公爵令嬢の私が下座でたむろしてるのが許せないみたいね。
「ギリアム会長は物分かりいいんだけどな」
エラリーが続けたわ。
「あの人さ」
シオンが言ったわ。
「自然哲理…だっけ。そっちのも詳しいみたいだぜ」
「そうなの?」
「それより、レポート」
はいはい。
「興醒めしちゃったし、明日にしましょ。セドリック先生の研究室なら、邪魔が入らないわ」
◇◇◇
翌日のセドリック研究室よ。
「へー、こんな感じなんだ」
シオンがきょろきょろしてるわ。
「とりあえず、適当に座って。教科書はある?」
「いや」
「何しに来たのよ」
「やる気はある」
「嘘つき」
はー、とため息をついてしまったわ。
「とりあえず、ざっくり教えてよ」
「長くなるわよ?」
で、二時間がっつり仕込んだんだけど。
「つまり、えっと…コップの水とか、ロウソクの火とか、全部精霊ってこと?」
「めちゃくちゃ簡単に言うとそうね」
精霊神授説と自然発生説の違いまで教えたのに…この子は…。
「でもさ、見えねぇわけだろ。証明しようがないじゃん」
「お、いいところに気づいたわね。そ、物質として証明されていないわけよ。そもそもおかしいと思わない? なんで私たちは水中だと呼吸ができないのかしら」
「水が精霊なら…助けてくれるはず?」
「でしょ? じゃ、この大気ってなんなのよ、と言う問いに対する答えが、原子論よ」
「げんし?」
「世界には目に見えない、極小の原子で満たされている、という考え方ね」
「あら、今日は二人なのね」
セドリック先生だわ。
「すみません、お借りしてました」
「いいのよ、フランソワさん。面白そうな話をしてたわね。キミは…シオン君かな」
「そうっす、よく分かりましたね」
「黒髪はアリアだと珍しいからね。シオン君みたいに濃い黒は特に。それで、原子論の話?」
「はい、この世界は精霊か原子か、のいつものやつです」
そうねぇ、とセドリック先生がおっとりと人差し指を頬に当てたわ。すっごく柔らかそうなの、先生のほっぺた。
「折角だし、使ってみる?」
「なんでしょう?」
「顕微鏡よ」
そこでセドリック先生が楽しげにウインクをしたわ。




