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第4話 海域の魔王、帰還。――ビザンティオンの紙幣侵略と、砂糖多めのコーヒー。

「よ、久しぶりだなアレフ!」


 関係各所との調整、巡幸員の選定、と皇王一人がちょいと郊外の王立学院に行くだけでも準備は大量にある訳で、ビアンカ皇王から指示(無茶振り)されたアレフが王宮を歩き回っていた時の事だった。


「セシル、セシルじゃないか! 戻っていたのか?」

「ああ、ちょっと報告事項があってさ。昨晩戻ったところさ」


 セシル・アリエル・ド・シャルロイド。

 シャルロイド公爵家の次男であり、要するにフランソワが言う「(頭が柔らかい方の)セシルお兄様」である。ついでに補足すると、アレフとは学院時代の同期であり、同じ評議会のメンバーとして活躍した過去がある。


「コンスタン方面だったか?」

「そうさ、連中もようやく兵士っぽくなってきてさ」

「本当かよ」


 セシルは現在、アリア海軍の特務艦での任務についていた。特務艦というか、元々は海賊船である。


 セシルとアレフ、それから信じがたいことにビアンカの三人は学生時代、船乗りからの「海賊をどうにかして欲しい」という要望に対し、軍隊を動かすのではなく自ら切り込みに行く、という無茶苦茶をやったのだ。

 庶民からは拍手喝采、教授陣は泡を吹き、官僚貴族は怒髪天、という事態だったのだが、結果についてはその後彼女らについたあだ名で察して欲しい。


 略奪皇女ビアンカ、海域の魔王セシル、鉄血の番犬アレフ。


 である。最後は海賊連中が(ビアンカに根こそぎ財宝を奪われて)半泣きで忠誠を誓ったというから、その凄まじさは理解できることと思う。

 何しろ自ら軍艦に乗り込み、海賊船を見つけるや否やセシルの水魔法で逃亡を抑止し、アレフが切り込み、ビアンカが雷魔法をぶっ放し、アジトの位置を吐かせ、そのまま絶海の孤島に乗り込み、たった三人で百はいただろう海賊どもを一網打尽にしてしまったのだ。(溜め込んだ財宝を全部没収されるというおまけ付きで)


※補足:ちなみに、当然ながら当時の学院評議会は会長がビアンカ、評議会員の副会長がアレフとセシルである。卒業後、教授陣は誰一人残らず安堵したとか、しないとか。


 とはいえ、忠誠を…忠誠と言うか、生命の危機からの咄嗟の平謝りというか、元海賊を受け入れる余地はアリア海軍と言えども無く(何しろ人数が多かった)、まっとうな商売をする能力も知恵もなく(あればやっていただろう)、あるのは腕っぷしと、掠め取った盗品を金に換える能力だけ。


 折衷案として、海軍としても(フリーダムすぎて)扱いに困るセシルを艦長とし、彼らの海賊船を海軍っぽく改装し、そのまま押し付けた、というのが『セシル特務艦』の正体であった。


 一方で正規海軍とは違う遊撃隊の価値は高く、ビアンカが即位するや否や直轄艦として、各方面の海の情報を探らせる、という任務に就かせたのであった。


 簡単な役割分担はアレフがアリア列島(兼ビアンカのサンドバック)、セシルがアリア以外の諸外国、という事だ。


 ちなみにシャルロイド公爵、セシルとフランソワの父親はたまに愚痴を言っていたという。「まともなのはローランだけだ」とか。


 閑話休題。


「で、お前がここに来る、という事は何かあったんだな?」

「その通り。ビアンカ、空いてるかな?」

「そろそろ政務が終わるはずだ。私室でいいよな」

「もちろん。そうだ、コンスタンで仕入れたコーヒー、とか言う飲み物があるけど、飲む?」

「そういうの、アイツ大好きだから」


「ちょーっと苦いけど、深い味ね! アタシは嫌いじゃないわ!」

「砂糖か何かないか?」

「何よアレフ、これの味が分からないの?」

「俺は常識人なんだよ!」

「何言ってんの、鉄血の番犬が」

「そのあだ名さ、俺だけ酷くない? なんで犬なの?」

「アレフらしいじゃない、極めて!」

 とりあえずアレフが砂糖を溶かしている間に。


「で、アタシに会いに来た、ってことは何か報告があるんでしょ?」

「その通り! 流石皇女陛下はわかってらっしゃる!」

「…わざとだと思うけど、今は皇王だからな」

「アレフ、お前王宮勤めで固くなった?」

「文句は親父に言ってくれ」

「あー、ロックバード卿! お堅いの塊だからな!」

「お前の兄も似たようなもんだろ」

「それは良いから、いい話? それとも悪い話?」

「両方あるよ、どっちから行く?」

「当然、いい話よね!」

「それじゃ、コンスタン王国から。コンスタン王と面談できた」

「素晴らしいわ! で、どんな反応?」

「好感触。割と危機感を持っていたよ」

「やはり、ビザンティオン王国が?」

「その通り」


 ここで一度、国際関係を整理しておこうと思う。


 ミルドガルド大陸は大まかに二つの勢力が支配している。簡単に言うと宗派で分かれており、西側がヤーヴェ教、東側がルグ教、とそれぞれ別の宗教を信奉しているのだ。双方にイデオロギーの対立が強く、西と東はまともな国交も無いほど冷え切った関係である。


