第1話 プロローグ
アリア皇国
王都アリア 王宮内にて
「そ、フランソワは王立学院で元気にやっているのね…。まずは一安心、かしら」
アリア皇国第50代皇王、ビアンカ・レジーナ・ド・アリエル・アリアである。
その手には飲料の入った瓶が一つ。
「思ったよりな。馴染んでる感じだったぞ」
応対するのは近衛騎士団のアレフ・ド・ロックバードであった。
私室には二人きり。アレフは平民出身ながら、ビアンカ皇王と乳母兄弟という関係で、二人きりの時は敬語を略するのが通例であった。
「魔力が無いから心配していたんだけど、こんなものを作っちゃうなんてね。自然哲理学もバカにできないわ。炭酸水と言えば天然ものしか無いと思っていたのだけれど」
ビアンカが飲料瓶を軽く振ると、しゅわしゅわと炭酸が浮き出してきた。
フランソワとやらが即席で作ったという、レモンソーダの瓶である。
※自然哲理学=総合科学
「重曹と酢を混ぜればいいらしい」
「そんな簡単なの?」
「それよりも、水に封じる方が難しいと」
「そうね、一体どうやって?」
「圧力をかければいいらしいんだが…俺にも良く分からない」
「今度聞いてみましょうか。それで、本題だけれど」
「黒髪のシオンについてだな」
「それ。報告書は全部読んだわ。魔力9999で、属性は『漆黒』。全てが規格外…で、良いのよね?」
「先日の魔法大会の報告書だ」
アレフがビアンカに冊子を手渡した。
「闘技場の防御装置が崩壊した、というのは聞いたわ。シオンとやらも規格外だけれど、対戦相手のギリアム、ってのも相当な魔力よね。死傷者がいなくて良かったわ、ホント。私の仕事が増える所だもの!」
「仕事はしてくれよ」
「やーだ、面倒ごとなんて。で、かいつまんで報告すると?」
「防御装置崩壊により魔力が暴走、逆流したが、フランソワが作った『接地槍』とやらで事なきを得た」
「アース・ランス?」
「避雷針的なもの…らしいが」
「槍を立てて、魔力を集約…したのかしら?」
「それに加えて、シオンの魔法だ。どういう原理か分からなかったが、槍に沿って魔力が上空に分散し、霧散したのは間違いがないな」
「防御装置って魔力吸収槽よね? 放たれた魔力を吸収して、魔法効果を抑えてくれるのよね? 私が学生時代に全力でぶっぱなしても壊れなかったのよ? 原因はなんなの?」
「鋭意調査中」
「結果でないやつ」
「ちゃんとやってるよ、そこそこ」
「そこそこじゃないんだってば。シオンとやらの魔力が多すぎたのかしら?」
「或いは、ギリアムとの打ち合いで許容量を越えたのかも。何しろ評議会会長で、現レクターだ」
※評議会=生徒会 /レクター=学院最強魔導士の称号
「学院長は闇の眷属かもしれぬ、なんて言ってたけど」
「闇の眷属って…神話の話だろ? 闇魔法の使い手だったか」
「そうよ。なのだけれど、五大系統に『黒』なんて存在しないわけじゃない。消去法的には正しい…可能性はあるのよね」
納得しきっていない様子でビアンカが頬杖をついた。闇魔法については正史には一切が残されていない。2000年前の超古代文明、『ロスタルシア帝国』が成立するより以前の、アレフが言う通り神話時代に記録が残されているばかりなのだ。
その創世記の一説には、このような記載がある。
初めに、混迷があった。
混迷の淵に、分かたれぬ光と闇あり。 聖なる神は『真白き光の精』を放ち、古き魔は『底無き闇の徒』を解き放てり。
ルクスは詠唱した。すると白昼が敷かれ、大地を固め、生けるものを育み、ついには自らの似姿として「人」を創りたもうた。
エレボスもまた唱えた。すると永夜を呼び、大地を腐らせ、命の灯を吹き消し、人心に争いの楔を打ち込んだ。
永き相剋の果て、光の精は闇を世界の果てへと逐い落とし、勝利を宣した。
光の精はその肥沃なる土を撫で、祝福を授けてこう呼んだ。
『中つ庭』と。
「考えても分からないわよね~。一度会いに行こうかしら?」
「どうやって」
「名目なんていくらでもあるでしょ。視察でいいじゃない。王立施設なのよ」
「誰が調整を?」
「もちろん」
ビアンカがにや、と笑う。こういう時は逆らえないのだ。
逆らうだけ無駄な時間、という事情もあるが。
「時間はもらうぞ」
「当然早めにね! あ、あと一つお願い」
「なんだ?」
「これ、もう何本か貰ってきて頂戴」
レモンソーダはいつの間にか空き瓶になっていた。相当気に入ったらしい。
「在庫があればな?」




