第217話 ドロテとアレクセイ
「アレクセイ」
その日の夜。
初夜を迎えたその日から、ドロテとアレクセイが徹底しているルールがあった。
どちらかが不在でもない限り、夜は早めに私室に戻って、その日のことを話す。
ただ、これだけである。
だから、その日もドロテは、普段通りに話すつもりだった。
否。
普段通りにしていないと、どうにかなってしまいそうだった。
ナフサ地雷は、やはり間違いだったのかもしれない。
フランソワ先輩は懸念していたもの。何が起こるか分からない、と。
それでも、使う事を決めたのは自分だ。
それに、使わざるを得ないほど、追い込まれる戦いしかできなかったのも、自分のせい。
三ポンド砲の連射で、互角以上に戦えると思っていた。
実際は、ただ一日耐え凌ぐのが限度だった。
本当に、もう少し…わずかの偶然で、敗北していてもおかしくなかった。
風向きが気まぐれに違ったら。
一日早く、雨が降っていたら。
ビザンがあとわずか、強い打撃を与えてきたら。
事実、カリファス関はほぼ突破しかけていて、主力のメソゲイア関も陥落寸前だったのだ。
だから、私がフランソワ先輩にナフサ地雷を使わせてしまった。
そう、思っていた。
「フランソワ先輩から、セシル艦長にペニシリンの追加と、それからハンスさんを連れてくるようにお願いしたよ。あと、安置所はテントを一つ増やしたのだけど…そろそろ限界かも。お父様に聞いたのだけど、ビザンとの交渉は難航してるみたいだね。そもそも、ビザン側も今回はムラト王子の独断、って事で処理したいみたいで」
「ドロテ」
アレクセイが、ドロテの言葉を遮った。
「どうしたの?」
「明日は休みにしよう」
「どうして? 今は休める時間がないよ。ケルナー先生だって、マルゴさんだって治療に必死だし…。ガストン大佐とフィヨルド軍にまで手伝ってもらっている状態で」
「ドロテ」
アレクセイが、ドロテの肩を抱いた。そのまま、唇を付ける。
「あ、アレクセイ…?」
「落ち着いた?」
「お、落ち着くわけ…ないじゃん。変だよ、今日のあれ…ん」
そのまま、深く。
やだな。
そう思う。
突き飛ばせればいいのに。
抵抗すればいいのに。まだ、早いでしょ、って。
なのに。
わたし、素直に受け入れてる。
「約束したろ」
「やくそく?」
「二人の時は、素のままでいる、って」
「素の…ままだよ」
「わかるよ。ずっと一緒なのだから」
「結婚してから、一年も経ってないけど」
「世界のどの夫婦より、話してきたと思うよ」
「それは…そうかも…」
「明日は何もせずに、部屋でのんびり過ごそう。日が変わるまで話して、日が高くなる頃に起きよう。食事は少し贅沢して、のんびり本でも読もう。アルコールは…やめておこう。お腹の子に障る。その代わり、上質なコーヒーを楽しもう」
「…いいの?」
「ああ。甘えていいんだよ、ドロテ」
アレクセイに頭を撫でられる。
わたし、彼の大きな手が、大好きで。
契約だと、思ってたの。
王妃として、適性があったから…選ばれたと思ったの。
だから、頑張らなきゃって…。魔力を失った私は、頑張るしか、できないから。
「わたし、ね」
ぽつりと、言った。
甘えたい、と思ったらもう、止まらなかった。
「王妃として、ちゃんと…向き合わなきゃって…責任を果たさなきゃって…そう思っているのに、ビザン兵の遺体を見るたびに、心の奥でドロドロした感情がでてくるの。この子が…」
そうして、お腹をさする。
うん、とアレクセイが頷いて、私のお腹に、私が大好きな大きな手を置いたの。
「この子が、無事で良かったって…ただ、それだけしか考えられなくて。この子には、戦争とかが無い、平和な世界を作りたいって…それしか、考えられなくて…」
「それでいいんだよ、ドロテ」
「いいの…?」
「ああ。俺は幸せ者だよ。君と結ばれて」
「そんなこと、ないよ。わたし、何もできなくて。本当は甘えん坊で、心細くて…不安で、怖くて」
「いいんだよ」
「…いいの?」
「ああ、いいんだ」
アレクセイに、抱きしめられる。
心がぽかぽかと、温まる感じがした。
何かが、溶けていくような。
「ね、アレクセイ」
一度、聞いてみたかったことがあるの。
「どうして、結婚してくれたの? わたし…ソーセージ病にかかって、持ってた魔力、全部消えちゃったのに。知ってたんでしょ?」
「魔力よりもさ」
もう一度、頭を撫でてくれる。
「ドロテとなら、このコンスタンを支えられると、そう思ったからさ」
「そう、かな…」
「ああ、そうだよ。二人合わせて、やっと一人前になれるんだ」
「そっか」
そっか、いいんだ。わたし。
彼の前なら、わたしのままで。
「ね、アレクセイ」
彼の瞳を見上げる。優しい瞳の奥に、私が写る。
「ベッドで、お話しよ。手をつなぎながら…のんびりお話したい。そしたら、ゆっくり休める気がするの」
「ああ、そうしよう」
アレクセイが、ひょい、と両腕で私を持ち上げたわ。
「わ、ち、ちょっと…」
「嫌だった?」
「い、嫌じゃないけど、驚いて…」
そのまま、ベッドに優しく下ろされる。
照明を消すと、窓から月明かりが優しく降り注いだの。
「そう言えばさ」
「どうした?」
「この子の名前、そろそろ決めない?」
「そうだな…ドロテは何がいい?」
「んー、優しくて、強そうな感じ」
「矛盾してないか?」
「いいの! ね、一緒に考えよ、アレクセイ」
結局、名前は決まらなかったんだよね。
なんだか、安心しちゃって。
わたし、すぐに寝ちゃったから。