 まず、西側の二か国。シルバ教国とフィヨルド王国であり、一般的に『ヤーヴェ教国』と言われている。以前はアリア皇国もヤーヴェ教国の一つだったが、およそ百年前、レオナード皇王時代にヤーヴェ教皇(シルバ教国の総統を兼務している)と対立があり、現在は宗教的には唯一の中立国となっている。


 一方、東側は三か国である。最大の版図を持つのがミルドガルド王国、そしてグレキア王国とコンスタン王国である。


 ただし、一枚岩ではなく、三か国内での対立が存在している。


 特にコンスタン王国は三百年ほど前にグレキア王国に滅ぼされ、その後復興した過去があり、グレキア王国は同じルグ教国でありながら仮想敵国でもあるという、複雑な関係だ。


「コンスタンは経済が思わしくなくてさ。特に穀物輸入に不安があるらしいぜ」


 コンスタン王国はアリア王国へと伸びる半島国家だが、山がちで耕作面積が限られていた。


 一方、グレキア王国はルグ教国一、とも言われる穀倉地帯を有しており、仮想敵国ながら穀物輸入を頼らざるを得ない、という、地政学的宿命を抱えていた。そこに目を付けたのがビアンカである。


 コンスタン王国を足掛かりにできれば、地中海の航海がより安全に行える。


 という事である。そもそも、ミルドガルド大陸唯一の島国であるアリア皇国にとって、ヤーヴェ教もルグ教も関係は無いのだ。

 優先事項は航海の安全とそれによる貿易収入、そして立ち寄れる港。この三つを追い求めているのである。


「国交樹立まで持っていけそうかしら?」

「そこで、悪い話なのだけれど」

「となると、ビザンティオン王国かしら?」

「その通り、皇女陛下は…(以下同じ)」


「グレキアが破綻しそう?」

「紙幣、ってわかるかな?」

「紙切れに貨幣価値を与えるシステムよね。興味はあるけれど、アリアは金銀経済に慣れすぎちゃって」

「そ、紙である以上、信用をどこで担保するのか、という問題がある訳だけれど、ビザンティオン王国は国家とルグ教の保証でその課題を乗り切ったらしい。それは良いんだけれど、最近グレキアが紙幣経済に飲み込まれてさ」


「というと…グレキア国内でビザンティオン紙幣が通用する、ということか」

「アレフの言う通りだけれど、実態はもっと悲惨だね。グレキアの市場じゃ、自国の硬貨よりビザンティオンの紙切れの方が信用される始末だよ。となると大変だ。国の経済が実質的にビザンティオン王国に飲み込まれた形になっている。噂では、ビザンティオン王国が官僚の派遣を始めたらしい」


「実質的な併合に持っていくつもりでしょね」

「そういう事。となると、コンスタン王国の独立も怪しくなるわけで」

「ビザンティオンとグレキアを合わせたら、そうね、9対1くらいの国力差になるかしら」

「コンスタンとしてはその瞬間にビザンティオン併合が確定したようなものだろ? とはいえ、東側には頼れるものがいない。ヤーヴェ教国とはもっての他。シンとテンジクは遠すぎる。新大陸へアクセスできる航海技術もない。となると」

「アリアしか選択肢がない、が正解ね」

「そういう事。だから、国交樹立自体はできると思うけれど」

「コンスタン防衛まで背負うのは酷ね」

「アリア単体なら、どうにでもなるんだけどさ。海軍で敵う国はまぁ当面、出てこないと思うし」


「それで、ビザンティオンの目的は? 大陸再統一?」

「それもオプションにあると思うよ。メルカドは支配されたままだし」


 メルカド。

 一般的には聖地メルカド、と呼ばれている。ヤーヴェ教の教祖が降り立った場所、なのだが、厄介なことにルグ教も聖者が誕生した場所と主張しているのだ。

 過去数百年、幾度もの戦争があり、現在は名目上、ルグ教国三か国の共同統治、という形になっているが、実態はビザンティオン王国の支配下にある。


「実際、フィヨルドもきな臭いしね」

「こちらの情報では、半年から一年以内に内乱になりそうだ」

「宗教って嫌だねぇ。別に神様を信じていないわけじゃないけどさ、いい名目になりやすいというか」

「フィヨルドは統治体制に根本から無理があったのよ。幕藩の力を削ぎ切れていないし」

「ちなみに、これも噂だけれど」

 セシルが声を潜めた。


「ヤーヴェ新派に、ビザンティオンの資金が入っている、という話だよ」

どうも国際関係もきな臭い感じです…。アリアの進路はどこに!?

ちなみにシャルロイド公爵家は皆個性豊か…独特…らしいですよ?


※毎度のお願いですが、ブクマ&応援その他、どしどしお待ちしてます!

※本作は「カクヨム」および「アルファポリス」にも掲載しております。

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