第218話 均一素材を求めて
「ということで、お手上げや!」
ニコラスとサムエル、そしてルッソの報告が終わった。
今日はセドリック研究室の定例会である。フランソワが在学していた時は、大抵フランソワが思いつくままに会議を開催したり反省会をしたりしていたので定例化はしていなかったのだが、フランソワがいなくなった瞬間に、全員で集まる機会が失われてしまったのである。
それならば、と定例開催を義務付けたのは先代室長であり、現アリア第四艦隊旗艦、ノーブル・ラプソディ号副官のギリアムであった。
そのまま、月一度の定例会はフランソワから数えて第三代室長のニコラス、および副室長のマルタによって引き継がれている。
今回はギルテニアでのシリカ反射炉での成果発表だったのだが。
「ステファニーさんが分析してくれた、成分表を見たけれど…そうね。場所によって炭素の量が違っているみたいね」
解説はセドリック教授であった。
「そうなんよ、先生。どないしたらええやろ?」
「ふふ、そうね。こういう時はどうするんだっけ?」
「まずは足を止めて振り返る! ですよね?」
ステファニーが言った。元々は魔導真理学部に入学した秀才である。一年時の途中で自然哲理学部に転部した変わり者であるが、フランソワにも匹敵する洞察力が彼女の強みであった。
「ステファニーさんの言う通り。そもそも、どうして純鉄が必要なんだっけ?」
「そりゃ、合金を作るのに均一な素材が必要だったからやな」
「ニコラス君の言う通り、今後の科学の発展には均一化が必須になります。このあたりはマルタさんの方が詳しいかな?」
「へぇ、分量を間違えると薬が毒になりますから。逆に少ないと効きやせん」
「その通り。マルスさんとコレットさんはまだ講義で扱っていないけれど、一度科学史を振り返りましょう。そもそも、純鉄に『極めて近い』素材は古代からありました。簡単に言うと、鉄鉱石を木炭と一緒に燃やして、粘性の高い半固体を作るんです。炉から取り出した直後の赤い固体をイメージするといいわ。サムエル君のご実家は鋳物屋さんだったわよね? 見たことはある?」
「もちろん、いつも使っています。コークスと一緒にくず鉄を炉で溶かすんですよ。それを漏斗みたいなやつで金型に流し込むんです」
「実は少し違うの。古代の鉄はスポンジ状で、完全には溶けていないのよ。サムエル君の言う通り、鋳物は完全に鉄を溶かす必要があります。その分、炭素も多めなのだけれどね。
更に純鉄に近づけるには鍛冶職人の力が必要なの。ハンマーで何度も叩いて、混じったカスとか、空気が入った隙間を絞り出しながら、鉄の元素、ようするに粒をまとめていくイメージね。作れる人は限られているけれど、熟達した鍛冶職人なら、炭素量が極めて少ない、純鉄に近いものを作ることができます。もちろん、製造数は極めて限られるけれど」
「ってことは先生、今の技術だと純鉄の製造は難しい、ということですかね?」
マルスが尋ねた。
「近いものは、二十年ほど前に確立したの。パドル法と言うのだけれど」
「なんか聞いたことがありますわ。炉の中で溶けた鉄を『かき回す』んでしたっけ」
ニコラスが答えた。
「ニコラス君の言う通りよ。かき回す理由は酸素を送り込むため。酸素と炭素を化学反応させて、炭素を酸化させて、気体として追い出すの」
「生石灰が水蒸気を吸い取るのと同じです?」
ステファニーが首を傾げた。
「あの方法は生石灰が水分を『吸収』するイメージだから、少し違うわ。灰吹法の方がイメージに近いかな。灰吹法は分かる?」
「あれやろ、銀と鉛を分離する方法やな。銀以外の金属を熱で酸化させて、骨灰に吸い込ませるんや。正確にはパドル法とステファニーの言う生石灰を組み合わせたような概念やろか」
「そのイメージで良いわ」
