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第215話 戦後処理

 十一月下旬。

 コンスタン王国、アテネア。


 アテネア防衛戦から、一週間が過ぎたわ。

 私たちが仕掛けたナフサ地雷は一晩中燃え続けたの。ずっと…ずっとね。悲鳴とか呻き声が響いてて。

 そして二日目に、雨が降ったの。

 冬を告げる雨。コンスタンでは最後の雨、と言うみたい。このあと、雪しか降らなくなるから。

 その雨が消火を手伝ってくれたのだけれど…。まだ、所々燻っていて。

「遺体を運び出して。第二防衛陣まで」

 はい、とフィヨルド兵が答えたわ。

 私は今、ひたすらに遺体を探す仕事をしてる。

 生存者もいたわ、もちろん。

 被害を免れた…要するに、最前線で私たちと戦っていたビザン兵は全員が降伏してくれたわ。それでも一万に近いから、急造した捕虜収容施設は手一杯みたい。

 それから、あの猛火を生き延びた人たち。無傷の人は本当に少なかったわ。千名ほど、全身に火傷を負った人や、飛び散った木片、ガラス片が突き刺さったままの人…本当に、いろんな怪我の人。

 彼らはケルナー先生が懸命に治療してくれているわ。マルゴも一緒。ここ一週間、まともに寝てないんじゃないかしら。

 遺体を積めるだけ積んで、トロッコに乗せる。馬車鉄道、といえばいいのかしら。馬で引っ張るのよ。これも防衛陣構築の副産物。三ポンド砲を高速展開させるために作ったのだけど、本来の目的よりも遺体を運ぶ回数の方がよほど多いわ。

 雨が、降ってきたの。

 冷たい雨が、わたしを打つ。

 雨ざらしの遺体が、じわじわ湿る。


◇◇◇


「ドロテ、大丈夫なの?」

 第二防衛陣に作った、仮設の安置所では陣頭指揮を取るドロテがいたわ。妊娠から半年ほど。お腹は目立つようになっていたのだけど。

「平気です。それに、私は前線に出てないですから。それに、フランソワ先輩も…アレクセイも、戻ってきてくれたから。今度は私が頑張らないと」

「無理しないでね」

 それは誰に向けた言葉なのだろう。

 モノと同じ冷たさを持つそれを丁寧にベッドへ安置していく。木枠だけの簡素なベッドを三段にしただけだけれど。

 でも、ここももうすぐ埋まりそう。

 最初は、空いていた小屋に収納していたの。でも、間に合わなくて、あり合わせのテントで雨よけをしているだけ。

 幸いに、と言うべきかわからないのだけれど、気温は下がっているから、今のところ目立った腐敗はないわ。効果があるのかわからないけれど、小屋の方は生石灰を置いて湿気とカビ対策をしてみたの。生石灰がすぐに膨れあがっちゃったけど…。ここのところ、ずっと曇りとか雨で。それから、水魔導士の方に用意してもらった、氷嚢でどうにか誤魔化しているわ。

 アリアなら、火葬するのだけど。

 アリアが特殊なのよね。大陸は土葬が中心だと聞くわ。ビザンの風習がわからないもの。そもそも、この遺体をどうすべきなのか。コンスタンで埋葬するのか、ご遺体だけでもお戻しするのか…。調整がついてないわ。

 アレクセイとタレーラン外務卿で、ビザンとの接点を探っているみたいだけれど…。ここのところ、関係が薄くなっていたみたいで。目処がついてないわ。

「もし」

 ドロテが視線を落としたの。

「あと二日、侵攻が遅かったら」

 彼女の髪も、雨で濡れ切っていたわ。

「ここに安置されていたのは、私たちだったかもしれません」

 それは、事実を告げるというより…。

 贖罪の言い訳を探しているように、私には聞こえたわ。


◇◇◇


「マルゴさん、抑えててくれ!」

「もう少し、もう少しですから、どうか…!」

 悲鳴と絶叫が響いたわ。

 思わず、目をキュッ、と閉じてしまう。

 遺体の安置を終えて、処置室にきたの。

 ケルナー先生とマルゴが懸命に処置していたのだけれど。

 先生のナイフが煌めく。全身に火傷を負った患者だったわ。身体中、膿だらけになっていて、全身に包帯を巻いた状態から、ウジっぽい虫が湧いているの。

 でも。

 最後に断末魔の声をあげて、その人が動かなくなる。ケルナー先生が力無くナイフをおろしたわ。

 眼球を確認してた。

「先生…」

「すまねぇ、マルゴさん。俺の力不足だ」

 首を横に振ったわ。なんて声を掛ければいいのかわからなくて、私は一人、立ちすくんでいたの。

「お嬢様、申し訳ありません。今、安置所に」

「わかったわ」

 彼…なのか、彼女なのかもわからないけれど、お祈りをする。

 どうして、こんなことに。

 泣きそうになるのを必死に堪える。

 だって、私のせいだから。

 私が、あんなものを作らなければ…。

「なぁ、フランソワ」

 ケルナー先生が言ったわ。

「痛まずに切れる方法、しらねぇか?」

「どういう事ですか?」

「ペニシリンのおかげで感染症で死ぬやつはだいぶ減った。だが、それだけじゃ足りねぇんだ」

 ケルナー先生が、遺体に触れたわ。

「酷い火傷は…切らないといけねぇ。放っておくと血が止まって、腐る。腐敗はペニシリンじゃどうしようもねぇんだ。切るしかねぇんだが…」

 そこでケルナー先生が大きなため息をついたわ。

「手術に耐えきれねぇ。元々、ショック死する奴がいるような手術だ、無理はわかってる。わかってるんだが、やらなきゃ死ぬ。腐った組織は身体ごと殺しちまうんだ。だから、腐る前に切らなきゃいけねぇんだ。だが」

「切るショックで、亡くなってしまうんですね」

 苦悶の表情に塗れた顔を見る。恨んでいるように見えたわ。

 わたしを。

「…セドリック先生に、手紙を」

「ああ、そうだな…。先生なら、何か知っているかもな」

「セシルお兄様に、お願いしてきます」

 そう言って、その場を去ったわ。去り際に、マルゴが一言。

「ペニシリンの融通もお願いします。もう、残りが少なくて」

「…わかったわ」

 第二防衛陣の一角で、先生への手紙を書こうとして、筆が止まる。

 早くしないといけないのに。

 一刻も早く、書かなきゃいけないのに。

 文字が、出てこない。

「うっ…」

 泣きそうになるのを堪える。

 そうよ、フランソワ。

 私に、泣く権利なんて。

「先輩」

 背後から声をかけられて、慌てて涙を拭ったわ。

 ドロテだった。

「もう一つ、お願いが」

「お願い?」

「はい。ハンスさんを…呼んでください」

「ハンスを?」

 神妙な顔で、ドロテが頷いた。

「このままだと、フロリーナ先輩が壊れちゃうから…。あと、先輩も明日は休んでください。ずっと働き詰めですよね?」

「わたしに…休む資格なんて」

 今はもう、何かをしていないと壊れてしまいそうなのに。

「だったらさ」

 ドロテの後ろに、もう一人いたわ。

「エラリー…」

「わたしに付き合ってよ。忙しいんだよ、今」

「それは…いいけど…」

 そこで、嫌な気持ちになる。

 他にやる事が…。

 この場所から離れる、理由ができたことに私、安堵していることに気づいたから。


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