第2話 公爵令嬢フランソワ・アリエル・ド・シャルロイド
王立イスタルシア総合学院
会食堂(学食食堂)の一角にて
「アルフォンス、哲学って統治法学部の必修よね?」
貴族たちは優雅に上座でランチタイムよ。私たちは下座で車座に。
外でわんわん泣き叫ぶセミの声が風情よね。そろそろ夏も本番だし。
なんで学食に上座と下座があるのかって?
そりゃ、貴族サマは平民らと同席で食事なんてできない、と仰ったことが原因よ。もう十年くらいになるのかしら。王立学院への平民進学が許可された直後くらいに、学食は二つに別れることになったのよね。今は大きなパーテーションで仕切られちゃってるの。
バカみたいでしょ?
あ、私が例のフランソワよ。フランソワ・アリエル・ド・シャルロイド。シャルロイド公爵家の娘よ。どうして公爵家の娘が下座で平民らとテーブルを囲んでいるのかって?
そりゃ、私が自然哲理学部で、セドリック特別研究室に所属しているからよ。
貴族サマからは「自然哲理学部は魔法が使えない落ちこぼれ学部」あるいは「平民と下級貴族専門学部」なんて言い方をされるけれど、知ったことじゃないわ。
私が魔法を使えないのは事実だけれど、それより自然哲理学部の方が面白いんだもの。
だから他の貴族サマはもう一つの学部、魔道真理学部に所属している子が多いのよね。上座は大抵がそう言った「伝統的貴族サマ」が占拠しているわ。
「そうだよ。今度は哲学に興味でもあるの?」
この子は三つめの学部、統治法学部のアルフォンスよ。平民だけれど、実家は大手商社らしいわ。情報通なの。
「私、人間科学に興味が出てきたわ」
「人間科学って、恋愛の方程式とか?」
この…すこしギャルっぽい子は一応男爵家の長女なのよね。エラリー・ド・シャトーブリアン。私と同じ自然哲理学部よ。
三代前までは平民だったのよ、彼女の家系。実家はシャトーブリアン商会と言って、アリアでは知らない人がいないくらいの超大手金融機関なの。三代前の当主が、後継ぎに困っていた男爵家をお金で買って貴族入りしたらしいわ。
そんな過去があるから、伝統的貴族からは「成金貴族」と煙たがられていたりするの。本人は全く気にしていないけれど。
「恋愛…そうね、恋愛も関係しているかもね」
「聞きたい! フランソワ、好きな子でもできた?」
「違うわよ。家柄重視で結婚したがる理由を知りたいの」
「そりゃ、太い貴族と家族になるってことは、それだけお金も名声も手に入る訳じゃんか。政治でも経済でも、『公爵家の一員』と言うだけで融通の度合いが段違いだよ」
「それにしても、ねぇ…」
最近多いのよね、「お誘い」が。
レモンソーダとか接地槍とかを作っていたらいつの間にか有名になっちゃったみたいで。入学当初はナシの礫だったのに、「ぜひ上座にお戻りください、フランソワ様」とか言っちゃう子がいるくらいよ。
「最近…フランソワは人気だから…」
この子はハンス・ベルク。フィヨルド王国からの留学生よ。氷魔法の使い手で、魔道真理学部…なのだけれど、私たちのメンバーの中では『レモンソーダの冷却担当』なのよね…。一応貴族らしいのだけれど、実態は半農貴族らしくて、下座の方が性に合っているらしいの。
「へぇ、あたしも姫さまの事をよぉく聞かれます」
「わいもや! いやぁ、フランソワはんは優秀やと思ってたけど、最近は人気まで鰻のぼりやな!」
シャルル弁(江戸弁風)の女の子の方はマルタ、ギルテニア弁(関西弁風)の男の子はニコラスよ。
この二人も自然哲理学部なの。
そして私とエラリー、それにマルタとニコラスの四人で立ち上げたのが『セドリック特別研究室』という、私設研究会よ。担当講師は名前の通り、自然哲理学部のセドリック教授。30代前半の若手女性教授。
担当としては、マルタが数学と薬草学(実家が薬屋なの)、ニコラスが工作担当よ。ニコラスのご実家は時計職人らしいわ。手先が器用なのよね。
「人気なのはいいけど、上座に行くのは嫌ね」
「なんでや?」
「上座は上座で大変なのよ。なにしろ貴族サマしかいないでしょ? 全員が全員見栄っ張りで相互監視していて、ちょっとでもルールと慣習にそぐわない行動をしたら即噂話。常に作り笑いをしていなきゃいけないし、要するに面倒くさいのよ」
「フランソワって、本当に貴族?」
「失礼しちゃうわね」
レモンソーダを煽りながら、ジト目で発言したのがシオンよ。魔力9999のチート、属性不明。参考程度に、王立学院一年時の平均魔力は100程度よ。いかに規格外かご理解頂けたかしら?