「なら、パドル法をシリカ反射炉で試せばええんか? その後に灰吹法を使うとどうなんや」
「実際に試した科学者がいるわ。鉄まで酸化して失敗したらしいけれど。他の方法がないのか、色んな科学者が試しているわ。ただ、いくつかの壁にぶつかっています」
「壁?」
マルスが首を傾げた。
「根本的なのだけれど、パドル法で徐々に炭素を抜いていくと、いずれ高温の壁にぶつかるの。要するに、純鉄に近づくほど溶けづらくなるのよ」
「そりゃそうやな、炭素と混じることで融点が下がるんやし」
「その通り。いずれ溶けなくなって、固形化してしまう、つまり混ぜられなくなるのよ。もう一つは空気の適切な量が判明していないの。小型炉での試験だけれど、大量の酸化鉄が発生して消失した、という記録もあるわ」
「ほな、反射炉の改造から必要なんかいな」
「でも、何年かかるか分かりませんよ」
ルッソが言った。
一応、研究室だから…講義は受けてないし…。ということでセドリックも敢えてスルーしているのだが、ルッソは前述の通り王立学院の学生ではない。最近は守衛も見慣れて普通に通しているのだが。扱い上は『出入りの業者』である。
「そうね、あと何十年かかることやら。それよりも、本当の目的はなにかしら? 純鉄を作ることが最終目標?」
「…蒸気機関車の開発」
コレットが言った。
「その通り。もう一度尋ねるけれど、どうして純鉄が必要なんだっけ?」
「蒸気機関車の圧力に耐えられる合金を探すためです! そもそもサンプルに使う鉄が毎回違うから、合金を作っても比較検討できません~」
ステファニーである。
「その通りね。それじゃあ、均一な鉄が必要なのであって、純鉄である必要はあるかしら?」
「ない。にいさん、おバカだからそれに気付いてない」
コレットがむすーっ、と頬を膨らませた。
「ば、バカちゃうわ、バカじゃ」
ようするに、とマルタが言った。
「炭素量1%の鉄でも、均一であれば合金の試験はできる、ということでやすね」
「マルタさん、その通りよ」
「けど、それが炭素量…たとえば1%、ってのはどうやって判断するんですか? 今みたいに溶かしてたら、それこそ炭素量が変わりません?」
「サムエル君の言う通り。溶かさずに見る必要があります。でも、その道具はもうあるのでしょ?」
「…でも、失敗した」
コレットがしょげる。だが。
「確かに私も見させてもらったわ。一面銀色…鉄の色だったわね。でも、ペニシリンの抽出を思い出してほしいの。あの時、私たちは何をしたっけ?」
あ! とステファニーが声を出すと椅子から立ち上がり、薬品棚からいくつかの試薬を取り出した。
「酸性のものと、アルカリ性のものを持ってきました! つまり、試薬の反応は物質ごとに違うはず…。最初ペニシリンをアルカロイド抽出しようとして、失敗しましたもんね。弱アルカリ性の重曹が正解だった…ということは、何かを塗れば鉄とそれ以外で反応が変わるはず! そういう事ですよね、先生!」
「ステファニーさん、はなまる!」
セドリックが優しく微笑んだ。
「さ、早速試してみましょう。正解は何かしら? 全部だめなら、また他の方法を考えればいいの。とにかく、試行錯誤あるのみよ」
そして。
「で、できたー!」
ステファニーが両手を挙げた。
正解は、酸性。
ナイタールという、エタノールに濃硝酸を少量混ぜた液体である。それを塗布することで、表面に明確な濃淡の違いが発現したのであった。
「ニコラス先輩、これだな!」
マルスが言った。
「せや…せや! これで、これで開発できるで! 最強の合金が! 先生、早速試してきますわ!」
「ええ、頑張ってね」
ニコラスを先頭に、サムエルとルッソが駆け出していく。
これこそが、アリア合金革命の端緒であった。