ちなみに私は同じ測定方法で、なぜか『エラー』が出たわ。なによエラーって。潔く『ゼロ』って表記して欲しかったわね。
ともかく。
「どう見ても公爵令嬢でしょ、令嬢らしさに溢れているでしょ?」
「令嬢って頬杖ついて箸使うのか?」
「いいのよ、ここは下座だから」
「上座だと?」
「おほほほ、とか言いながら完璧なテーブルマナーを見せてあげるわ」
ちなみに今日の私のランチは天丼よ。アリアって米文化が盛んなのよね。
「それじゃ、この前集めたデータの検証を行いましょうか」
放課後のセドリック特別研究室よ。日中は講義があるからね、集まるのは大抵放課後なの。
今日はセドリック先生もご参加されているわ。先生もお忙しいから、普段の活動は私たちだけで行っているの。
どうして研究会を設立したか、って?
実はシオンが原因なのよ。魔力9999なんでありえない、何か理由があるはずよ! と思って意気込んで設立したのだけれど…。
現時点で芳しい成果が出ていないわ。
それよりもレモンソーダの方が人気なのよね。ちなみに作ったのは私じゃなくてマルタよ。さっき紹介した通り、薬屋の娘だからか調合とか配分計算とかが得意みたいで。
話を戻すわ。
なので当然研究に行き詰って、比較検討を行う事にしたのよ。レモンソーダと引き換えに、不特定多数の人に『魔力』と『体重』の相関関係を測らせてもらったのよね。
計測方法は単純。この世界には魔力測定器という便利なものがあるの。手を触れると体内魔力を数値化してくれる、水晶みたいなやつね。
その人の体重と魔力をグラフにしたの。なんでそんなことをしたのかって?
魔力に質量があるなら、体内の魔力が高ければその分『重たい』はずじゃない。仮に魔力1が1gだと仮定したら、シオンの場合だと本人の体重+9999グラム=約10キロ、という計算よ。誤解のないように伝えると、シオンの体重は極めて適正値だったわ。
とはいえ、相関があるなら綺麗なグラフになる訳でしょ?
そこから逆算して、実は魔力1の重さは0.1グラムでした、とかの結果が出たらいいなぁ、と思っていたのだけれど。
「見事にバラバラね。統一性の欠片もないわ」
ちなみにグラフはマルタが作成してくれたわ。
「予定通りじゃない? やっぱりシオンの9999って異常値だよ」
エラリーが首を横に振ったわ。そもそも9999って実態が分からないのよね。あくまで測定器の上限が9999である、ってだけで。もしかしたら何十万、という魔力を持っている可能性もあるのだけれど、一旦上限の9999と仮定するわ。測定できない数値に意味はないのよ。
もちろんサンプル数が少ないと意味がないから、400人近い方にご協力いただいたわ。
内訳は魔力ありが153人、なしが254人よ。概ね貴族、それも爵位が高い方が魔力が強い傾向にあるから、別のサンプルも用意したわ。こっちは概ね仮説通り、平民より男爵家、男爵家より伯爵家の方が魔力が高い、という相関図が取れたわ。(公爵、侯爵、王家は計測できなかったの。母数が少ないし)
なので、魔力が遺伝することはほぼ間違いがないのだけれど…。
「シオンって平民よね」
「そうだよ」
もちろん、全ての平民に魔力がない訳じゃないわ。ご先祖様を遡ると貴族、なんなら王族にたどり着く人だっているし、貴族が生ませた『ご落胤』という方もいるから、平民=魔力ゼロ、というわけではないの。 だけど。
「9999は無いわよね」
「普通に考えたらねぇ。私だって30だし」
答えてくれたのはエラリーよ。さっき書いたけど、エラリーは三代前まで平民の家系だったから、魔力は弱いのよね。魔力30だと基礎魔法を一つか二つ使ったら魔力が枯渇するわ。
それにしても。
「よく400人も参加してくれたわ」
「へぇ、姫さま。レモンソーダが大人気でして」
「アルフォンスが悔しがってたね~。1つ10銅貨で売れば奨学金が返せたのに、ってね。まぁ、私としては長く持ってもらったほうがいいけれど」
エラリーのご実家では奨学金の貸付も行っているわ。
「次の機会があれば売ってもいいでやんすね。レモンってなぁ薬効がありますから」
「そうだよね、えっと…原価は4銅貨くらいだったから」
エラリーが手元の、ビーズっぽいものを弾いたわ。
「エラリー、なにそれ?」
「ソロバンだよ。計算器、って言ったらいいかな? 東の方では一般的なの」
「ルグの?」
「もっと東、シンとかアキツの方」
アリアから東へ海を渡り、巨大な王国や砂漠の帝国をいくつも越えた先にある極東の島国、アキツ。最近細々と交流が始まったらしくて、こういう便利な名産品が時折見入ってくるのよね。
「便利そうな道具ね」
「慣れればね…計算できた。労務費と店賃を加味して、ひとつ2銅貨は粗利がでる計算かな。輸送費を無視しているから、売っても王都限定だけれど」
「せやけどな」
今度はニコラスよ。
「この前はデータもらう代わりにタダで配ったやんか。そんなにポンポン売れるんかいな」
「マーケティング次第じゃない? 冬場は厳しそうだけど、夏場に限定するなら」
「へぇ、ならもう少し作りやすか?」
「んー、在庫を抱えても悪くなっちゃうし、それよりも残ったのを早く飲んだ方がいいと思うなぁ」
ちなみに作りすぎたせいで、あと100本くらいあるわ。なのでここ数日、毎日レモンソーダを飲んでいるわ。




